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【ミソロジーライフ】  作者: 文悟
説明書
3/20

ゲームをはじめられるまえに(2)

夕飯を済ませているのに十四時でした。

十六時の間違いです。

4月13日修正。

九郎は【ハコブネ】という名称の例のゴムボートデッキチェアーに背を預けながら、立てられたモモの上でワインレッドのノートパソコン・・・・・・・を器用にいじっている。


このハコブネがこのゲームのウリ、“全感覚導入”を行うハイテクマシーンらしいのだ。


ハコブネの傍のベッドの上には分厚いスマホ型の黒い通信端末【タマユラ】が置かれ、パソコンとUSBのコードで繋がっていた。


こちらはゲームの個人データ管理やヤタガラスのリーダーが言っていた【収入】を得るために必要な端末になるという。ゲームの開始時は必ず挿すように言われていた。


また、パソコにはLANケーブルも繋がれており、少しごちゃごちゃしているがいつだってゲームを開始できる状態ができあがっていた。



「…………」



これから楽しくゲームをしようというのに、パソコンに触れる九郎の表情は不気味なくらいに平坦だ。しかし、その内側では抑え込んだ熱がグラグラと煮えたぎっていた。



目の前に美味しそうな餌があるのに『待て』を長時間強いられた犬の気分を九郎は味わっていたのである。



「単にゲームを始めるだけで十日もかかるか。……我ながら凄いな」



そう、この“いつでもできる”状態になるまでに十日もかかったのだ。



先ず初めに設置作業の過程でデスクトップが壊れた。


超野菜人もびっくりのスパーキンッな光りと音をパソコンが発したのだ。


普通パソコンがそんな高圧電線に引っかかったような反応はしないはずだがと九郎が首を傾げると、それはどうもヤタガラスの作業員のミスらしいことがわかった。


どうも“ジャレイ”というのがパソコンの中にあって、作業員がそれに気付かずに作業していたら、作業員の“レイアツ”というものにその“ジャレイ”が過剰反応して“キュソクショウテン”を起こしたらしい。


