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席替えの神様、お願いします

 私の隣の席が、私の好きな人になりました。


 高校の門を通り抜ける時、彩夏は少しだけ緊張した。と言うのも、今日の朝には席替えが行われるから。彩夏には是非とも座りたい席がある。その為に、今日は席替えの神様にお祈りしながら登校した。口を開けて息を吐くと、息は白く広がり、そしてすぐに霧散した。それを見て彩夏はもう一度息を吐き、その何処へ消えるとも分からない白さに祈って、神様へのお願いを託す。

 一方で彩夏の隣を歩く冴香は席替えになんか頓着しておらず、席なんて後ろの席なら何でも良いと言ってのける程だった。彩夏はそれを勿体無いと思う。それじゃあ授業はつまらないままだ。当たりの席に座る事が出来れば、授業だって楽しくなるのに。

 そうは言っても、彩夏と冴香は向いている先が違う訳で、現に今、下を向いて祈りを捧げる彩夏とは違って、冴香は前を向いて嬌声を上げていた。

「見て! 見て、彩夏!」

 彩夏が顔を上げると、嬉しそうな冴香の顔があった。

「ほら、あそこ! 秋一君!」

 冴香の指差す先には一人の生徒が歩いていた。冴香の言葉通り、その生徒は秋一と呼ばれている。背は平均よりも少し低いが、整った顔立ちをしていて、特に目が印象的だった。涼しげな目元に静かな眉、麗らかな慈愛を感じさせる眼差しなのにその奥に沈み込む様な憂いを湛えている。風に靡く髪はこすれ合って音を立てそうな位に爽やかで、思わず触れてみたいと思う程。性別を超越した様な美しさを持っているが、笑顔を絶やさず、女の子に優しく、話しかけてみれば気さくなので、何だか手が届きそうな気がして、秋一に憧れる女子達は離れてみているだけでは我慢出来なくなってくる。入学早々、女子達に取り囲まれた誰もが憧れるアイドルだ。

 冴香も秋一を気に入っている一人で、一目でもその姿を見かけたら、その日一日ずっと幸せだと言って過ごすくらいのお気に入りだった。同じクラスでないのをいつも残念がっていた。

「ちょっと近付いてみる」

 そう言って、冴香が足を速めて近付いていく。彩夏も仕方無くそれに付いて行く。彩夏がそっと冴香の顔を覗くと、内面の憧れがそのまま顔に出ていた。

 冴香だけではない。秋一を見つめる女子達は皆同じ様な顔をしている。なんたって学年のアイドル。彩夏と冴香の学年の女子はみんな秋一に注目しているし、上級生や下級生にもファンが居る。

 皆が一様に秋一へ眼差しを送っている。幾多の視線に晒されながら、秋一はそれ等に笑みを返す。笑みを返された一人である冴香は近寄ろうとしていた足を止めた。見れば溶け崩れそうな笑顔を浮かべている。

「今の見た? 笑いかけられちゃった。カッコ良かったー」

 冴香はとても嬉しそうに手を合わせて秋一の行く先を見送った。

「病気がちな所も儚げでカッコ良いよねぇ。いっつも体育休んでるんだって。何だか守ってあげたくなるなぁ」」

 幸せそうだなと、彩夏は若干呆れつつ冴香を眺めていたが、その向こうに人影が見えて、呼吸を忘れた。

 そこには冴えない男子が居た。名を敬輔と言う。度の強い眼鏡を掛け、ぼさぼさとした不摂生な髪型、まるで世の中全てを憎らしく思って居る様な不機嫌そうな表情。彩夏の他には誰一人注目していない。実は秋一の双子の弟である。二卵性らしくあまり似ていない。秋一みたいにカッコ良ければ良かったのにと、秋一の双子の弟という情報を聞き付けた多くの女子達に入学早々残念がられた男である。

