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【ミソロジーライフ】  作者: 文悟
説明書
2/20

ゲームをはじめられるまえに(1)

アドバイス、評価、感想、ご参加お待ちしています。

源九郎ミナモトクロウは生まれながらに運が悪い。

しかも性質タチが悪いことに彼に降りかかる不幸の大半は周りを巻き込んでしまうとんでもないものだった。


特に彼の感情が昂ぶったときなどが一番危ない。


例えば小学生の頃はクラス対抗のリレーのアンカーに抜擢されたときの運動会は当日の朝に学校前でトラックにはねられ、そのままコントロールを失ったトラックが会場を滅茶苦茶にしたことがある。


例えば高校生の頃はデートに行く度にその先々で事故や事件に巻き込まれたり、急な悪天候に見舞われたことがある。


例えば社会人になって初給料日に妹と両親にプレゼントを買うと電話をかけた一時間後、家財一式全てを巻き込みアパートが燃えたと電話をかけるハメになったこともある。


こんな不幸人間の九郎は、普段とにかく冷静でいようと努力していた。


自分の感情がブレると大変なことを招くとわかっているからだ。



住んでいる部屋の窓から偶然、向かいのアパートに住むお姉さんの着替える姿が見えようとも。


乗った電車で隣の席に芸能人が座っていることに気付こうとも。


今日が待ちに待った給料日であろうとも。


その精神は揺らぎを見せない。



彼は彼のためだけでなく、周りの人のためにも、ただ淡々と毎日を過ごすのだ。



今日も黙々と機械のように準備をして家を出たのが七時きっかり。


それから二十分もあれば着く会社の前に辿り着いたのは、七時五十五分。

遅刻ギリギリ五分前。


社会人としてはもっと早く着くべきだったが、道中様々なトラブルに巻き込まれてこんな時間になっていた。



出社の度に・・・・・こんな風になる九郎だったが、幸いなことにまだ無遅刻無欠勤を貫いている。


それもこれも彼が己の不幸の性質をよく理解して毎日儀式のように行う、早起きと事前の準備の賜物だ。


そんな九郎だったが今日はどうしたことか会社に未だ入れないでいた。


このままでは本当に遅刻してしまうだろう。

だが、どうやら今日はそんな心配はいらないらしかった。



三階建てのビルの入り口。

押し開くタイプのガラスの扉には、中肉中背の灰色のスーツを着た平凡な面構えの青年が口をポカンと口を開けて突っ立っている姿が映っている。


絶望というものを何度も味わってきた青年のその顔にはこう書かれていた。


《突然ですが弊社は2月9日をもって全ての営業を終了いたしました》


白い紙が眼前で風にあおられゆらゆら揺れる。



「…………またか」



もう一度言おう。


源九郎とは生まれながらに運が悪い。


その自動トラブル生産機、不幸の配達人、服を着た災いなどと呼ばれてきた彼にかかれば、精神こころが揺らごうと揺らぎまいと会社を倒産へと誘うなど造作も無いことだ。




ポケットから携帯を取り出して上司の携帯番号を呼び出し、通話をプッシュした。


深く深く深呼吸して、冷静にと自分に言い聞かせる。


「大丈夫。こういう状況は慣れっこだ」



五回ほどの呼び出し音のあと、耳に当てたスピーカーから脂ののった男声が電話を取った。



「もしもし、田原だが。……源、朝からどうした?」


「係長、おはようございます。どうしたもこうしたも、出社したら会社が倒産しているのですが」


「ああ、そうだな。……ってあれ?お前知らなかったのか?まあ俺も昨日知ったんだが。昨日社長

が突然倒産を告げられてな。俺たちはその場で直接退職金とか給料とか含め渡されて訳も解らないまま返されたんだが、お前も居たよな?」


「……わたしは昨日お休みを頂いていました。ですが、一切連絡が無かったのですが」


「あちゃぁ……休んでる奴も含めて全員に呼び出したつもりだったが。すまん。そう言えば確かに一人分余ったって言ってたなぁ。……あー、お詫びにオレから社長に入金か手渡しするように伝えるから」


