チュートリアル「1」:モンスターをたおしてみよう!(1)
真っ白から赤と黒のマーブルへ。
初めに感じたのは光り。そして重ねるようにして鳥の歌声と潮の香り。
九郎は恐る恐る目を開ける。
「………っ……おぉっ!?」
そこには、見たこともない楽園が在った。
「ぅおぉぉぉぉっ!!」
まず飛び込んできたのは、雲海を纏って雄々しくそびえ立つ、ギアナ高地のテーブルトップマウンテンのごとき山だ。
山頂からはエンジェルフォールよろしく馬鹿でかい滝が落ちている。その姿は寒気がするほど神々しかった。
その麓には妖精とでも出会えそうな深く幻想的な森が広がっている。
もしやこれは相当な、樹海とも言えるような深さではないだろうかと幸助は息を呑む。
ちらりと見える様子では、アンコールワットのような遺跡と樹木が一体化したようなものが木々の合間に見え、探索したいと少年の頃のような冒険心が躍り出そうだった。
そこを抜け、潮の音に呼ばれて顔を出せば、いま九郎が立っている鳴き砂の白い砂浜とどこまでも広がる神秘的な青海が現れる。
九郎の記憶の中の絶景に該当する海はグレートバリアリーフだが、それが霞んでしまうほどの美しさがあった。
その映像美、解像度は尋常なものではなかった。
いや、解像度だけじゃなく、足裏に伝わる感触、太陽の暖かさ、波の音、潮の香り、五感の全てが現実とまったく同じように感じるこの再現度は完璧の一言だった。
体の大きさ、目線の高さ、肌の色や顔の作り、爪の形……各パーツから現実の源九郎もそのまま再現されているようだ。
これはもう、ゲームという枠では収まらない。
九郎にとって最早これは“別世界へのトリップ”だった。
「これ……これが“全感覚導入”か!?す、すごい!!さ、最高だ!!」」
どうして俺の体が再現されてるんだ?
どうやってキャラを動かしてるんだ?
どんな仕組みになっているんだ?
そんな無粋な疑問も一瞬浮かんだが、一瞬だけ。
九郎は頭の中から欠片も残さぬよう、そんな疑問をすぐさま排除した。
そんなことは瑣末なことだ。九郎は技術者ではなく、“プレイヤー”なのだ。
こんなゲームですと出されたらそれを楽しめばいい。
ゲームをゲームとして楽しめない者にゲームの面白さは伝わらないと九郎は思うのだ。
「くぅぅぅ……ありがとう満願神社!ありがとう神様!ありがとう父さん母さん!俺、地球に生まれてきてよかったー!!」
それは普段から感情を昂ぶらせないよう自制してきた九郎が、自分を抑えることを忘れ、大げさなほどにはしゃいでしまうくらいの感動だった。
「こんなゲームがあるなんて、俺は今までどれほど損してきたんだろう」
九郎は一瞬で惚れた。
この世界、このゲームに。
そして心の底からこの幸運を喜び、満願神社と神様に感謝した。
普段営業用の作り笑いしかしない顔が、喜びに綻んだ。
「ああっ、これはハマる。絶対ハマる」
正直この解像度、このクオリティでゲームが遊べるなら、仕事もほっぽりだして一日中でもこの電脳?世界に浸っていたいと九郎は思った。
(今はどうせ暇なんだし、しかも遊びながら収入も得られるんだし、しばらくコレに入れ込んでしまおうかな?)