 けれど彩夏の思い人である。そして、敬輔の隣の席こそが、彩夏が席替えで手に入れたい席である。

 敬輔は誰とも目を合わせずに不機嫌な顔で去っていった。それを見送った彩夏はようやく呼吸を取り戻してから、もう一度席替えの神様に祈ってみた。


 そして席替えが始まった。

 教室はいつも以上にざわめきが満ちている。

 敬輔は既にくじを引き終え、一番後ろの窓際の席、誰もが望む特等席を手に入れていた。敬輔の隣の席は敬輔の事を差し引いても、彩夏にとって申し分ない席である。その席はまだ誰にもひかれていない。何としてもあの席を射止めるんだ。そう固く決意して、彩夏はくじへ向かった。

 手を突っ込む。幾つかの紙が入っている。とりあえず触って、どれかから敬輔の気配を感じられないかと探ってみる。けれど分からない。どれもみんな同じ紙切れだ。だが確かに一つだけ当たりが入っているはずだった。裂帛の気合いを持って、彩夏はくじをかき回し続けた。

「早くしてくれよ」

 教師が空気を読まずにそんな事をのたまった。その声の所為で気が散って、彩夏は思わずくじを引いてしまった。あっと思うが、もう遅い。教師の事を恨めしく思いつつ、彩夏は恐る恐る紙を開いた。

 開けた瞬間、彩夏は教師を見上げた。

 先生ありがとう!

 心の中で叫んで彩夏は揚々とくじに決められた席へ向かった。

 敬輔の隣の席へ。

 彩夏は張り裂けんばかりの喜びに溢れながら敬輔の隣の席に座った。隣には敬輔が居る。ずっと好きだった敬輔が居る。


 あれは一年生の夏休みの初め頃、冴香と遊ぶ約束をしていた彩夏は校内をぶらついていた。冴香は陸上部に所属しており、夏休み中も練習に明け暮れていた。その日は丁度午前で練習が終わるので、その後遊ぼうという事になった。彩夏は学校で部活が終わるのを待つ事にして、夏の日差しを避けながら建物や木が作る影の中を歩いていた。

 校舎の裏手に花壇がある。人目につかない場所で彩夏もその時初めて来た。そこには乱雑に花が植わっていてあまり手入れはされていない、

 ぶらついていた彩夏はその花壇へ行きついて、そこで水を撒いている敬輔を見た。いつもの通り冴えない容貌の敬輔は、面倒臭そうに花壇へ水を撒いていた。その時彩夏は暇だったので、興味本位に声を掛けてみた。

「何してるの?」

 すると敬輔は酷く慌てた様子で振り返って、彩夏を見るなり顔を紅潮させた。

「何でここに?」

「えっと、暇だったから」

 敬輔は顔を紅潮させたまま、固まってしまっていた。

「それで敬輔君はどうしたの? あ、もしかして水やりの当番なの?」

 彩夏が尚も聞くと、敬輔は観念した様子で目を逸らして、また水をやり始めた。

「当番て訳じゃないけど。水やらないと枯れちゃうだろ。夏休みは教員だって休みだろうし、誰も水やらないだろうから、俺が撒いてんの」

「そうなんだ。でも、夏休みでも来てる先生いるし、誰かが水あげるんじゃない? 私が中学校の時は夏休みでも用務員さんがあげてたよ」

 彩夏はそう言いながら、さっき用務員のおじさんとすれ違った事を思い出した。

 敬輔が勢いよく彩夏を見た。その顔はさっきよりも赤くなっていた。

「そうなのか?」

「多分」

 その時、丁度用務員のおじさんがやって来た。

「そこの二人、何してんだー。って、いつも撒いててくれたのはあんた達かい? いつもありがとよ。おじさん、仕事が減って助かってるよ」

 そんな事を言って用務員のおじさんは笑った。彩夏が敬輔を見ると、我関せずといった様子で花壇へ水をやっていた。けれど耳まで赤くなっている。やがて完全に撒き終えると、彩夏や用務員のおじさんには一瞥もくれずにさっさと片付けて行ってしまった。顔は最後まで赤かった。

