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背信者に捧ぐゴスペルソング(3)

三十分ほど待ったでしょうか。その間に聖堂に集まった方々は散会して、減っていき、聖堂にはラスター像を始めとした美術品を拝んでいる信徒や聖職者に神託を授かる方々が残るのみ。


シラク司教の信者達の相手が一段落ついたのか、私の方へと歩いて来ます。あのシラク司教が今、私の目の前に!


「大変お待たせして申し訳ありません。ご存知かと思われますが、私はラスター神に仕えさせて頂いているペザン・シラクです」


慌てて立ち上がる私。スタッカートが私の心臓をぶち破ろうとしています。あろうことか、声が出せません。


「俺はフレスだ。それで、用件は何だ?」


私の代わりに不粋な声を出すフレスさん。貴方はシラク司教になんて口を聞くんですか!私達の後ろから、シラク司教の横に回った女性守護騎士にも睨まれてますよ。それに、シラク司教が用のあるのは貴方では無く私なのです。


「失礼ながらフレスさんはシャットのご出身でいらっしゃいますか?」


「そうだが?もしかして、万人に平等に太陽の恵みを、の決まり文句を掲げてるラスター教会は、野蛮なシャット民族はお断りですってか?」


「いえいえ、そんな事は決してございません。ラスター神は全ての生き物を受け入れます。前から、貴方の赤き髪と眼を拝見して、逆に喜びを感じた程です。フレスさん、我々はシャット民族である貴方を歓迎しますよ」


シラク司教のお眼鏡にかなったのは、私では無く、フレスさんでした。どうせフレスさんと違って、私の身長では前から見つけ辛いですよね。フレスさんの様に髪も瞳も赤くないですしね。少し泣きたくなってきました。


「悪いが、単刀直入に言ってくれないか。俺は気が長い方じゃないんでね」


フレスさんが、シラク司教にぶっきらぼうに言います。私がシラク司教と話したいです。でも、どう話を持ち掛ければ良いのでしょうか?まずは、シラク司教の今日の演奏についてご感想を…。


「それは、失礼しました。では、率直に言わせて頂きます。フレスさん、貴方にお頼みしたいことがあるのです」


またしても私は声を出せず、シラク司教はフレスさんへ。しかし、聖職者がシャットの傭兵に頼みたい事とは何でしょうか?


「貴方の方が良くご存知かと思いますが、シャット国内は現在、三つの勢力に別れた内乱が続いております。同じ大地に住む人間同士が争うなど大変嘆かわしい事です。我々、ラスター神に支える者としては是非、シャットの民にも神の御心を知って貰い争い無き世界を創りたいと常々思っております」


「詰まる所、俺にシャットでのラスター教布教の水先案内をして欲しいって事か」


フレスさんの先読みに頷くシラク司教。シラク司教は音楽家である以前に敬虔なラスター教徒であるのですね。


「内乱状態のシャットに宣教師を送るには、シャットを知る人物が居ると大変心強いのです。勿論、教団の方からそれなりのお礼は…」


「悪いがお断りだ」


フレスさんが即答します。私としては、シラク司教たっての願いで謝礼付き、でも現シャット国内の混乱と危険は知っている、悩ましい所です。


「俺は神様に興味は無いし、シャットじゃ、まずラスター教の平等主義は流行らねぇ。何より、こいつがシャットに行くにはまだ時期じゃないしな」


フレスさんが私の頭に軽く手を置きます。確かに、内乱の続く現シャット国内は治安が悪過ぎるのはハーシル王国でも周知の事実です。フレスさんのような戦士はともかく、私のような可憐な少女はせめて内乱が治まってから行くべき地でしょう。


そう言えば、フレスさんは何故ハーシルに来たのでしょうか。傭兵ならばシャットの方が仕事が有り余ってるでしょうに?