専門用語は難解だったが、稀有な現象だとのことで九郎は『ああ、またか』と自省し、カミナリサマヘアーになってしまったヤタガラスの方々に心の中で謝った。


どうも説明書を読むにつれ、テンションが高まり過ぎたようだ。



パソコンの弁償を申し出られたので九郎は少し考えた後にお断りした。

後日ノートパソコンが届きますのでと。


もしものときに売るために封を切らないで置いておこうと考えていたのだが、ある考えが浮かんだためだ。


九郎はパソコンの弁償の代わりに、ゲームに関する費用をしばらく安くして欲しいと頼んだのだ。


結果は快諾。ヤタガラス責任で通信費等二年間の無料となることが決まった。



これで心置きなくゲームができると思った九郎だったが、次のトラブルが舞い込んだ。



社長が逃げたのだ。



生活するにコレはマズイと上司からの電話を受けてすぐに社長と交友のあるひと・・・・・・・に連絡を取った。



九郎の勤め先は風邪を引くくらいの頻度で潰れる。

そして潰れるときはなぜか決まって突然倒産を知らされるのだ。


そのため九郎は会社に入ると、経営者に夜逃げなどをされた場合を考えて、本人ではなくその交友関係の連絡先を某国諜報員のように集めるようにしていた。


突然ではあっても誰かには必ず伝えるか知られているはずだからだ。


そんなわけで、社長の行方を探して電話をかけた三人目で社長の行き先を知り、九郎自ら追いかけることになった。


結果、荷物が届きながらも何もできない日が数日続き、無事お金も手に入れて万全の状態でゲームに取り掛かる状態を作り終えたのが、十日目の“今”である。



「まあ、今回はお金が手に入っただけマシか」



自身の行動に邪魔が入ることを考え、リスクを減らすありったけの準備をするのが九郎のここ数年の癖だった。家族からして『異常』と言わしめるほどだ。

それでも突発的なことがあればどうしようもない。


そのため今回ゲームを始めるにあたり、九郎はゲームという一点にだけ集中するため、すでに余計なものの一切を取り払ってあった。



掃除、洗濯、履歴書の作成。

次の仕事の面接の予約取り付けも行った。

そのほか必要な書類や申請、支払いも終わっている。


テーブルの上には炭酸飲料なども用意してある。

お菓子とおてふきも用意した。


夕飯は既にすませてあるし、トイレもバッチリ済ませた。

ガスや電気は必要なもの以外チェックして切ってあるし玄関や窓の鍵も閉めた。


もう九郎を止めるものはない。



「ふぅぅぅぅ……」



九郎はたぎる血を冷ますように深呼吸を繰り返す。


すでにシャワーを浴びて寝間着に着替え、臨戦態勢だ。



「さあ、今日は久しぶりに遊び尽くすぞ」



指の骨を鳴らし、背伸びして体を解して、ゲームを起動した。









―― 【 G O D 】 ――








メーカーロゴの後、ゲームらしくオープニングムービーが始まる。


初めは北欧神話の神々と怪物。

次はギリシャ神話。

場所はエジプトの方面や中国に向かい、日本が出てくる。


九郎が見て解らない神様たちも多数出てきた。



“全ての神々がここに集結”との煽りも伊達じゃない。



絵はフルCGで非常にリアルで美しかった。


戦闘するシーンもアクション映画を観ているかのごとくで迫力満点だ。



東西南北の様々な地域の神や魔物の姿が消えると、最後に広大で肥沃な大地を背景に金の字でタイトルロゴが現れる。


《 My†hology Life 》


Tが剣で表されているのがなんとも心躍る。



まだまだ若者の部類の九郎だったが、そこに古きよき時代のRPGの雰囲気チープさを感じた。



早速スタートボタンをクリックする。



画面が暗転し、次に現れたのはクリスタルが多数浮かぶ不思議な空間だった。

どこかで見たことがあると思ったら昔流行った【最終幻想】というRPGの画面に似ている。



そこでは個人情報パーソナルデータの入力とキャラクターの設定を行うらしかった。


収入を得るための入金先の記入は既にヤタガラス・リーダーに費用説明を受けた際に書類を作成し、準備は整っているので問題ない。



(電子マネーでなく現金振込みというのが凄い)



今の日本でそんなことできるのかは甚だ疑問だが、そのようなことはこの製作会社が考えることで九郎にとっては瑣末なことだった。くれるならばありがたく頂戴し、ツッコミなど無粋な真似はしない。


「サーバー……とかってのは決めないんだな」


このゲームは世界各地からエントリーを受け付けている。


どんなに望んでも各プレイヤーがエントリーしたエリア以外からの開始はできない仕様で、九郎のゲーム内の所属勢力=エリアは固定で【日本】になっていた。


説明書を読む限りではサーバー、ワールドといったものなどは選ばず、全ては共通の世界で行われ、勢力の変更は通常の手段ではできないようになっており、基本的には各員がその勢力でずっと戦うことになる。


とはいえ、勢力は違っても同盟として共闘することはできるし、交流をするための戦闘禁止区域も用意されているらしいので孤独に塗れた戦いをひたすら続ける……ということは少ないようだ。





さて、サーバーなどの選択は無いのでここで最初に行うのはキャラメイクとなる。



キャラクターネーム、髪の長さや色、瞳や肌の色、そして


【スピリットタイプ】


と呼ばれる属性を選ぶところからだった。



スピリットタイプとは自分の意志……心の性質らしい。



善・悪・中立とあり選ぶ性質によって対外的な影響を与えたり、キャラクターが抱える爆弾ステータス【ストレス】の発散方法が変わるなどの内面にも影響したり、魔法も種類によって取得の難度が変わったりもするとのことだった。



例えばストレスの発散の面で言うと、善なら遊んだり体を動かしたり、自然に触れたりとポジティブなものが多い。


逆に悪ならば何かを壊したり奪ったり、悪行を重ねるといったネガティブなものが多い。


ソフトのどこにも十八歳未満禁止とは書かれていなかったが、キャラは触れるし裸にもなれるし、子供を残すこともできたりするようで、使い方次第では“一部の成人向けゲームのような蛮行”も行えるのかもしれない。