「……お願いします」


「おう。本当にすまんかったな」


「いえ。では、よろしくお願いします。……失礼します」



通話を終えると九郎の指先は携帯の電話帳から実家という項目を選び出した。

今度はそこで通話ボタンをプッシュする。


七回ほどのコール。


すると鼻にかかったような女の子の声が電話に出た。



「もしもーし!こちらは日吉家です。御用のある方はぴーっという――『ゆっこ。俺だ』――あー、お兄ちゃんだ!ひさしぶりぃ。どったのぉ?こっち帰ってくるのぉ?お兄ちゃんの部屋はいま物置だから帰ってくんならあたしの部屋で一緒に寝よぉ。一緒のベッドつかぉー」



間延びした喋りが九郎の肩をため息とともに落とさせる。


電話に出たのは九郎の妹、“ゆっこ”こと源優子ミナモトユウコだ。


二十三歳の九郎とは六つ違いの十七歳で高校二年生。

小柄ながらスタイルも容姿も良く、ティーン向けの雑誌のモデルやアイドルのスカウトもされるような平凡を絵に描いた兄とは似ても似つかない美貌びぼうの少女。


スポーツ万能、成績優秀、くじを引いたら一等賞というデタラメなステータスの持ち主で、まさに何でも飛びぬけた“優”れた“子”。


昔からお兄ちゃん子でスキンシップ過多なのがちょっと困るが、どこに出しても恥ずかしくないとても良い子だ。


だが、兄・九郎はこの優子があまり得意ではない。



「ゆっこ。実はな、かい――『また・・会社が潰れたのぉ?』――………そうだ」



源優子はなんでもよく気付く。


勘がいいとか察しがいいのは美点だが、優子の唯一の欠点は、その気付いたことやそれについて思ったことをなんでも素直に口にして、オブラートに包むこともそっと胸にしまうこともしないことだ。


裏表が無いうえ根本的に善良なためか友達は多いそうだが、社会に出たときのことを考えると九郎は兄として心配だった。


「ゆっこ。兄ちゃんよく口をすっぱくして言ってただろ。ナイーブな話だと思ったら相手のことを考えて言葉を濁したり、あえて遠まわしな言い方をしてあげるとか気を使いなさい」


「えー、だって家族だもん。家族には変な遠慮とかしたくないししてほしくないもん」


「兄ちゃんもそうだ。でも、親しき仲にも礼儀ありなんだぞ。……兄ちゃんはいいが、他の人にはもっと気を使えよ?」


「むー。わかった……たぶん」


兄は心配です。



「ゆっこ。それでな、兄ちゃんまたしばらく就職活動しなきゃならないから、母さんにお米とか送ってくれないかって伝えてくれ」


「わかったー。あ、あとね、この前お兄ちゃんに贈るバレンタインチョコの材料とかを買いにサンシャインプレイスに行ったらさぁ、福引の券もらってぇ、一回引いてみたら、な、なんと!ノートパソコン当たったんだよぉ。バレンタインのチョコ送るついでにそれも入れとくねぇ」


「……いいのか?お前が使ってもいいんだぞ?」


「うん。あたしこれで今年入って四台目だからいらなーい」



まだ今年入って二ヶ月ちょっとだぞ……と優子にツッコミを入れるのは無駄。

それが、源優子に関わる人間の暗黙の了解だ。


運の格差にため息が出そうになったがそれは押し止めておく。

それは言っても詮無きことと九郎は理解している。


ここは優子の幸運からもたらされる新品のノートパソコンという恩恵をありがたく頂戴する。


そう決めた九郎は電話の前で相撲取りのように心の字を空中に手刀で切った。



「………ありがとう」


九郎の住むアパートには最新最速の回線が引かれてあり、九郎自身は仕事用にとネットにつないだデスクトップパソコンを所持していた。


いつもの九郎ならばいらないと断っていただろう。だが、たった今職を失ったのだ。生活に困ったときはそのパソコンを売るという手もある。どれくらいになるかはわからないが、届いたら封は切らず、もしもの時に売ろうと九郎は考えていた。


優子も現状を知っているからもらった物を売ってお金に換えても九郎を責めることはしないだろう。


「じゃあ、あたしそろそろ学校行くねぇ」


「あ、うん。車に気をつけてな」


「うん。あっ、そうだお兄ちゃん?今度電話するときは家の電話いえでんじゃなくて、あたしの携帯に直接でかけてね。週六くらいでー」


「……ぜ…善処する」



やはりゆっこは得意ではない。


電話を切りながらそう思った九郎だった。






◇◆◇◆







結局九郎は一日をブラブラして過ごした。



折角外に出たんだからと九郎は自転車で風になってあちこち廻った。


世の多くの人々が仕事に勤しむ中、自分はスーツ姿で街を疾走する。

社会に出てからもう何度も・・・体験したことだったが、この開放感は毎回・・

なんとも言えないものがある。



(この気持ちなんて言えばいい!)