だが、そこは堕落した生き方を良しとしない源九郎という人間だ。
「――って、ダメダメ!メリハリはつけろ、俺!」
しっかりと自分に言い聞かせ、けれど、心は最高に熱くしたまま、深呼吸で無理矢理に思考を整える。
「よ、よし。先ずは何からしようかな。確かホームが開始地点の近くにあって、そこでチュートリアルとか受けたり、道具とか武器とか手に入れるはずなんだが……」
九郎は浜辺を少し右往左往歩きつつ周囲を見回したが、それらしい建物は見当たらなかった。
森の中かなと九郎は首を傾げたが、さすがに製作者が適当に作ったっぽい領地でも、明らかに探索用エリアな森にホームは作るまいと思い直す。
「作らない……よな?」
九郎は苦笑混じりに頭を掻いた。
「この軽装で森の中に入って敵に会ったら間違いなくやられるぞ」
今の九郎の格好は彼自身が思うところ、日本書紀とか古事記をマンガで解説したときのあの絵でよく見るような姿だった。
手首や足首の辺りできゅっと絞られたやや厚めの布地の上下に、胸に下がる勾玉と石を連ねた首飾り。
靴は薄手だが草鞋や田下駄ではなく、革のサンダルのだったので、現代に生きる日本人の九郎は『この再現度で裸足じゃなくてよかった』と胸を撫で下ろした。
ちなみに蛇足だが、髪はそのままストレートに垂らされた白髪だったことが九郎にとって実は一番安堵したことだったりする。
「格好はまあいいとして、困ったことに武器が無いんだよな。“たんけん”か“どうのつるぎ”くらいあってもいいものを。“ひのきのぼう”すらないなんて」
初期装備が【服】と【靴】、そして【装飾】だけとは。
基本プレイヤーは脆弱な存在なので、どのような場所でも丸腰での行動は止めたほうがいいと説明書に書かれていた。
なので九郎はしっかりと自分用の武器を買ってある。
「でもそれもホームにあるはずだから結局ホームが見つからなきゃこのままなわけか」
それに、英雄召喚器で得た仲間もそこに居るはずだった。
買った武器よりも基本的に彼らの存在がプレイヤーの一番の武器だ。
「だけど………いくら見回しても周りには……」
やはり、無い。
「ならやっぱり森の中か……」
不安しかないが、九郎は諦めて森の中に入ることにした。
◇◆◇◆
森に入ってしまえば九郎の感じていた不安はどこかへと消え去ってしまった。
「おぉぉ……森も凄いな。……すぅぅ……はぁぁ……」
入って数歩で両手を広げ、森の空気を全身に満たそうとしていた。
外から見ただけでもその幻想的な姿が九郎の胸を打ったが、中に入るとさらに倍の感動が押し寄せた。
「これはドイツのシュヴァルツバルトか……はたまたニュージーランドの原始の森か……遺跡があるみたいだしアンコールワットって感じでもあるか。でも、安心感は日本の森って感じもするなぁ。まあ、どちらにせよ、夢にも見ない美しさってのは間違いない」
九郎は自然というものに触れるのが好きだ。
不幸体質のせいで旅行というものにはほとんど参加できなかったため、九郎はよく動画サイトなどで世界の絶景や名所を観ては行った気になって楽しんでいた。
結果、色んな国の色んな風景を観て、大自然の美しさと素晴らしさを知ることで、自然に触れるということに憧れのようなものを抱くようにすらなっていた。
母方の実家がドがつく田舎だったのも一因だろう。
田舎に帰る度に祖父母にせがんでは祖父の持っていた山をあちこち案内してもらった。
どうした訳か祖父の山では悪いことが起きなかったために山に入るのは“何も起こらなくて楽しい”という記憶になったのが九郎が自然を好きになる下地を作ったのだろう。
残念なことにもう祖父は亡くなってしまったが、未だに九郎は最低年一回は祖母の顔と山を見に田舎に帰る。
「ばあちゃんに会いたくなるなぁ」
そんな郷愁にかられながらも九郎は森の奥に進んでいく。
鳥たちの歌声が反響してなんとも心地良い。
ゆっくりゆっくりと森林浴を楽しみながら五分ほど歩いた頃だろうか。
もう海が視界に入らなくなった頃、九郎はふと視線を向けた足元に、よく見知った植物を見つけた。
「お、野いちご……?」
そこには丸くて透けるような赤色をした粒の多い小さな果実があった。
通称的に野いちご。……いま九郎の足元に垂れているのはクサイチゴと呼ばれるものだった。
クサイチゴは味こそイチゴとは言えない野生的なものだが、甘さがありそれなりに美味しく食すことができる果実。よく山などに行くと見かけるものだ。
注意したいのは形の似ているヘビイチゴというものがあるという点だ。
ヘビイチゴはヘビイチゴで熱さましなどに使う用途があるものも存在するが食用には適さない。
山でもない場所のしかも雑草に紛れてあったので、一瞬ヘビイチゴかと九郎は迷ったが、傍に白い花が咲いていたことと、色や形の差異で野いちごだと判断しその実を五つほど採った。