行為・・にはお互いの愛が無ければいけないと考える九郎は、そのような行為・・には嫌悪感しか抱かないが、そういったことを好んで行う者もいるだろう。


なにせゲーム世界だ。

普通のゲームでも勝手に他人の家に侵入し、タンスやツボを好き放題に漁って金やアイテムを持っていくのが許されるのだから、リアルなゲームで罪を犯さぬように欲望を抑え込むのは難しいだろう。



ちなみに中立は特に偏りはない。

どのような行いでもそれなりにストレスは解消されるらしい。



九郎は自分を当てはめてみると【中立】がしっくりきたので中立を選ぶ。


自分はどちらかと言えば善人であると九郎は自負している。

だが、けして正義を騙ることはない。

力の行使も時には必要であるとも考えている。


ゲームではあるが、不特定多数の人間が参加するものだ。そういった善の心でもって暴力を振るわなくてはならない状況があるかもしれないと考えた。


ならば中立が九郎らしい。


名前は何度かやり直して結局【ゲンクロウ】にした。髪は白髪で肩甲骨辺りまで。目は金色にしてみる。


イメージは“ヤタガラス”だ。


カラスはもともと白かったという話から作ってみた。



「ゲームの中くらいは……カッコよくなってみたいじゃないか」



誰かいるわけでもないのにそう言い訳して、九郎は決定ボタンを押した。


なお、顔や体系は大きくはいじれないらしく、ベースに本人のデータを使うとのこと。

どうやって調べるのかは謎だが。



次に進むとこのゲームでの重要な防衛対象であり、自身の拠点であるホームのある【領地】の購入画面になった。



こういったゲームでは珍しいことに初期パラメーターの設定や、職業決定なども行われず、代わりに初期の【領地】……神からプレイヤーが拝領するという設定……の購入や家具や道具の購入などが【ソウル(S)】というゲーム内通貨を元手に行われるらしい。


武器もそこで買うそうで、ゲーム中はホームや店で買うことになるらしかった。



ちなみにミソロジーライフにはキャラのステータスや魔法などのスキル、職業や称号などのゲームにありがちなものはすべて存在する。


当然レベルが上がれば強化や変更も一部を除き可能となっているが、しかしこれらはゲームが開始してからしか閲覧できない仕様になっていた。


恐らくはサプライズを演出するためだろう。


まあ、どんなパラメーターやスキルになったとしても、プレイヤーの基礎能力は基本的にゲーム中最弱・・だとのことで、ここでポイント振り分けとかない以上見たって仕方がない、ということもあるのかもしれない。



