チュートリアル「1」:モンスターをたおしてみよう!(2)
《180秒以内の蘇生に失敗。あなたは死亡しました。転生しますか?復活しますか?》
真っ暗闇の中、九郎は鈴を転がすような女の声に目を覚ました。
いや、“自分”という存在を認識したと言ったほうが正確かもしれない。
真っ暗闇の中に九郎の肉体が後付けのように淡く輝きながら浮かび上がる。
《あなたは死亡しました。転生しますか?復活しますか?》
見れば目の前に半透明の青みがかった板が浮かんでおり、
《 転生する / 復活する 》
と選択を迫っていた。
九郎は何かに導かれるように、二日酔いのように痛み揺れる頭を支えながら当然のように転生を選ぶ。
《 転生 でよろしいですか?転生を選びますと再度同じ肉体には戻ることができません。それでも 転生 なさいますか? OK / キャンセル 》
確認画面が現れる。
九郎はOKボタンに引っ張られるように手を伸ばして―――触れる寸前、手を止めた。
「なんだ……これ?」
まるで誰かに操られるようにOKボタンを押そうとしていた九郎は、ぼんやりとする頭を振って己を取り戻し、慎重にキャンセルを選んだ。
(危なかった。何で復活できるのに俺、転生なんか選ぼうとしたんだ?)
困惑する九郎。
するとタイミングを見計らったかのように再び復活か転生かと選択を迫る画面と音声が流れ始めた。
《あなたは死亡しました。転生しますか?復活しますか?》
「ん?」
繰り返し問いかけてくる音声に方向があることに気付いた九郎は、まだ少しぼんやりとしながらもその方向に目を向ける。
すると、そこには九郎と同じく光りを纏って闇に浮かぶ巫女の姿があった。
昔、図書館の本で読んだ“マンガでわかる邪馬台国”とかいう本に載っていた卑弥呼に似ている。
「あなたは……誰ですか?ここは、どこです?」
《……失礼しました。お初にお目にかかりますゲンクロウ様。わたくしはあなたの専属ナビゲーターを仰せつかりました卑弥呼々と申します。呼びにくいとは思いますので、ゲンクロウ様のお好きにお呼びくだされば結構です』
「ナビゲーター?専属の?」
《はい。ゲンクロウ様個人専属となっております》
「そうですか、なんだか凄いですね。……ええっと、じゃあ……呼々さんとお呼びします」
《承知しました。……わたくしは主にクエスト、イベント、そのほかナビゲーションが必要な各要所でのサポートと、遊戯方法などに関します解説をいたします。また、お問い合わせやバグ報告もわたくしが承りますので何かございましたらお気軽にお声かけください》
「それはどうも……」
呼々は乱れの無い優雅な所作で頭を垂れる。
再び向き合ったときに浮かべた微笑はゾクリとするほど艶やかだった。
ぼんやりした意識も一瞬で覚める。
機械の作り出した画像のはずなのだが、先程の鬼のように現実に目の前で生きているようにしか見えないほどの精巧さだった。
(ああそっか。俺を細かく再現しているくらいだからこの女性も基の人物がいるなら当然リアルになるか。でもそうなると身長は高いし目鼻は整ってるし、スーパーモデル並みの美人だぞ、この人)
九郎がどう思っているのか伝わったはずは無いが、少し見つめ過ぎたのだろう。呼々は頬を薄っすら染めながら咳払いを一つ。
九郎はそれに気付いて目を逸らし、頬を掻いた。
《さて、先程の『ここはどこか』という問いの回答でございますが、ここは死んだ者の魂が選択するための場所。通称【狭間】にございます》
「狭間ですか?あー、コンティニュー確認画面?」
《コンティニュー……ええ、確かにそのような場所でございますね。あなた様は先程魔物【赤鬼】から頭部へ攻撃を受けて死亡。その後180秒以内の蘇生が行われなかったので完全に死亡と判定されてこちらに来ました》
「ああ、やっぱり死んじゃったのか」
《はい。あの区域の魔物の平均レベルから考えますと、今のゲンクロウ様の力ではどんなものに出くわしても到底敵いません。防御体勢をとっても攻撃がまともに当たると二回以内には死亡するでしょう。それが今回頭部でしたので一撃死となりました。戦闘はまだ早いのではと考えます》
どうやらゲームでも生き物の弱い場所は頭らしい。
少し呆れた風なニュアンスが含まれたココの言葉に九郎は苦笑して頷く。
《話を戻します。先程も申しました通り、ゲンクロウ様は完全に死亡した扱いになりましたので、ここで蘇生アイテムを使っても復活はできませんが、ゲンクロウ様を始めプレイヤーの皆様にはこの『狭間』にて再度復活のチャンスが与えられます》
「復活のチャンス?」
《はい。プレイヤーにはゲーム内のキャラクターと違い、蘇生に間に合わなくても復活できる【奇跡】の行使が認められています。これは、神に選ばれた者の特権です》
「それは凄い」
プレイヤー能力が低い部分を補うための措置だろう。
でないと始めたばかりのプレイヤーはバンバン死んでいくに違いない。