「美味しそうだな」
ゲームの世界でそこまで再現はしないだろうと思うが、野いちごにはよく虫がつく。
割って確認し、よく洗って口にして、できたら最後は吐き出してしまうのが理想だ。
だが、九郎は幼い頃、見つけたら割って確認するだけで、よくそのまま口に放り込んでいた。
今もそうだ。
「おぉ、現実よりちょっと甘みが強いかも。それになんだか体が軽くなった気がする」
ぱくりぱくりと口に放り込んですぐに消化してしまう。
ゲームだから何か特殊効果があるのか、九郎の体は若干軽くなり、元気になったような気がした。
「他にも何かあるかな」
九郎は野いちごを発見したことが嬉しくなって、自分で危ないかもと不安を覚えたことも忘れて、田舎に帰ったときのように森の中をあっちにこっちに探索し始めた。
◇◆◇◆
「あ、ヨモギだ。食用にも傷の手当てにももってこいの万能植物いただきます」
……
「この外国風の森の中に竹ってシュールだな。たけのこって……季節感どうした」
……
「カラスウリって確か食べられない……よな?」
……
「うぉぉぉ!?マツタケだ!ゆっこがよく当ててた!」
……
「柿、ゲットだぜ」
……
「屋久杉よりでかいぞこの杉の木……」
……
「セリ、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけの――ってなぜ春の七草?」
……
「この木の根っこってハッカの味がするんだよなぁ」
………
…………
……………
―――森の中は、宝箱だった。
森の中に入ってから三十分と少し。九郎は心底そう感じていた。
そのまま止めるものがいなければ、あと二時間でも三時間でも嬉々として森を彷徨い続けただろう。
そんな彼を止めたのは――ヨォォッ……ポンッー――というなんとも間の抜けた雅な音だった。
「な、何だ今の!?」
驚いた九郎は丁度もぎ取ったばかりのアケビを取り落としてしまう。
「あぁっ、折角のおやつが」
九郎は三秒ルールだと落ちたアケビに手を伸ばすが、しかし、その眼前にちょっと待てと言わんばかりの勢いで光を纏った巻物が現れ、ズバン!と開いて軽やかな女声のアナウンスが始まった。
《祝!技能【植物図鑑:初級】・【採集:1】獲得》
「え?技能獲得?」
巻物には墨で大きくそう書かれていた。
九郎がポカンとしてそれを見つめていると、巻物はシュルシュルと巻かれて光りの粒になり何事も無かったかのように消えた。
「あ、そうか。ここ、ゲームの中だった」
あまりにリアルな幻想世界に、九郎はゲームの中であることを忘れていた。
そして、それは、もう一つ大事な事を思い出させる。
「そういえば俺、ステータスを開いてなかったや」
ステータスはゲーム開始してからでないと確認できない仕様だったが、九郎はこの世界に出会えた感動ですっかり忘れていた。ついでに言えばゲームを開始したらステータスは要確認!と説明書にあったのも失念している。
「いまさらだけど確認しておくか」
プレイヤーは弱いというが、自分はどれ程のものか。
いま獲得したという技能も確認しておくべきだ。
「えっと、確か何か唱えるんだっけ?……んー、『ステータス』!……あれ?『ステータスオープン』……出ない。『開けゴマ!』なわけない……『情報』?あ、出た」
九郎はそこは日本式かい!とツッコミたくなったが、それはツッコんだら負けだろうと我慢して、目の前にポンッと出てきた巻物を触る。
すると、巻物は自動的に開き、《すてーたすめにゅー》を表示した。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・
《すてーたすめにゅー》
▼ぷれいやー情報
▼装備
▼道具
▼こみゅにけーしょん
▼おぷしょん
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・
「無意味なひらがなが見辛いな」
特色として分けたのだろうが九郎としては見辛い。
オプションで変えられると説明書にあったはずなのでオプションを選択。
無事に――▼表現――のコマンドを見つけて全てをカスタム【和風】から【標準】に変えていく。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
《ステータスメニュー》
▼プレイヤー情報
▼装備
▼アイテム
▼コミュニケーション
▼オプション
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
巻物は半透明のボードに変わり、文字も読みやすくなる。
「これでよし。さて、プレイヤー情報は……」
改めて今度はプレイヤー情報を選択。
すると板のメニューが瞬時に消えて作り直され、自分の正面からの絵と、能力値などの表示に変更された。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