 彩夏はそれをおかしく思って、用務員のおじさんが「何だったんだ」と呟くのを聞いて、堪えきれずに笑ってしまった。その時はまだ少し興味が湧いただけだった。

 けれどそれから少しずつ敬輔を見ている内に、敬輔が皆に気付かれない位自然にさり気無く周りを助けている事に気が付いて、そんな敬輔をずっと見ている内に、些細な興味は段々と恋心に変わっていった。


 そして今日、遂に近付けるチャンスがやって来た。今迄は機会が無くて中々話しかける事が出来なかったが、今日からは隣同士、これから幾らでも話す機会が出来るはず。

 そう考えると、彩夏の胸の内に闘志が込み上げてきた。

 まずは挨拶をしなくちゃ。

 何事も最初が大事である。折角隣同士になったんだからまずは挨拶をしなくちゃ。それに挨拶なら突然話しかけても不自然じゃない。そこから話が発展すれば一気に仲良くなれるかも。

 そう考えて、彩夏はそっと隣の敬輔を窺った。暇そうな顔をして、席替えの成り行きを見守っている。今なら話しかけても問題無い。

「これからよろしくね」

 彩夏はとびっきりの笑顔を作ってそう言った。

 ところが敬輔はまるで無反応で、じっと前を見つめている。

 もしかして聞こえなかったのかな。

 何だか一気に話しかけ辛くなって、彩夏は口ごもった。

「ねえ、あの」

 それでも何とか気を引こうとしての言葉だったのだが、やはり敬輔は彩夏に挨拶を返すどころか、反応すらしてくれない。

 彩夏は更に何か声を掛けようとして、

「何でもないです」

諦めた。

 撃沈した彩夏は会話を打ち切って、俯いた。

 失敗したー! そう心の中で叫びつつ、彩夏は明るく開けたと思っていた前途が意外に難所の様だと気が付いた。


 結局席替えをしたその日、彩夏は敬輔と話をする事が出来なかった。

 喋ろうとはしたのだ。けれど喋ろうと敬輔を見た瞬間、挨拶を失敗した時の事を思い出して、何だかまた無視されそうで話しかける事が出来なかった。こうなったらと、消しゴムを落としてみたり、教科書を忘れたと呟いてみたりしたのだが、結局敬輔の注意を引く事は出来なかった。敬輔の隣になれたという記念日は、いそいそと消しゴムを拾ったり、前の子から教科書を借りたりして、終わってしまった。


 虚しい虚しい帰り道、彩夏は今日の出来事を思い出しながら憂鬱な気分で歩いていた。神様に祈ったお蔭か奇跡が起きた席替え、しかし仲良くなれなかった現実。

 何が悪かったんだろうと彩夏は考える。挨拶の仕方? けど何も変な事は言ってない。じゃあ丁度機嫌が悪かったとか? 消しゴムも拾ってもらえなかった。敬輔君は周りの人を助けてるのに、私だけ助けてもらえなかった。もしかしたらあからさま過ぎたのかも。消しゴムを落とした事がわざとだってばれていたのかも。。

 嫌な想像というのは一つ思い付けば、次々と尽きる事無く湧いてくるもので、消沈しきった彩夏は通りがかった土手を力ない足取りで降り、何の気無しに、緩やかに流れる川を見つめた。都会の汚い水が広々と流れ、近寄るとどぶ特有の妙な異臭が漂ってくる。その臭いが彩夏の心を更に沈めて、嫌な想像は加速した。

 そもそもあの夏の、敬輔君が水をあげてた時の私って、良く考えてみれば失礼じゃん。水をあげてた事にありがとうと思って、豪いと感じて、応援するべきだったのに、私は何て言った? 応援どころか、用務員さんがやってくれるよと敬輔君の好意を全否定した。これじゃあ、嫌われたってしょうがない。

 そう考えると、どんどんと落ち込んでいって、彩夏は無為に足元の石を蹴り飛ばした。石は水面に落ちて、波紋を立て、波紋は流れに消えて、後には夕日に染まった赤い水面だけが残る。夕日が反射して煌めき、彩夏は思わず目を瞑った。

 それがきっかけで、沈んでいた思考が打ち切られる。

 駄目駄目。こんな後ろ向きに考えてちゃ駄目じゃん。今日は、今日はちょっとタイミングが悪かっただけ。まだ一日目じゃんか。これからまだまだ敬輔君と会える。だって、私は敬輔君の隣なんだから。まずは席替えが上手くいった事を喜ばなきゃ。

 彩夏は空を見上げた。夕暮れと夜の狭間がせめぎ合っている。何の気なしに、それに手を伸ばす。

 やったね、私! 頑張れ、私!

