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lily 著  芸術の秋 『運命の悪戯』 2010.10.23

ある日青年は恋をした。

相手はとある絵画の中に存在する女性だった。

青年は街の小さな美術館で彼女と出会った。

無名の画家たちの贈答作品が展示されている画廊。その隅っこに彼女は居た。

栗色の長い髪、ミルクのように白い肌、青く澄んだ瞳、薔薇のように赤い唇。

すべてが完璧だった。 

彼は彼女に会うために毎日美術館に足を運んだ。

そんな彼を不審に思う人間は誰もいなかった。

彼もまた、無名の画家だったのだ。

ある日、一人の少年が彼に話しかけてきた。

少年は天使のように美しく愛らしい顔をしていたが、悪魔のような怪しさを漂わせていた。

立派な身なりをした少年が、自分のようなみすぼらしい男に何の用があるのかと青年は訝しがった。少年は青年に自分の肖像画を描いて欲しいと頼んだ。

彼は驚いた。何故この少年は自分のことを知っているのだろうか。

驚いた顔をしている彼を見て、少年は怪しく笑い一枚の紙切れを見せた。

それは十数年前、彼が絵画コンテストで入賞し新聞に載ったときの記事だった。

彼は不思議に思った。

誰しもが忘れ去っていた記録。しかしどうしてこの少年は覚えているのだろうか。青年は気味が悪くなり、申し出を断ろうとした。

莫大な報酬を提示されても何故か、乗り気にはならなかった。

しかし少年は断らせない。

「もし僕の肖像画を描いてくれたら、あなたの願いを叶えてあげるよ」その言葉に、乗り気ではなかった青年の心が揺れる。「どんな願いでも叶えてくれるのか?」少年は頷いた。

青年の住む町は不思議な力に対する信仰が強かった。

実際に行方不明者が出ると、異世界へ飛ばされたのだと言う人も多い。

そんなでたらめな話が信用される町で育った青年にとって、少年の言葉を信じることは簡単だった。


青年はこの仕事を引き受けることにした。仕事はその日の夜から始まった。

青年はキャンバスの上に、少年の輝く黄金色の髪を、そして長い睫毛を一本一本丁寧に描き、天使のような少年の姿を写し取った。

少年の知的な瞳に涼やかな蒼を色づけるときは全神経を集中させ、薔薇のような頬には繊細な筆遣いでほのかな赤を色づけた。

天使の様な見た目に似合わない済ましたような表情は、色を重ねていくことでより違和感と怪しさを増していく。

やがて季節は巡り、肖像画が完成した。

少年をそのまま絵の中に閉じ込めたかのような、すばらしい出来だった。

肖像画の中には天使のような姿をした悪魔のような怪しさを持つ少年がそのまま描かれていた。

「期待以上の出来だ」素晴らしい!と興奮気味に肖像画をまじまじと見つめる少年に青年は懇願した。「早く願いを叶えてくれ、もう待ちきれないんだ」少年は明るく笑いながら頷き、彼に願いを言うように促した。「僕を彼女の元へ連れて行ってくれ」青年は彼女の描かれた絵画の一部となることを望んだのだった。

青年と少年は閉館間際の美術館にいる。

人の姿はもう見当たらない。

「モナ・リザみたいなのを想像してた」

少年が”彼女”を眺めながらぽつりと呟いた。そういえば昔聞いたことがある、モナ・リザの美しさに発狂した男の話を。

自分も、もしかしたらすでに発狂しているのかもしれない。

青年は自嘲気味に笑った。

「本当に後悔しないね?」真剣な顔で少年が尋ねる。「後悔なんてするものか。僕は彼女と一緒に居たいんだ。頼むよ」少年は無言で頷いた。

そして世界が暗転する。気がつくと彼の目の前には愛しい彼女が居た。

彼はそっと愛する女性をを抱きしめる。彼女は彼に向かって優しく微笑んだ。

彼はいつまでも彼女を抱きしめていた。



(後日談)


「なあ、あの絵って元からあんな感じだったっか?」

「は?何言ってるんだ?気のせいだろ」

「男は居なかった気がするんだが・・・」

「じゃあ、職員が違う絵に変えたんじゃないか?」


数日後。

少年は美術館を訪れ、彼がいつも見ていた絵画をじっと見つめていた。

以前は美しい婦人だけが描かれていた、上手いが何の変哲もない絵。

しかし今は少し違う。美しい婦人を抱きしめるただの青年の絵だ。

余計に面白みがなくなった気がする。


芸術は人の人生を壊すものではないだろうか。

少年がぼんやりとそんなことを考えていると、後ろから女性に声をかけられた。

「あの、すみませんが」

振り返った少年は眼を見開いた。

声をかけてきた女性は栗色の長い髪に、ミルクのように白い肌、青く澄んだ瞳を持ち、薔薇のように赤い唇をしている。

青年が恋焦がれたあの絵画の女性にそっくりである。「この方をご存じないかしら」

女性が呆気に取られたような顔の少年に差し出したのは、少年がかつて彼に差し出したものと同じ新聞記事だった。「・・・知ってますよ。しかし、何故僕に声を?」

「この方が美術館で、いつもその絵を熱心に眺めていると耳にいれたものですから」

「僕がこの絵をずっと眺めていたから、彼の知り合いかと思い声をかけたと?」

「ええ。あなた、このお方のアトリエが何処にあるのかご存知ありませんこと?

私、この方の絵に一目ぼれしてしまって・・・。是非、肖像画を描いていただきたいのだけれど」

少年は黙り込み何かを考えているように見えたが、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。

「知っていますよ。僕もこの人に肖像画を描いてもらったんです。素晴らしい出来でしたよ」

少年はしばらく彼女と談笑した後、丁寧に彼のアトリエへの道を教えてやった。

彼女が去った後、少年は青年を閉じ込めた絵画に向き直った。絵画の中には幸せそうな青年の姿がある。

「・・・・・・ごめん」

少年は複雑そうな顔をして、一言だけ呟いた。


(了)

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