「貴方はラスター神を信じていないと言うのか?」


「あぁ、全く興味ないね」


私がフレスさんの顔を見ようとした時に、槍を片手から両手に持ち直した女性守護騎士が言います。私の頭の上にあったフレスさんの右手が剣の柄へ伸びます。貴方は何で、守護騎士を挑発してるんですか!ここで喧嘩をする気ですか!


「止めなさい、ルー!例え、彼らに信心が無くとも、どんな人も神に守られる権利があるのです!」


シラク司教の言葉は、聖堂内の視線を集めた後に、女性が槍を下げてシラク司教に一礼して、一歩下がります。


「失礼しました。彼女はとてもラスター神への信仰心が強いのです。それ故、職務には真面目でして…」


「俺は斬りかかられても別に構わなかったぜ?」


フレスさんが未だに意志の強い眼を向けているルーさんという女性に、挑発的に笑いかけています。お願いですから、大宗教に喧嘩を売らないで下さい。


「フレスさんは宗教に興味が無いと申されましたが、それならば何故にこの教会へいらっしゃったのですか?」


「あぁ、別にラスター教に興味は無いんだけど、こいつがどうしてもあんたの演奏を聞きたいって言ったんですね」


この場を取り繕うようにシラク司教にまたフレスさんが私の頭に手を置きます。ここに来て初めて良いことを口に出します。やっと、シラク司教の眼が私に向けられます。


「レミファ・アニアと言います!音楽家です!素晴らしい曲でした!」


シラク司教へ送る頭の中で必死にイメージしていた詞も旋律もどこかへ流れて行ってしまいました。あのシラク司教と話している私は軽いパニック状態です。私は次に何を言おうとしていたのでしょうか?


「そうですか、貴方は音楽をおやりになるのですね?それは素晴らしい。音楽も神の御心と同じく万人に与えられる心の平穏ですからね。その背負ってらっしゃるリュートをお弾きになるのですか?」

まるで、全ての人に愛を配るかのようなシラク司教の優しい眼差しと御言葉。


「ハイ!」


何を思ったか、慌てて背中からリュートを手に取る私。出来れば尊敬するシラク司教に、私の演奏を聞いて頂きたい。私の身体がそう訴え掛けていたのでしょう。


「その紋章は!」


私がリュートを抱えて弾き出そうとすると、シラク司教の眼に驚嘆が映ります。


「レミファさん、そのリュートを何処で手に入れたのですか?」


今までフレスさんの数々の無礼な態度にも落ち着きを払っていたシラク司教が、眼を鋭く細めて詰問するような早口の質問。シラク司教の豹変に私は少し肩が震えてしまいます。


「失礼、私としたこと少々取り乱してしまいました。それで、そのリュートはどちらで手に入れたのですか?」


柔和な表情と口調に戻り問い直すシラク司教。私もこの方を怖いと思うなんてどうかしていたようです。


「待て、レミ!シラクさん、このリュートについて何か知っているのか?」


私が口を開き掛けた途端にフレスさんに止められてしまいました。このリュートは、先生が私の前から去る前に譲ってくれた物で、そこまで高価な物なのですか?かなり古い物であるのは一目瞭然ですけど。


「いえ、確かな事は分かりかねますが…、ある人物の持ち物ではと」


私の眼はおかしくなったのかもしれません。シラク司教が私を止めたフレスさんを一瞬怒りを帯びた形相で睨み付けたように見えました。どうやら、私の命とお財布と同等に大事なこのリュートはまた背中に戻した方が良いようです。


私は慌ててリュートの肩紐を肩に掛けようとします。


その時です。今まで、黙ってフレスさんに睨みを利かせていたルーさんの鎗が動いたのは、そして、私の背中が強く押されて床に倒れる痛みと私の手からリュートが離れる感覚が起きたのは。

レミファの先生。リュート。スペルシンガー。どんどん伏線を張っていきますが、ちゃんと回収できるのだろうか?いや、しますよ?


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