「頑張るぞー!」

 そう叫んで、彩夏が気合を入れた瞬間、背後から呼びかけられた。

「頑張って」

 え? と思って振り返るとそこに人影があった。

「危ないから、あんまり川に近付かない方が良いよ」

 秋一が笑顔を浮かべてそう語りかけてきた。

 彩夏は思わず赤くなる。

 学年のアイドルが話しかけてきた事よりも、何よりも、今の叫び声が聞かれていた事が恥ずかしくて、後ずさった。

 後ろには川がある。

 彩夏は川縁で足を踏み外し、体が傾ぐ。倒れている間、彩夏はやばいと思った。思ったがどうする事も出来ず、体は川へ向かって倒れていく。

「危ない!」

 不意に彩夏の背を支える感触があった。秋一が倒れる彩夏を支えたのだ。だが、

「うわ」

支えきれずに、そのまま倒れ、二人して川の中に突っ込んだ。幸いな事に浅瀬で溺れるという事は無かったが、倒れて尻餅をついた彩夏とそれに覆いかぶさるように手をついた秋一へ、冬の冷たい水は容赦なくぶつかり、二人の体を撫で上げ、濡らし、冷やしていく。

 痛みに瞑っていた目を彩夏が開けると、彩夏の前に秋一の顔があった。綺麗な顔がそこにあった。澄んだ目と彩夏の目が合った。

 彩夏はすぐに状況を察して、一気に赤くなり、後ろに下がる。

 秋一も驚きに目を見開いてから、慌てて立ち上がり、彩夏へ手を差し伸べる。

「ごめん。大丈夫だった?」

 彩夏は驚きに口が開けず、何度か無言で頷いてから、立ち上がった。その瞬間、水に濡れた制服の重さが一気にかかった。ずぶぬれだった。

 これは風邪引いちゃうかも、と彩夏は呑気に自分の体を見回した。その手を秋一が取って、引っ張った。

「早く上がらないと」

 手を引かれてよろめきながら付いて行く。

「家はこの近く?」

 心配そうに秋一が覗き込んでくるので、彩夏は恥ずかしくて顔を背けた。

「うん、ここから五分くらい」

「こんな寒い中、その格好で五分も歩いてたら風邪ひいちゃうよ」

 そう言われても他に方法が無い。とにかく一刻も早く家に帰ろうと、彩夏がお礼と謝罪を言おうとした時、秋一が再び彩夏の手を引いた。

「僕のうちがすぐ近くだから、寄っていきなよ。タオルも服も貸すから」

 それに疑問を感じる前に、彩夏は手を引かれて歩き出した。

 え? と思った時には土手を上がっていた。

 もしかしてこれは、と心配になって秋一の顔を見ると、真剣な表情をしていた。下心がある様には見えなかった。濡れた顔は遠目で見た時より色っぽく見えた。綺麗な顔をしているなと思った。それは本当に天使の様に美しかった。

 見惚れている内に秋一が立ち止まった。彩夏も立ち止まる。目の前に大きな門を構えた和風の邸宅があった。

 何、この豪邸。彩夏が驚いている間にも秋一は彩夏の手を引いて門を開き中へ入って行く。中も立派な庭園が広がっていて、そこを抜けると大きな屋敷があり、たった徒歩五分の近くにこんな異世界があったのかと驚いている内にも、玄関を抜けて、秋一の家に上がっていた。