一種の諦念ていねん。ヤケクソとも言う。



節制中の財布の中身をやりくりしてカップラーメンとミネラルウォーターを複数購入。

まだ冷蔵庫に食材はあるが、もしものときのつなぎにコレは欠かせない。


このために九郎はわざわざ離れた場所にある激安販売のディスカウントストアまで行ってきた。


九郎が部屋を借りるアパートまで辿り着いたのは夕方の五時半頃。


先週塗り替えられたばかりの階段を鳴らして二階に着くと、丁度九郎の部屋の前に白のツナギと帽子の男たちが三人ほどダンボールを抱えて立っているのが見えた。



「何だ荷物か?俺は何も頼んでない……はず」



通販を利用したことは一度も無い。“もしも”があるからだ。


ネットショッピングを利用したことは無い。“もしも”があるからだ。


それどころか宅配サービスすら利用したことが無い。“もしも”があったからだ。


だから当然頼んでいない。

何かを送ってくれる友人も、悲しいかな九郎にはいなかった。



だが、たまに何故か頼んでも無い物が届くことがあったり、何十件も見たこともないいかがわしいサイトからの請求メールが届くことがあり、九郎は男たちを見てそれを思い出した。


(どうか人違いであってくれ)


だが、九郎の願いはあっさりと裏切られ、男たちは九郎に気付くと帽子を取って会釈した。

その先頭のあごひげの男が近づいてくる。


「どうも、こんにちは。我々“神”式会社TENGOKUから依頼を受けました、ヤタガラス・メカニカルの者ですが、ミナモト・クロウさんですか?」


「え?ええ、そうですが、何かわたしに御用ですか?」


「はい。ミナモトさんが当選された《ミソロジーライフ》のソフトと記念品のお届けに参りました」


「は、はい?ゲームですか?」


ほら来た。


自慢じゃないが九郎は、二十三年間の人生でただの一度も何かを当てた・・・・・・・ことはない。


当たるとしたら奇跡の確率だろう。

だからこそ応募することも無いし、であれば、こんなものが届くはずが無い。


「えっと、人違いだと思います。わたしは何かに応募したような記憶はございませんので」


過去の多くの経験により、丁寧かつ確実な拒絶を示す態度の表し方というものを九郎は会得していた。


「いえ、応募されてますよ。今年の元旦に満願まんがん神社で。当選通知も行ったはずですが」


「え?そ、そうなんですか?て、手紙とか重要なもの以外見ないで捨てちゃうもので……ちょ、ちょっと思い出させてください」


はて、と九郎は首を捻った。

ハッキリ言われると覚えがあるようにも思えてくる。



満願神社といえば九郎が年の初めだけでなく、毎月のように参拝する神社だ。


ここいらでは満願神社が一番大きく、季節の変わり目に色んな催し物を行う珍しい神社だった。特に人気なのは元日におみくじを引いて凶より下が出た人が抽選に応募できる『一発当てて厄払いチャンス』というものだ。毎回かなり豪華らしい。


九郎は確かにおみくじを毎年買う。


そして今年も例年通りに・・・・・【大凶】だったので、九郎は自然な流れで何が当たるかも見ずにおみくじに名前を書いて住所を書いて……そう、厄払いにと応募箱に投入した。


そういう応募なら覚えがあった。



「あぁ………おみくじアレですか?」


賽銭ソレですね」


「でももう二月ですよ?」


「当選が決まってからプレイヤーにあわせて用意いたしますのでお時間がかかりました。遅くなり申し訳ありません」


「あ、いえそんな……責めているわけでは。こういうの初めてなもので驚いて」


「そうですか。初めてのご当選、心よりお祝い申し上げます」


「あ、どうもご丁寧に」


ならば断る理由は無い。


(奇跡キタ)


九郎は思わず小さくガッツポーズした。


「とりあえず、どうぞ中に」


そう言って九郎ははやる気持ちを抑えつつ部屋の鍵を開けて促したのだった。





さて、九郎の部屋の間取りであるが、2Kで結構広い。

風呂もトイレも狭いが付いていて、家賃三万ポッキリの衝撃価格。


前に入った人が悲しいことに自殺なさったとかでその価格になったのだ。


たまにラップ音が聞こえるがそれ以外は特に何事も無いので九郎にとっては安くて広いで問題は無い。


九郎はあまり必要ない物を持たないほうなので、テレビや冷蔵庫とパソコンのほか、必要な家具類以外には趣味と思い出の品ということで小さい頃から大事に使ってきた古いゲーム機とソフトが数本あるだけ。