金だけ渡され最弱スタート。



「プレイヤーは神に選ばれし者のはずなのだが」



何かの目的を達成させるのに『自力でやれ』と多少の金を渡し、主人公を鍛えることもせず死地に送り出すのはRPG製作者の暗黙の了解かなにかなんだろうか。



九郎は苦笑を漏らす。


一応プレイヤーしか持たない技能や権限が多数あるのでそこら辺は【神に選ばれし者】ということだろうか。




さて、話を戻そう。


土地を買う上での判断材料として表示されているのは備考と以下の四つ。



・土地の種類


・危険度


・資源の量


・人口



種類は島や深い森、広大な草原、大陸、荒野、雪原などなど多彩に用意されている。広さはそこでは知らされないが備考とあわせて考えたら大体わかってくる。



危険度はそのままの意味だ。

1~5の数値プラスαでドクロマークを使い示されている。

主にその土地に棲む魔物や猛獣などの脅威や自然の猛威などから算出されるらしい。



資源の量は、その土地に眠る鉱物・木材・食料・動物などの量から算出され、これは割りと曖昧に【多い】とか【少ない】とかで表現される。


ただここで少ないと表示されていてもお宝が多かったり、貴重な素材になる魔物が多かったり、はたまた迷宮があったりもするらしいので一概に良し悪しを判断はできない。



最後に人口だが、このゲーム内のその土地に住むNPCの多さを示す。

ただ、人種の数はわからないし、その人種がプレイヤーにどんな影響を与えるかもわからない。


プレイヤーとの関係は基本的に中立ではあるがいわば先住民なのでいきなり襲ってくることも考えられる。

少ないほうが色々トラブルも無く、資源の減りも少ないだろう。


ただ、このNPCは条件を満たすと自分の仲間や領民になるので注意したい。




さて、これらの中で特に重要だと九郎が着目したのはズバリ“土地の種類”だ。



資源も重要だが、このゲーム、忘れてはいけない要素がある。



ミソロジーライフは基本的に個人の視点で探索し戦うアクションRPGで、土地の管理・運営も行う経営シュミレーションでもあるのだが、メインとなる要素は味方を指揮して領地を奪い合う【地域制圧型の戦略シュミレーション】部分なのだ。



開始からしばらくは敵が攻めてこられないようにプレイヤーの得た領地には結界が張られていて、誰からも見えない、気付かれない、そして侵入されないようになっているらしいが、条件を満たすとそれは解除され、プレイヤーがアイテムなどを使い再び結界を張りなおさない限りは他のプレイヤーが侵入できる状態になるらしい。



プレイヤーが他のプレイヤーの領地を得たり、ゲームをクリアへと進めるためには、相手の領地に侵入し相手のホームにある宝玉を奪うのが条件となっているのだが、高額な補助アイテムを使わない限り侵攻するためには自分の足で領地から出て相手の領地まで行かなければならない。


何があるかわからない相手の土地に時間と労力をかけて侵攻するのは相当にリスキーだが、無論、守る側もそれを考慮して土地の各所に罠や警報を用意したり、砦や城を建造したりと大変だ。


しかし、そのようなことばかりに金も手間もかけてはいられない。



では、どうするか?


答えは簡単。


他の土地と隔絶された場所、離れた場所に行けばいいのだ。



「そうするとここは【島】が一番かな……と」



場所を確認するにも侵攻するにも船を作って出向かなければならないので、費用も材料も手間だってかかる。

土地もあまり広いものは無いし、獲りに行く分のメリットのあるなしが判り難い。


さらに言えば天候が各地でリアルに作用してくれるらしいので、神風でも吹けば近づくことも難しい場所になる。


そう考えると【島】は天然の要塞足りえる土地なのだ。




「まあ、船でどこからでも攻められるし、逃げるにも難しいのが痛いが、海と山の両方が望めるのも旨みだな」



そんなわけで、九郎は島をメインに見ながらリストを流していく。



なお、ソウルの初期値は各プレイヤーで三万ソウル(S)以内でランダムだそうだ。


標準的な初期ソウルは二万ソウルと書いていた。




ちなみに九郎が得た初期ソウルは、



: 2000 S :



「……」



余談ではあるが、九郎が小学二年生のときにもらったお年玉は3000円である。



当然コレだけでは領地などまともなのが買えない。



「1500Sが一番最低価格みたいだけど……」



【島】で良さそうなものの価格はだいたい一万二千ソウル。


【島】じゃない土地を探しても最悪のもので千五百ソウル。



「買わなきゃ始まらないけど、最悪のものにソウルのほとんどを使う気にはなれないよな」



そう呟きながら土地のリストを流していくと、一番最後の方に小さく



【逆境キャンペーン!サービス特価領地!】



という煽りのバナーを見つける。


そこをクリックすると数秒読み込んで、別の領地が三つほど表示された。



「お!安い!………けど……」



〔 1 〕



【未開の領地(黄泉平坂よもつひらさか前)】


: 1000 S :


土地の種類:深い森・肥沃な大地

危険度:4~EX

資源の量:沢山

人口:なし


《荒ぶるあなたにピッタリのこちらの領地は、怪物たちの巣に徒歩一分のビックリ物件!毎日がハラハラドキドキのアクションライフです!経験値やソウル稼ぎにいかがですか?》




「却下。初期で行ったらすぐに死んでしまうじゃないか」



〔 2 〕



【神の居ない大地(開発用)】


: 800 S :