 とにかく驚きの連続で頭がぼんやりとしていた。もしかしたら風邪をひいたかもと思った瞬間、彩夏の体に寒気が走った。

「ちょっと待ってて」

 廊下が二手に分かれた所で秋一が彩夏の手を離した。そして少し離れた部屋へ入って、また戻って来た。タオルと服を持っていた。

「お風呂入った方が良いよね。これ、タオル。それからサイズが合うか分からないけど、この服も良かったら」

 秋一はそう言って、もう片方の廊下を歩いて行く。彩夏も何となくそれに付いて行った。心の隅に、まずいんじゃない? という疑問の声が湧いたけれど、驚きと寒気で呆然とした頭は上手く働かず、疑問の声もすぐに打ち消された。

「ここがお風呂だから。お湯は沸いてると思う」

 秋一は広い脱衣所にタオルと服を置いて、浴室へと入り、笑顔で戻って来た。

「うん、湧いてた。じゃあ、どうぞ。遠慮しないで入って良いよ」

 そうして秋一は脱衣所を出て何処かへ行ってしまった。

 後に残された彩夏はしばらくぼんやりとしていたが、正気付くと、一気に疑問が吹き出してきた。

 この状況は何? なんで私、秋一君の家に居るの? これはどういう状況? もしかしてついて来たのはまずかった? あのいっつも優しそうで綺麗な秋一君が、私を襲おうとしているとは思えないけど。それにしたって簡単について来過ぎかな? それにしてもこの家広過ぎ。何部屋あるんだろう。庭も広かったし。秋一君てお金持ちなのかな? だとすれば、弟の敬輔君もそうなんだ。っていうか、私、今敬輔君の家に居るんだ。どうしよう。もしかしたら敬輔君とまた会っちゃうかも。その時、ちゃんと挨拶できるかな? その時は無視しないでくれるかな。どうしようどうしよう。それよりまずお風呂入ろう。寒いし。服も借りちゃったけど、これ着ても良いのかな? この服、女の子のみたいだけど、妹でも居るのかな? もしかして彼女のだったりして。秋一君に彼女が居るなんて知ったら冴香ショックだろうなぁ。まさか敬輔君の彼女、なんてことは無いよね? うーん、しかし広いお風呂だなぁ。脱衣所だけでこんな。っていうか、ちょっと待って。私、真っ先にお風呂入ろうとしてるけど、酷くない? 秋一君は私の為にあんなに濡れちゃったんだから、まず秋一君が入るべきじゃん。そうだよ。秋一君て病弱らしいし。私、最低だ。秋一君呼びに行こう。

 そんな事を一気に考えた彩夏は、一先ず体を拭いて、水気を落としてから、秋一を呼ぶ為に脱衣所を出た。秋一を探して来た道を戻り、さっきの分かれ道に差し掛かった。もしかしたらさっきタオルと服を取りに行った部屋に居るかも知れない。

 部屋に辿り着くと、確かに中から物音がしていた。やっぱりここに居たみたいだと安心して、失礼しますと小声で言ってから、ゆっくりと障子戸を開く。

「きゃ」

 きゃ?

 部屋の中からやけに可愛らしい声が聞こえてきた。驚いて、良く部屋の中を確認すると、服を脱ぎかけている秋一と思しき人物が顔を赤らめ、驚きで固まっていた。

 秋一と思しき人だ。顔は確かに秋一の顔をしていた。深く澄んだ瞳、精巧に作られた彫刻を思わせる整った綺麗な顔立ち。顔は何処までも秋一なのに、その下が違っていた。

 胸があった。大きいとは言えないまでも、確かに性別が分かる位の胸が確かにあった。

 彩夏はその胸を数秒間じっと見つめ続け、顔を上げると固まったまま更に赤くなった顔がじっと彩夏の事を見つめていて、彩夏は更に顔と胸を交互に見比べてから、ようやく彩夏の頭の中の時が動き出した。

「ご、ごめ、ごめ、な、さい」

 そうして思いっきり障子戸を閉めて、退き、腰が砕けて座り込んだ。

 もう一度、今見た事を思い出す。

 何度確認してもそうとしか思えない。彩夏は心の中で呟いた。

 秋一君て、女の子だったの?

 それでもまだ信じられず、彩夏はぐるぐるとした思考の中で、気が付くと声を上げていた。

「ええー!」

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