名前:【 ゲンクロウ 】
所属:【 日本 】
スピリットタイプ:【 中立 】
カリスマ【 平凡 】
レベル:【 1 】
《能力》
【体力】:13+(10)
【筋力】:3+(10)
【速さ】:4
【器用さ】:5
【理力】:2
【幸運】:0+(±1~999)
《装備》
【選ばれし者の服(上)】
【選ばれし者の服(下)】
【選ばれし者の靴】
【祝福された勾玉:陽】
◆外部アクセサリー(腕輪)使用中:体力・筋力に+10
◆外部アクセサリー(眼鏡)使用中:【暗視】・【見抜く】が利用可能
*【攻撃評価】:G
*【防御評価】:F-
*【心力評価】:D+
《技能》
【精神力:3】・【自制心:中】・【植物図鑑:初級】・【採集:1】
《称号》
【寂しがりな女神に愛された男】
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「ストレスとか満腹度とかステータスに出ないのか。注意しなきゃな」
大体の値はゲームにありがちなものなので最近のゲームにはあまり強くない九郎にもどんな影響があるかわかる。
【理力】は説明書を読んだ限りでは魔法とか術に影響があるもの。つまり知力や精神力にあたるらしい。
【幸運】が馬鹿みたいなことになっているのは自分らしいなと九郎は苦笑した。
このなかでゲームとして見慣れないのは攻撃力や防御力が【評価】として現れることだ。
つまりそれくらいの強さはあるけど、使い方次第ってことになるのだろうと九郎は解釈する。
説明書にはG-が最低と書いてあったのを九郎は覚えているので攻撃と防御は説明にあった通りプレイヤーの弱さを表していた。
「【心力評価】ってのは……多分魔法攻撃力とか魔法防御力を合わせたものかな」
こちらの評価は恐らく最初にしては高いほうだろう。
二つを合わせていたとしても他の評価のことを考えると初めからD+などなかなか取れるものじゃないと思える。
「魔法使いタイプってことか」
技能もそれらしいものが二つも付いている。
九郎は技能の欄をタッチして一覧にし、説明を呼び出した。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
【精神力:3】
弛まぬ精神修養の果てに得た強靭な精神力。【理力】に大きく+補正。
レベルが上がると効果が上がる。
【自制心:中】
己を見事にコントロールする心。精神攻撃への耐性強化。空腹時のス
トレス増加を抑制。通常時ストレスの増加を大幅に抑制。強度により効
果上昇。
【植物図鑑:初級】
植物の知識。図鑑の範囲内の植物であれば【鑑定】を使わなくても名
称、用途、効果がわかる。レベルアップで種類増加。
【採集:1】
採集を巧みにこなす採集者。採取した物の保存期間及び状態に+補
正。また、貴重な素材を発見し易くなる。レベルアップで効果上昇。
◆アクセサリー:【暗視】
アクセサリー購入者用特典技能。暗い場所でも普段通りに見える。
常時発動。
◆アクセサリー:【見抜く】
アクセサリー購入者用特典技能。念じれば対象キャラのステータスを見抜く。
見える範囲は【観察眼:1】相当。
ランダムで弱点・技能・装備品のいずれかが項目に追加される。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「図鑑は知っている範囲であれこれ野草やら木の実やら集めてたから出たのかな?採集はまあ、いま手にいっぱい持ってるし、これが起因したんだろう。しかし、上の二つは何だか現実の自分が反映されてるみたいで……ありがたいけど笑えないな」
技能はソウルを使って拡張しない限り所持枠は十個。
あとは予備として外しておくしかない。
とはいえ、どれも効果は良いものだったし、まだまだ枠はあるので外す必要はない。
九郎はよしよしと頷いて一覧を閉じた。
「ふぅ…………」
深い。深いため息が出る。
次は一瞬見えてから、見ないようにしていたその項目。
「……さて、最後に《称号》だけど……なんだろうコレ。嫌な感じしかしないんだが。開けたくないな。なんだよ“ツンデレ”って……」
製作者の悪意を感じる。
とは言え、見ないことには始まらない。
理解しておかないと大変なことになりそうだった。
九郎はため息をつきながらも称号の一覧を呼び出した。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
【寂しがりな女神に愛された男】
災厄の女神は寂しがり。大好きなキミに振り向いてほしくてしかたな
いんだ。でも素直になれなくて今日もキミにちょっぴりイジワル☆
【幸運】を0にして毎状況開始時ランダム設定。効果は状況終了まで。
