始まりのデュエット(3)
静かな森を通り抜ける風と鳥達のせせらぎ笑いを、遮断する大声。
「いやぁ、ドラゴン退治日和だなぁ」
とても物騒な日和ですね。私としては、こんな陽光がポカポカとしている日は、大人しくお昼寝を勧めますよ。そうです。今日はお昼寝をするべきなのです。子守歌なら歌ってあげますよ。
「レミ、元気ねぇぞ~。昨日のやる気はどうした」
「フレスさんは朝からとても元気ですね」
私は朝に弱いのです。朝の六時に起こされたのは、久しぶりです。
「そんなんじゃあ、気合いでドラゴンに負けるぞ」
「気合いがあっても、実力で負けますよ」
鋼を弾き、魔法も通し難い鱗、鋼鉄をも裂く爪に、噛み砕く顎、更に鉄をも溶かす炎、まさに史上最強の生物。昨日、食事に誘われて承諾したときには、私は大所帯の中の一人で、実質何もしなくて討伐代の分け前にありつけると思っていました。
それが当然ですよ。まさか、か弱い女の子とたった二人でドラゴンを退治に向かうなんて。フレスさんは気狂いだったのですね。そんな気狂いに僅かな餌に騙されてしまう私は、なんて不幸なんでしょうか。
「まぁ、俺たちならば大丈夫だ」
またまたぁ~、ご冗談がお得意ですね?こちらは冗談じゃないですよ?
「にしても全然現れねぇのな、ドラゴン」
現れなくて宜しいのです。
第一、ドラゴンが出るのは、餌(人)の通る街道沿いで無かったですか?この街道からどんどんと逸れて行って会えるのでしょうか?街道を歩いていた方が会えると思いますよ。街道に戻りましょう。
そして、このピクニックを止めて街に帰って、お昼にしましょう。もちろん貴方の奢りで。
「結構深くに入って来たもんだな?まぁ、分かりやすい足跡は在るのから迷わねぇな」
私は気付いてふりを必死でしていましたが、足元を見てないようでしっかり見てらっしゃったのですね。それは只の勘で森深くに突き進むほど、残念な人では無いですよね。その優秀な観察眼は狩人としてやっていけますよ。ただ、自分の身の丈に合う獲物を追うことも必要ですよ。
足跡から見て、体長4マア、私達の二人の身の丈を合わせても二倍近くはありますよ。もう一度、考え直しましょう。
「おっ、居た!寝てやがる!」
私のハートはドラゴンを見つけてしまったという、プレストにビートを刻みます。そして、ドラゴンが寝ていることにリテヌートに速度を落とすのです。
静かに近付いて寝込みを急所を襲えば良いのです。分厚い鱗もお腹は薄いのです。更に、丈夫なドラゴンの鱗皮は防具の材料として、1タームが銀50タームで取り引きされています。この4マアを越えてるドラゴンさんならば、100タームは得られそうです。
銀5000ターム、イコール金50ターム。人生で一度も金貨に触れた事の無い私には、二人で分けたとしても大金過ぎます。
フレスさん、私を素敵なピクニックに誘って下さりありがとうございます。
「おっしゃぁ!勝負だ、ドラゴン!」
隣のお馬鹿さんは、取らぬドラゴンの皮算用に夢中な私の思考を裂いて下さるフォルティシモな声を出してくれやがりました。
せっかく熟睡されていらしゃったのに、お馬鹿さんの大声で、鎌首をもたげられるドラゴンさん。お休みの邪魔ですよね。この馬鹿が御迷惑をお掛けしました。あっ、身体を起こされなくて結構ですよ。私共はもう失礼させて頂きますので、御構い無く、どうぞごゆっくりお休み下さい。あら、舌舐めずりして、あっ、朝食がまだだったのですね。何か食べられる物をお持ちしてお訪ねすれば良かったですね。あっ、確かに私の方が柔らかそうで美味しそうですが、フレスさんの方が量がありますよ。
私の繊細な耳を壊すような咆哮。ドラゴンの口から噴き出された高温の球体。私は軽快な足さばきで、辛うじて交わします。地面に黒焦げな穴。もう少しで、私はウェルダンなステーキでした。現段階でドラゴンに背中を向けたら、背中から美味しいステーキになることでしょう。つまり、私はもう逃げることすら出来ないのです。おぼつかない手で弓に矢をつがえます。
「やっとやる気になったか」
火球を飛ばしたドラゴンに、不敵ににやけるフレスさん。私としては、ドラゴンさんには是非職務怠慢でいて欲しいものです。何故、貴方は余計な事をしたのですか!
こうなったら、私の作戦は一つ、隙を見て逃げる。何故、音楽家たる私がドラゴンと戦う羽目になるのでしょうか?実物を目の前にした今、昨日の楽観的思考の自分を恨みます。餌に釣られて餌になるなんて笑えません。
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