土地の種類:広大な荒野

危険度:1~3

資源の量:極少

人口:極少


《荒野のガンマンタイプなあなたにはピッタリの土地です。ええ、もう土地だけは余っています。馬に乗って駆け巡るのも一興?鉱物資源は残っています。建物を色々建てたい人にもお勧め》



「元手のない人間にどうしろと」



〔 3 〕



【矛先から垂れた島】


: 1000 S :


土地の種類:小さな島

危険度:1~5

資源の量:普通

人口:多め



《神様たちが遊びで作った島。天候や季節はランダム。半日で変わったり一週間で変わったり、何があるかも何が起きるかもわかりません。レアな魔物やアイテムに出会えるかも?毎日がサプライズに満ちたファンタジーな生活をあなたに》



「……」



何だかガックリくる設定でランダム天候にランダム季節というのは過酷だが、値段は安い。

そのうえ広さもそれなりにあるようだ。

初期ソウル値の低い九郎にとっては天候と季節の過酷さ以外に言うことはない。


九郎は迷わず購入ボタンを押す。


確認の表示もOK………を押しかけて指が止まった。



「そういえばリーダーさんがメモ紙くれたな」



領地購入画面のリストに行ったら読んでくれと何故かこっそり渡された紙があった。

それは再設置に来たヤタガラスのリーダーさんからの“お詫び”だった。


テーブルに置いていた紙を取り、開いてみる。



そこにはこう書かれていた。



『最初のリスト最下部の右下、空白部分に隠しボタンあり。その先で以下のコマンドを入力』



「隠しボタン?」



九郎は首を傾げながらも指示されたように最初のリストに戻して一番下にスクロールし、そこにある空白部分をカチカチとカーソルを動かしながらクリックしていく。



「あった」


すると何度目かで別の画面に飛んだ。


さっきのクリスタルの不思議な雰囲気を出していた背景は、何故か東西南北の神様がドンちゃん騒ぎをしている宴会の画像に変わり、中央に『コマンドを入力せよ』と指示が現れた。



「えぇぇ……」



あの壮大で幻想的なオープニングは何だったのか。

妙にリアルなCGで神様が飲み屋で騒いでいる画像はいくらなんでもシュール過ぎる。


製作者の遊び心は異常だった。


「ま、まあ、取りあえず入力しよう、入力」


メモ紙に書かれたコマンドを確認する。



《上・上・下・下・右・左・右・左・B・A》



「おぉ……懐かしい」


これもまた古きよき時代の裏技用コマンドだった。

隠しコマンドと言えばこれであると九郎は主張したい。


(この製作者はちょっとアレだが、ゲームというものをわかっている)


九郎は感動に震えるその身を抑え込みながら間違えぬようしっかりと入力した。



すると、ポンという気の抜けた音とともに目の前に三つの【領地】が表示された。



滅亡の都クリミナルスロウン


失われた神域ロストサンクチュアリ


天界に最も近い島ヘヴンズケージ



(な、なんだろう?この中二病をこじらせたような名は)



見ているとこちらが恥ずかしくなるような名称の領地。


備考欄にも《中二病をこじらせた神様が新年会の勢いでちょっと調子に乗って作ってみた》とか書かれている。


だいたい九郎が所属しているのは【日本】だというのにこれは無い。

今までのリストもしっかりと純和風のテイストがあったのにこれはそんな感じはしない。


というか――


「新年会って、神様新年会するのかよ……」


九郎の口から思わず苦笑が零れた。



だがしかし、ふざけた名前のわりにその内容はかなり優れたものだった。



滅亡の都は迷宮や宝が多く古代遺物オーパーツ級のものも眠る。魔物は多めで人間はほどほど。資源も普通。

価格は666万Sと手は出ないが宝は魅かれるものがある。


神域は激レア激強な神獣がいるが魔物の数は少なく、資源も豊富で気候も安定、神話級兵器の隠された遺跡もあるらしい。人口は少ないが住む人はみな穏やかだという。

価格はこちらも高く777万S。


価格もふざけていたが手に入るもののトンデモ仕様だ。。


「いつかは欲しいな」


そして最後、コレだけは良心的な価格だった。


もっとも欲しかった領地。


【天界に最も近い


価格は888S。


ここだけ価格設定を間違えたのかと思うような値段だった。


(……というかこれは多分作ってて飽きたんだろうな)


