一曲目 始まりのデュエット (1)
フィナーレへのラストスパート。ここまでは、当然順調。一つの音も外してはいない。しかし、最後のパートにして最難関。テンポの速くなるのに合わせて私も必死に全集中を込めた指を動かす。クッ、弦を一つ弾き損ねた。構わない。引き続けよう。これ以上のミスを犯さなければ良いだけだ。
終わった……弾き終えた。さぁ、観衆からの拍手喝采の番だ。
まぁ、私の前に居るのは足を止めずに横目で見て去って行く人々だけですけどね。いつもの事ですから……良いんですよ。私はとても謙虚何です。
いつか、世界一のリュート奏者になって私の演奏をこんな田舎街の道端でナマでしかもタダで!聞けると言うチャンスを無視した事をこの私の演奏の素晴らしさを分からない奴等に後悔させてあげます。
今日はおひねりを1ターム銅貨も稼げなかったかぁ…。昨日は頭が後光の如く光る神の如き御心をお持ちの音楽の分かる素敵なおじいさまから、10ターム銀貨を貰ったから夕飯にはありつけました。
現在の財布の中は、1ターム銀貨ニ枚と50ターム銅貨一枚1ターム銅貨が数枚。リンゴが二個買えます。今日の夕食はそれで決定です。私に選択肢はありません。久々の演奏での高収入に調子に乗って銀七タームの定食なんて食べるんじゃ無かったです。
しょうがないから、久しぶりに職斡旋所に行きましょう。出来れば音楽家に相応しい仕事があれば良いんですけど、飢え死にへとフィナーレを迎えようとしているこの際、私はプライドは捨てます。簡単で稼げる仕事ならば何でも良いのです。
前の街みたいに草取り時給銀5タームとか無いでしょうかね?
「あれ、もう止めちまうのか?」
すごすごと荷物を纏め始めた私に掛かるテノールの声。振り替えると私の後ろで胡座を組んでいる男。鉄の軽鎧を着て、長剣を携える男。赤毛で赤眼ということは軍事大国シャットの出身、その薄汚れた格好からして傭兵でしょうか。年は私と同じか、少し上か。
とにかく観衆が居たことにびっくりしました。そして、少し嬉しいです。おひねりをくれたらもう一曲弾いてあげるぐらいもっと喜びますよ。
「なぁ、あんたさぁ、さっきの曲。歌詞は付いて無いのか?」
中々鋭い観客ですね。付いてますよ、ワケ有りで歌わないだけです。
「私は歌うのが下手ですので」
「そうか?あんた良い声してるぜ。顔同様、女みたいで」
「ハハハ、良く言われますよ」
もう行っても宜しいですかね。おひねりも出さずに、私の昔からの心の傷を抉る貴方に付き合っていられないので。くそ、この短い髪型がいけないのですか、それとも旅で着古したこの服装ですか。それともこの乏しい体型ですか。
「あっ、おい。待てよ」
私はさっさとこの場を立ち去りたいのですが。
「何でしょうか?」
普段から心が優しい音色で満たされている私は女神の如きスマイルを彼にあげます。速く用件を言って、バイバイしましょう。
「一曲奢って貰ったんだ。昼飯奢るぜ。一緒にどうだ?」
バイバイは後にしましょう!
あぁ、私はこんな素敵な方を邪険に扱おうとしていたなんて。
「ご迷惑でなければ是非、御相伴させて下さい」
フフフ、この人の財布から搾れるだけ搾り取って見せましょう。
「じゃあ行こうぜ!俺はフレスな。見ての通りの一端の傭兵だ」
私の立ち上がり横に並んで歩き出すフレスさん。その背丈は1.1マアはありますね。シャットの人は体格が良いと聞きますけど、成人の平均身長である1マアを逆に0.1下回る私と並ぶと余計大きく見られる事でしょう。
「あんたの名前は?」
おっと、お返答を忘れてました。
「失礼しました。私、レミファと申します」
「何か、名前まで女みたいだな」
アハハハ、駄目ですよ私。堪えるのです。この方は私の大事な金づるです。
「私は正真正銘の女ですよ」
「えっ、マジで」
大真面目です。当然の事に絶句しないで下さい。そして、私のコンプレックスである色々と乏しい身体をマジマジと見ないで頂きたい!
フフフ、フレスさん、覚悟して下さいね。今からの昼食では貴方の財布に大穴を開けますからね。
本編はこんな感じです。
まぁ、この小説は天見酒の多作品と異なり、ゆったりとした旅を書いて行こうと思っております。