二曲目 背信者に捧ぐゴスペルソング (1)
神の見守る都市ラスルル。最高神ラスターの教えを信奉するラスター教団の統治する宗教都市。
そのメインストリートは左右対象に整えられ、日の光反射する白き建物が整然と並び中央にはラスター神の像と噴水。まさに、現世に再現した神の国です。
「白尽くしで眼がチカチカする街だな」
私の隣で芸術を解する感性をお持ちでない哀れな男が興の冷める事を言います。
あのドラゴン退治の次の日、フレスさんがどうしても私の音楽修行の旅に同行したいと仰るので、少々の考慮の末、私のお供を許可したのですがその芸術感性の無さは私のお供失格ですよ。
この街は数々の高名な芸術家を産み出しています。画家、彫刻家、そして…。
「この街は、あの有名な神聖音楽家であるシラク司教がいらっしゃるのですよ!是非、会わなければいけません」
彼の弾くパイプオルガンの音色は重厚で荘厳。それでいて、庶民に親しみ易く万人の心に神が宿るような優しき音色であるのです。まだ村でラジオにかじりついていた頃からノイズの混じらない彼の演奏を実際に耳で聴くことを願って止みませんでした。
「彼は朝の八時と昼の三時、夜の六時にラスター正教会大聖堂で無料で演奏するんです。フレスさん、早速行きましょう!」
「分かったからレミ、興奮するなよ。まだ、十二時だぞ。三時間も待つのか?」
私の頭をはしゃぐ子供を押さえるようにして止めるフレスさん。私は別に興奮していません。シラク神父の演奏の為なら三時間ぐらい我慢できる程は大人なのです。
その時です。慎み深き乙女には釣り合わない、慎み深くないお腹が重低音のメロディを奏でます。フレスさんがその音を継いで小さな笑い声を出します。
「俺は昼時で腹ペコなんだ。ご相伴願えますかね、お嬢さん?」
顔が火照っている私は、そのフレスさんのお誘いとお腹の嘆きに応えて小さく頷きます。
聖装である白いローブを纏うラスター教信者さん達の波に、身体の小さな私が飲み込まれないように庇いながら進むフレスさん。
フレスさんは音楽を全く分かっていません。でも、その巨体に似合わず乙女な私の扱いは心得ています。今回だって、私の羞恥心を軽減するように取り計らってくれたし、私の財布から、この昼食代を払わせるなんて事はしないでしょう。
音楽家の同行人としては相応しいとは言えませんが、旅の同行人としてはとても良い人なんです。たまにですけど貴方は、神が努力する悲劇の音楽家の私に遣わした天使なのではないかと思ってしまいます。
フレスさんと居れば、食事や宿泊費等のお金の心配をする事も少なくなりました。見知らぬ街で見知らぬ人だけに囲まれる不安が無くなりました。街から街へ移る時の夜にモンスターに襲われるのじゃないかと寝れない恐怖もこの五日間はありませんでした。
何より、生家をリュートと弓を抱えて黙って飛び出して二年、頼る人の居ないその日暮しな生活。正直、私はとても寂しかったんだと思います。
だから、私、フレスさんに少しは感謝してるんですよ。
ですから、お昼は多めに食べても良いですよね?天使の如き優しさを持ち合わせる貴方は喜んで、私のお腹を満たしてくれるのです。フレスさんには感謝してもしきれません。
俺の書く小説って、何か趣味に生きる主人公が多くないかと思う今日この頃。
まぁ、天見酒が趣味人だからね。