これだけで飛びつきそうになるが、その内容にクリックしようとした指が止まる。

危険度不明。資源の量不明。人口不明。そのうえ備考も中二病~のコメントしかない。



「不安だ。危険な香りしかしない。……でも、たかがゲームだし。ええい、ままよっ」



意を決して二度クリック。



《【天界に最も近い島】を購入しました》




これで後戻りはできない。


一度購入を確認されると返品が利かないシステムだ。


残るソウルはあと1112S。



「よし。次だ」



他に領地を購入することもできたがここは次へ進む。


家具や道具、サポートアイテムを購入する場面だ。


家は初めからマイホーム(初期)が付いてくるので考えなくていい。改造とかグレードアップができたが改造はしない。というかそんな無駄なソウルは無い。



実際の家にそうするように、ベッドやタンス、テーブルなどを次々に揃えていく。


全て【はじめての】シリーズという品々で簡素なものだったが、領地を買うのに比べたら桁違いに安く、ベッドでも10Sという脅威の値段で買えた。



九郎は充分すぎるほどに家具を買い、配置したその光景を眺めて満足げに頷いた。


ファンタジー世界だがサポートアイテムに冷蔵庫風の商品【魔術式小型保存庫】が100Sであったので買って、食糧も買い込んでそこに詰め込んである。


ほとんどのアイテムは時間経過でダメになるらしい。

リアルだ。


武器や防具も【初心者の~】シリーズを一揃え購入した。

すべてホームの道具箱に集められる。



さて、何故こんな家具や生活用の品がゲーム内で必要なのか。


それは、キャラの仕様にあった。



要約するとこうだ。



1:プレイヤー及びその他キャラはゲームキャラではあるが、現実に生きる命と同じである。



2:プレイヤーやその他キャラクターには体力・体調などのほか、ストレス値・満腹度・人間力カリスマなどがあり、衣食住が多大な影響を与えるので充実が必要だ。



3:日用品やその他家具類はプレイヤーの能力値に影響を与え、特に【人間力カリスマ】他のキャラに与える印象値に大きな影響を及ぼすので注意。




つまり、生活環境がキャラ自身や交流、ゲーム内容に大きな影響を与えるということだ。

本来ゲームには必要ない無駄に着飾る物や、身奇麗にすることがこのゲームには欠かせない。


ならば少ないソウルを出し尽くしてでも生活面くらいは充分快適なものを用意しようと九郎は考えた。


このあと九郎は畑を耕すクワや木をる斧、手押し車や衣服も数枚購入し、ゲーム開始に向け、ソウルを残り200になるまで消費して最終の画面に進む。





最終画面。



ここはこのゲームのお楽しみ要素であり、プレイヤーの貴重な【戦力】を得る抽選の画面だった。


ルーン文字やら象形文字、英語やら漢字やらとまとまりのない文字群と、戦士らしき絵が前面に彫られたバカでっかい石の四角柱が画面中央に現れる。その中央下部には硬貨が填められそうな穴とハンドルが付いていた。



英雄召喚器ソウルダス



「な、懐かしい……」



その名と古きよき時代の姿に九郎の胸は感動で(以下略)。


九郎はその雄々しき姿に、キラキラしたのやホログラムだったり重ね貼りだったりするカードをよく集めていたのを思い出した。


(キラを持っている奴はクラスの男子の憧れだったな……)



まあ、それは置いといて。



ここでプレイヤーは英雄たちの魂が封じられているという硬貨の形をした魂石スピリットストーン代価もとに英雄たちの影……という設定の石版カードが出てくる……を召喚して具現化、仲間にすることになる。