状況終了時は0に戻る。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「……ひどい……」
“災厄の女神”ときた。
それに説明も称号とは思えないほどひとをおちょくった内容だった。
しかもその効果は何かをしようとしたときに幸運値に±1~999を再設定し、その何かが終わるまで効果が続くといった馬鹿げたもの。
「はずせ……ないのか……」
称号は技能と同じ様に何かの条件を満たした場合に贈られ、技能と違って付けたり外したりはできない仕様だ。
つまりこの称号の効果は最初から最後まで九郎についてまわる。
「しかし、いつこんな称号の条件を満たしたんだ?」
妙に現実の自分をトレースしたゲームなので、もしかしたらコレも現実の自分の不幸を表現したものなのだろうかと九郎はため息とともに肩を落とした。
それはそれで凄いのだがあんまりだ。
やはり製作者の悪意を感じる。
「まあ、現実よりはプラスがあるだけだいぶましか」
何せ最大+999だ。
他の能力と違い【幸運】だけは最大が999なので、もし+999にでも設定されたらどんな状況でもクリティカルヒットを出してしまうだろうし、いかなるレアアイテムもドロップするだろう。
(まあ、コレもゲームの醍醐味か)
そう自分を納得させて九郎は一覧を閉じた。
その後はアイテムコマンドを開き、アイテムボックスに物を収納できることを知り、集めた食べられる植物を空中に出現した半透明な箱に全て投入した。
箱を消してアイテム欄を確認すると、便利なことにアイテム欄にはしっかりと種類分けされた植物たちが並んでいる。
(凄く便利だ)
ショートカットもあるみたいで念じるだけでも出し入れできる。
「さて、とりあえず森は遺跡の跡らしいもの以外何も見当たらないし、浜に戻るか」
これだけ探して(植物を)見つからないのだからここら辺にはないと判断し、九郎は来た道を戻ることにした。
だが、甘い。
そうは問屋が卸さない……いや、そうは女神様が許さない。
九郎は源九郎という人間の生まれもった性質を甘く見ていた。
九郎に降りかかる不幸にゲーム世界も現実世界も関係ない。
まさしく【災厄の女神様が見てる】状態の男。
特に感情が昂ぶったときはよろしくないと、この二十三年で九郎は何度も思い知ったはずだ。
なのに忘れていた。油断していた。
気付いていなかった。
自分がこの世界に来てからどうであったか。
――ドンッ……
九郎は振り向きざま何かにぶつかった。
ハッとして見ればそれは茹で上がったように真っ赤な人の足だった。
それを見て九郎は咄嗟に日本人特有の反射的な行動を行う。
「あ、すいません」
軽く頭を下げ、片手を拝むようにあげる。
だが、九郎はここで気付いた。
自分がぶつかったものの違和感に。
「あ……あれ?」
九郎がぶつかったのは人ではない。
人の足だ。
「え?えっと……」
下からずぃと見上げていくとその先は、真っ赤な真っ赤な憤怒の顔。
筋骨隆々、手足は丸太のように太く、その肩には人間のサイズの金棒を担ぐ四メートルはある巨大なシルエット。
「あ、ああぁっ……」
突き出た犬歯、パーマから出た一本角。
でっぷりとした腹の乗る腰巻はお決まりの【虎のパンツ】。
日本人なら誰もが知っている典型的な姿の“アレ”がそこに居た。
いや、待て、しかし、もしかして、これは作り物ではないだろうか?
(頼む。そうであってくれ)
九郎は祈るように【見抜く】と念じた。
作り物ならばステータスは出ない。
しかし、残念ながら九郎の祈りもむなしく、頭の中にステータスが浮かび上がる。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
名称:【 赤鬼 】
種族:【 一角鬼族 】
スピリットタイプ:【 悪 】
レベル:【 8 】
《装備》
【錆びた金棒-1】
【鬼の腰巻+2】
*【攻撃評価】:C-
*【防御評価】:E+
*【心力評価】:G
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「は、ははは……」
九郎の口から乾いた笑い声が漏れる。
そして、それに合わせるように、【赤鬼】がノコギリのような歯を剥き出しにして唸った。
「グゥォォォ……」
その声は大気を揺らし、九郎の肌をも震わせる。
それはまるで本物。
ゲームの産物だ、ただのデータの集合体だなどと思うことも許されない、生物の本能的な恐怖が、九郎の全身を駆け抜けた。
「ゴガガッ……」
硬直し動けなくなっている九郎を笑うように口の端を持ち上げ、赤鬼は緩慢な動作で金棒を振り上げた。
「死んだ……これ……」
ブォンという風切り音と振り下ろされる金棒のシルエットの映像を最後に、九郎の意識は闇に呑まれた。