これ以外に彼の部屋を占領する物は無く、広々している。


とはいえ、荷物を運び入れるとそれだけ広い部屋でも狭く感じた。

ダンボールは全部で六つ。


小さいのが四つに大きいのが二つだった。


「設置していきましょうか?」


とメカニックの方がそう言うので折角の当選品を壊しかねない九郎は願ったり叶ったりと頷いた。


小さな箱の三つはゲームソフトと説明書、それと細々したゲーム機用の便利グッズアクセサリー類など。


ヤタガラスの方が言うにはゲームはどうもオンラインゲームらしい。


もう一つの小箱からはスマホサイズで厚めの携帯端末っぽいものが出てきた。


それに九郎は焦った。

オンラインゲームに興味はあるし、遊びたいが、今の自分にあまりお金がかかるものを持って来られても困る。


それなら引き取ったもらいたい。


「あ、あの、コレってどこかの携帯会社と契約をしなくちゃなりませんか?」


「いえ、それは確かに巷の携帯のような通信端末ですが、我社独自の物ですので、契約を交わすのはゲーム製作もとのGODゴッド社とになります。外に居てもコレを使って遊ぶことができるんです。他にも沢山用途と役割があります」


(ああ、やっぱり費用がかかるのか。そんなもの当たって強制的にもらっても困るんだが。でも、とりあえず……)


「あの……費用はいかほど?」


「ああ、それは後ほど詳しくご説明しますが、基本使用料と通信料込みで費用は月五千円ほどかかります。ちなみにゲームは月額無料ですね。ですがかかる費用よりも収入の方が多くなりますから気になさらず」


「しゅ、収入ですか?」


「はい」


(ゲームをするとお金が入るとは珍しいもんだ。最近のゲームは凄いんだな)


九郎も十代の頃は暇な日をゲームに費やすそこそこのゲーマーだった。


成人してからはそういうものには触れていないが、それなりに知識はあったはずだ。だがこんなものは見たことも聞いたこともなく、賞金ではなく収入が入るなんてゲームは初めて知った。


(収入があると言うならば一、二ヶ月はやっても良いかもしれない。まだ蓄えは少しあるし)


九郎が感心している間に設置は進む。


大きな箱からはデッキチェアーの骨組みとゴムボートを小さくしたようなものが出てきた。


「これは寝室でよろしいですか?できればネット回線が取れるほうがいいのですが」


「ああはい、ベッドのあるほうで。そこにパソコンがありますから回線はそこから取れます」


「では失礼して」


ゴムボートはデッキチェアーと合体するらしい。


リクライニングのソファのようにパソコン前に設置されたそれは男たちがせっせと組み立てて近未来っぽく組み上がっていく。


その光景に幸助は過去の衝撃的体験の数々からあまり表情が出ない顔を満足そうに緩めて、小さく何度も頷いた。


(俺にも運が向いてきたかもしれない。今後の生活に困ったときにゆっこからのプレゼント、そしてさらに満願神社の贈り物。毎年お参りに行った甲斐があった。神様に感謝)


「マシンの設定とかもしちゃいますんで、ここからは少し時間がかかりますから、説明書でも読みながらゆっくりされてください」


「ああ、はい。ありがとうございます。お願いします」


男たちのリーダーらしきあごひげのダンディな壮年の男性からそう勧められ、九郎はキッチンに置いた丸イスに腰掛けて説明書を開いた。



「さて、どんなもんかな」








――あなたは物語の世界に憧れたことはありませんか?



――あなたは物語の世界に行きたいと思ったことはありませんか?



これはそんなあなたの願望を叶えてくれるゲームです。



風の匂い、剣の重み、駆ける大地の感触。全ては現実のまま。


凶暴な魔物、美しく雄々しい神々、そして愛する仲間たち。

全ての夢物語が現実へ。



ゲームクリアを成したとき、あなたは多くのものを手に入れ、称賛と憧れの的になることでしょう。




:あなたを未知なる神話の世界へ誘う、全感覚導入型シュミレーションRPG:



《ミソロジーライフ》






それはなかなか男の心をくすぐるタイトルのようだった。





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