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まさ 著 『一場面』

「あの桜が咲く頃には俺達も一緒になれているはずさ」

 竹中茂は三田村綾を抱きすくめると、彼女の部屋から見える、まだ蕾もついていないような桜の枝を指差してそう言った。

 ああ、またその話なのね…

 綾は心の中でそう云うと、しずかに頷きながら、遠慮がちに、体毛の密集した、竹中の剥き出しの厚い胸に手を当てた。

「確かに去年は駄目だった、けれども房江は俺に対して、もう、愛情も何も持ってはいないそうだし、慰謝料の件も代理人が上手く運んでくれているらしい」

 竹中はそう言いながら、綾の乳房を服の上からしつこく触り、彼女に口づけをした。

「私のことは気にしなくていいのに」

 身体の芯を蕩かしそうな、肉感的な悦楽とは反対に、綾は自身の気持ちとはうらはらな言葉を口に出した。

 竹中はそれを聞いて眉を顰めると「別れて欲しいと言い出したのは君の方だろう」と、やや不機嫌そうな口調で言った。

「別れて欲しかったわけじゃないの、あなたと一緒に居たかったの」

 竹中は舌打ちをすると綾の胸に顔を寄せて、「綾は時々意味の分からないことを言うな」と呟いた。

 段々と息を荒げながら、三田村綾は言葉を続けた。

「確かにあなたと付き合いはじめたころはそう思った」

「それならいいじゃないか、ことが上手く運べば万々歳だ」

 竹中は愛撫の手を強めながらそういった。

 それ以上三田村綾に反論させることを竹中茂は許さなかった。彼は普段以上に綾のことを執拗に攻め、彼女が言葉を口にしようとするたびに、自らの口で遮った。

 一方、綾は竹中に自分の肌を触られるたびに自身の中にどこか空疎なものが湧き上がってくるのを感じた。肉体的には充足を得ているはずであるのに、何かが満たされていないという感覚が彼女の意識の中でまるで満ち潮と引き潮のように、間断なく鬩ぎあっていた。それは彼女が今感じている、性への悦びを覚ますには十分な刺激だった。


「あなたは、結婚をしても私のことを大切にしてくれるの?」

 彼女は行為の最中、突然、きつく結んでいた目を開いてそう言った。

 竹中は動きを止め、一旦驚いたような顔を作ると、綾を見つめながら「もちろん」と言った。

「ならいいの」

 彼女はそう云うと、再び目を瞑った。

 ことが済んだあと、竹中は煙草をふかしながら件の桜を指差して、「あの桜が咲く頃には…」と、同じ言葉を繰り返した。

 綾は無言で彼の話を聞きながらティーポットで緑茶を淹れていた。

「おっと、もういかなきゃいけない。今日は代理人と調停内容の確認をする日だった」

 慌てた調子で竹中はそう言うと、急いで服の乱れを直し、彼女に別れも告げずに家から立ち去った。

 綾は無言で彼を見送ったあと、散乱したベッドの上を片付けながら、ふと窓の外にある桜へと目をやった。

 隆々とした幹の間から眼にも眩しいような小さな緑色の芽がちょこりと顔を出している。それを見た彼女は、少し寂しそうな顔を浮かべたあと、「あの桜が咲く頃には、か」と、ひとりごちて、再びベッドの上を片付け始めた。



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