コレクション用のキャラ図鑑もあって収集もやり込めそうだ。



魂石には多数種類があって、ゲーム中色んなタイミングで手に入れることになる。


この場では開始時プレゼントとして銀一枚と銅二枚分が引けるそうだ。

この銀や銅といった違いで出てくる英雄のレアリティや種類が変わるらしい。



英雄のレアリティは基本五種類で下から――



・【平凡ピープル



・【優秀スペシャル



・【達人マスター



・【勇者オーバー



・【英雄ヒーロー】or【女傑ヒロイン



――があって、これに加えて幾つかの隠されたレアとキャラではないカードがあるらしい。




プレイヤーの能力は先に挙げた通り低い。


そのため、この英雄召喚で得たキャラは、プレイヤーに代わって戦いや生産などを任せることになる大変貴重な戦力なのだ。


またこれらのキャラは使用していくと職に就いたり、用途に合わせた技能を発現したりすることがあり、同じキャラを複数持っていても違う成長を遂げたりするようで、そこも非常に自由度が高い。


条件を満たすと進化や転生など変化もするとも説明書には書いてある。



「神の数だけキャラがいる……だったか。楽しみだな」



九郎も早速抽選を行う。


個別にやるもの一括で抽選するものが選べるようだった。



「一括で抽選でいいかな。一個一個やっても俺じゃ何もいいのは出ないだろうし」



卑屈ではなく、当然のこととして九郎は《手持ちの魂石を一括抽選》を選ぶ。


ここで一括を選んだ場合、ゲーム開始まで何が当たったかは判らないそうなので、それならせめてとサプライズ優先だ。


注釈によると、この召喚では具現化を行っているが、以降は自分で行う必要があるらしい。



「手に入れたけど具現化忘れて戦力なしなんてことにならないようにしなきゃな」


なんにせよ、全ての設定が終わる。



「ようやく終わった」



ここからが本当の始まりだ。

伸びをすると少し体が軋んだ。


最後の決定ボタン《次へ》を押すと、また画面が切り替わる。



光りに満ちた白い背景に大昔の神事とかを司る巫女のような姿の女性が現れて、その横に金色の文字が浮かび、それを追うように鈴を転がすような声色で音声が入った。



《入力作業お疲れ様でした。完了ボタンを押してハコブネの上で仰向けになり『開門』と唱えると、ハコブネが通信状態になり、タマユラを介してあなたを神話の世界へと誘います。パソコンの電源はお切りになりませんようお願いいたします。

 現在時刻は十六時十二分。ゲーム内では朝の九時十分です。時間の経過速度は現在約三倍に設定されています。ゲーム内の三時間が現実の一時間です。ゲーム中、時間は確認できますが、ご利用時間にはお気をつけください。以上で終了です。準備が整いましたら完了ボタンを押してください》


「完了っと」


《受け付けました。 ゲンクロウ 様 ようこそ、ミソロジーライフへ》



「ようやくゲーム開始か。久しぶりに心がおど……いや、いけない。冷静だ。俺は冷静」



しかし、このハコブネに寝てどうやってゲームをするのか。


九郎は画面の指示に少し首を傾げながらも、テーブルにパソコンを落ちないようにして置き、指示された通りにハコブネに体を完全に預ける。


ふわっとした良い感触だ。


そこで九郎はふと記念品のアクセサリーを思い出して、ハコブネの横にかけてあったヘッドマウントディスプレイの超軽量版を装着する。


ちょっと大き目のサングラスみたいだ。


小さなアンテナつきの腕輪ももらったのでそれもつける。


導入をより快適にして同調をより高めるのだそうだ。


またこれらのアクセサリーは付けて開始するとゲーム内でもキャラに補正が付くそうなのでつけない理由が無い。


(でも、コレがアクセサリーってどういうことなんだろう?コントローラーとかじゃないのか?)


疑問は尽きないが、そうしろと言われればそうしないわけにはいかない。


大人しくハコブネに背を預けて一度深呼吸。

そして、キーワードを唱えた。



「『開門』」



瞬間、体が浮くような感覚と同時に九郎の意識は白く塗りつぶされた。



九郎は消え行く意識の中で『いってらっしゃいませ』という女の声を聴いた気がした。







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