《ですが、復活の【奇跡】を起こすには回数制限があります。これはゲームバランスを保つためのものですのでご了承ください》
「回数制限ですね。それは当然あるべきだと思います」
制限が無ければ誰もが高レベルの怪物に突っ込んでいって、復活を利用してのレベル上げを多用するだろう。そんなことを認めたらゲームが滅茶苦茶になる。
《ありがとうございます。その回数ですが、プレイヤーごとに違います。それは復活のために使う代償、【寿命】の消費量や残量が人によって違うからです》
「【寿命】ですか?そのようなステータスは説明書には記載して無かったですよね?」
《ええ。復活も含めそのようなものがあるとの説明は敢えて載せていません。この世界を単なるゲームだと思われている方々に、死ぬということの恐怖を覚えていただくためです。そう易々と死んでもらっては困りますから。こうやって狭間に来た場合のみお伝えすることになっています》
「ああ、なるほど。これほどのリアリティーですからプレイヤーも真剣に遊ぶべきですよね」
《はい。そして、その【寿命】を消費して行う復活は、ほとんどの方が二回。多い方でも三回といったところになっています》
「そのくらいが妥当ですね。それで、わたし……じゃなくて俺の復活の回数は?」
《それなんですが……》
呼々が言いよどむ。
伝えるべきかというような哀れむ感じではなく、自分で言おうとしていることを自分でおかしいと感じているような困惑した顔だ。
《十回です》
「なるほど、いつものパターン……はぁ?」
九郎は己の耳を疑った。
しかし、呼々は呼々自身困惑したようなまま、同じことを告げた。
《ゲンクロウ様の復活可能回数は“十回”となっています》
「じゅ、十回?」
九郎があり得ない言葉に口をぽかんと開けると、呼々も『そうなりますよね』と微苦笑を浮かべながら首を小首を傾げた。
「えっと、今、多くて三回って言いませんでした?ゲームバランス、壊れるんでしょう?」
《さようでございます。ゲンクロウ様は【日本】エリア登録者一万人目ですから様々な特典がついておりますが、これはその範囲ではありません。ですので、先程わたくしもおかしいと思い上に確認してみましたところ、納得のいくような回答は得られずただ『そのままでいい』と言われるばかりで……。上は何を考えているのか……わたくしも少々困惑しております》
「そ、そうなんですか。まあ、俺は得するので良いんですが……あっ、もしかして何かバグのようなものではないでしょうか?俺、説明書でゲーム開始地点にホームがあると書いてあったように記憶しているんですが、どうも見当たらなくて。もしかしたらバグに巻き込まれているんじゃないかなって思うのですが」
バグであれば色々と説明がつく。
ホームが見当たらないこと、開始地点近くなのにいきなりレベル差が七もある敵に会ったこと。
あの称号ことも。
あの島は適当に作っていたように見えたのでバグ満載という恐れもある。
《いえ、個人の【寿命】に関するものはバグでどうこうなるものではありませんから、その点はわたくしからでもバグではないと断言できます。恐らく外部から何らかの力が働いて、本来消費されるはずの【寿命】が著しい省エネルギー状態になっているのではと考えられますが……。
しかしそれよりも気になるのはその開始地点ですね。……本当に開始地点にプレイヤーホームが無かったのですか?それはあり得ないはずです。必ず開始地点はホームの前に設定されていますから》
「そうですよね。でも俺、辺りにホームらしきものが何もない森の近くの浜辺に出たんですよ。それでホームを探して森に入って彷徨った結果、あの赤鬼に出くわしてしまって」
彷徨ったというよりも、望んでうろちょろしたという自覚は九郎には無い。
《ああっ、なるほど、それで。得心しました。何故召喚した仲間も連れずに丸腰であんな無謀なことをなされているのかと首を傾げましたが、そういう理由でしたか》
確かに端から見たらレベル1でラストダンジョンクラスの蛮勇加減だろう。
《……解りました。今、位置情報とバグの有無を精査しますからこのまま少々お待ちください》
「ええ、よろしくお願いします」
呼々は少し上の遠くを見つめるようにしながら、虚空に向かって何事か囁き始めた。
誰かと会話しているようだ。
九郎と呼々の距離はそんなに遠くないうえ静かな空間であるのだが、その声は僅かにも九郎の耳には届かない。
たまに九郎へから状況の説明や設置時のトラブルの有無などが質問され、それに答えるとまたココは虚空へ言葉を投げかける。
それからしばらくやり取りを見守っていると、呼々が困ったようにため息をついた。
《仰るようにバグのようです》
「あ、やっぱりそうですか。じゃあ俺のステータスもおかしかったんで、そこら辺もバグですね」
《いえ、それは違います。ゲンクロウ様に関する情報も洗いましたがバグはありませんでした。バグは【領地】情報に関するものだけです》
「…………称号も?」
「問題ありません」
「まったく?」
「『むしろおめでとうございます』と開発担当の者が手を叩いております」
「そ、そうですか……」
やはり製作者の悪意が……。
九郎はため息とともに肩を落とした。
《話を続けます。どうやら、本来の開始位置であるプレイヤーホームのある場所のまったく反対側の場所……島の反対側に設定されてしまっているそうです。
本来この【領地】はプレイヤーの目には触れない隠し要素として担当が遊びで作ったものでして、“どうせ見つからないから”と細部の確認を甘くしたのがこのような事態を招いた原因でした。ご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません》
呼々は心底申し訳ないといった面持ちで、折れてしまうのではないかというほど深々と頭を下げた。
(そりゃあ新年会のノリで作ったもんだものなぁ)
担当の遊び癖には困ったと思わず愚痴の零れる呼々に、九郎は原因が判ったなら良いと軽く返した。
《つきましては、ゲンクロウ様が復活を選ばれた場合、ゲンクロウ様をホームへ転送するとともに、即時位置設定の修正を行います。また、この件に関しましては担当の者に反省を促すとともに、運営よりゲンクロウ様へお詫びの品を贈らせていただき、お許しいただけたらと存じます》
「そういうことでしたら復活もするつもりですし、お気持ち受け取りたいと思います。ちなみにお詫びの品とは?」
《はい。復活を選ばれた場合、【寿命】を消費するのは免れませんので、先ず蘇生アイテムの補填をひ一つ。それに加えて、序盤では貴重な火力である【兵器】の贈呈か、生産用アイテム・高性能開発系道具をまとめた【日曜の庭先セット】、もしくは初心者向けに開発された資源が豊富で安全な【領地】への変更の権利のいずれか一つをお選びいただき、贈らせていただこうと考えております》
「どれを貰ってもお得ですね」
どれもこれも損は無い。
ただ、【領地】を変えるつもりは九郎には無かったが。
「とりあえず決めるのはあとで良いですよね?」
《もちろんです。チュートリアルが終わりましたらまたこちらから伺わせていただきますので、そのときにでも》
「じゃあそれまでに決めておきます」
そう言って九郎は目の前に出ていた半透明の板に表示されている復活のボタンを押す。
音声は無かった。今までは呼々が喋っていたのだろう。
《 あなたの残り復活可能回数は十回です 復活 してよろしいですか? OK / キャンセル 》
復活可能回数は確かに十回だった。
他のプレイヤーからしたら卑怯すぎる数値だ。
《OKを押しますと今回はホームの前に復活しますが、本来の復活はその場かホームかを選ぶことができます》
「了解です。まあ、死なないのが一番ですね」
《くすっ。そうですね。次この場で会うことが無いことを祈っております》
「ありがとう」
互いに笑い合うと、九郎はOKのボタンを押した。
すると体がつま先から光りの粒になって消え始めた。
「おお……これもまた幻想的だな……」
《そのまま十五秒ほどでホーム前に肉体が生成されます。特に害は無いはずですが、何か違和感がありましたらお声かけください》
「了解です」
じわじわと消えていく九郎の体。
だが、蛍を見るような美しい光りに、言われるまでもなく恐怖はまったく感じていなかった。
光りを楽しみながら消える瞬間を待つ。
――と、そこでふと浮かんだ疑問を呼々へ投げかけてみた。
「ちなみに十回使い切って死ぬとどうなりますか?」
《【転生】が強制的に行われますよ》
「そうなんだ。あ、転生したらどうなるんですか?」
光りが九郎の胸まで上がってくる。
もうすぐ復活だ。
《【転生】を行うと先ず―――》
光りが肩へ。
肩から首へと上がっていく。
《現世から源九郎という存在が消滅します》
「へっ?」
今なんと呼々はなんと言ったのだろうか?
九郎は手を振り見送る呼々に聞き返すこともできぬまま、意識を光に呑みこまれた。
「………っう」
次の瞬間には、九郎はこの世界に来たときと同じ赤と黒のマーブルを見ていた。
それは瞼に当たる微かな日光。
また森が近くにあるのだろう。
草木のいい香りがする。
(さっきの呼々さんの言葉は気になるけど、なぁに、また後で会うしそのときにでも訊けばいい)
そう頷いて、九郎はそっと目を開けた。
そこには―――
「ゴァァァ……」
あの【赤鬼】が立っていた。
「なん――」
なんでまた森の中に?
そう口に出る寸前、降り下ろされた金棒により強烈な痛みと衝撃を受け、九郎の意識は再び闇に呑みこまれたのだった。
卑弥呼:あの時代の女王の名称といわれ、実際の人物名ではないとされる。詳細は不明。
卑弥弓呼:ヒミクコ、もしくヒミココ。次代のヒミコやヒミコの妹や弟など説はあるが、狗奴国の男王である説がよく語られる。詳細は不明。
上に確認:上の者にではなく、上(笑)