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背信者に捧ぐゴスペルソング(4)

急に大理石の床にぶつかった私の身体。そして、私の頭を流れる鋭い二陣の疾風。


「早ぇ!」


「躬されれた!」


フレスさんとルーさんの声が合唱。大理石に打ち付けられた痛みにこらえて私が立ち上がり見たのは、大聖堂の正面門を潜ろうとする白い後ろ姿。


「レミ、悪い!リュート持ってかれちまった」


私への死刑宣告の後、白いローブの後を追うフレスさんの背中。冗談ではありません。あのリュートは私と先生の大切な絆なのです。失う訳には行きません。私もフレスさんの背中を追って駆け出します。


「ルー、私は他の騎士を集めてから追います!彼らを見失わないように、あのリュートを取り戻しなさい」


その私の背中を追うシラク司教の声。


「御意に!この神の家で引ったくり行為など許せません」


どうやら、異教徒の私の為にシラク司教がわざわざ守護騎士を何人か動かしてくれるようです。ラスター神に感謝します。



「レミ、お前はあそこで、いや、先に宿を取って待ってろ!俺がリュートを取り戻してやるから」


御免です。あのリュートが手元に無いと心の平穏が無いのです。

それに私、足には自信があります。物心ついてから先生と音楽に出会うまで、獲物を追って森を駆け巡っていた足は、先に出た貴方に直ぐに追い付くほどですよ。舐めないで下さいよ、計らずも村一番の狩人の血を引く私は、演奏に継いで、狩りの腕も一流なのです。まずは前を走る獲物の足を射ぬいて見せましょうか?


…無理ですね。獲物は足が速すぎます。既にフレスさんを抜いた私の足でも追い付けません。見失わないでついて行くのがやっとです。そして、白いフードで顔を隠した獲物が大人の波を器用にすり抜ける姿を見て分かるのです。背丈が私と同じくらい小さいのです。向こうの方が少し大きいかもしれませんが。女神のごとき寛大な心を持つ人間として、子供に矢を射るのは気が引けます。


だからと言って、私のリュートを奪う行為は絶対に許される行為では無いのです。

私から物を取るなんて、足の一本ぐらい奪われてもしょうがないですよね?


そんな私の思考を読み取ったのか、建物の狭い隙間に入り込む獲物。獲物に誘われ段々と中央通りから遠ざかって行くのが分かります。歩く人の数と比例して、白を基調にした整った建物が減り、修繕を必要と訴えているひび割れの目立つ建物が優雅な神の街ラスルルの裏側に有りました。


「これがラスター神の万人への平等なお恵みね…」


私の後ろから、フレスさんの皮肉が聞こえます。いくらラスター教だって、全ての人を救えないって事です。


「それでも、シラク司教は全ての人を救おうと努力しています。それは素晴らしい事だと思いませんか?」


少々、息切れ混じりで私はフレスさんに言います。私は、誰かを救う為に努力している人間では有りません。でも、シラク司教は私の為に権限を使ってリュートを取り戻そうとしてくれようとしているのですよ。


「その通りだ!貴方もそこの幼きながら良識を心得ている男の子を見習ったらどうだ?」


獲物の横から突然槍をつき出す女性。獲物の足止める。釣られて私達の追い掛けっこも終演を迎える。ルーさんはフレスさんに大分悪印象を抱いているようです。ところで、幼きながら良識を心得ている男子とは誰の事でしょうか?ここには、フレスさんとルーさんの他に、私から宝物を盗ろうとした良識無き泥棒と、良識ある大人な美少女しか居ませんよ?

「シラク司教様や教皇様はこの神の都にこういったスラム化した地帯が有ることを憂いていらっしゃる。神のお膝元でこのような事をやる輩が出てしまう事にもな」


ルーさんの槍で足元を狙う横薙ぎ。白ローブの子はそれに上手く合わして後ろへ下がりひらりと交わします。私がルーさんの槍で同じ芸当をやれと言われても出来やしません。それだけ、ルーさんの槍が速く、この子が動きが速いのです。


「ここに住んでる連中は、心を痛めて貰うよりも、金を貰った方が喜ぶぜ、っと!」


フレスさんがルーさんに反論しながら、上凪ぎに剣を大振りします。


「シラク司教様もただ思い悩むだけでは無い!ここに出向き、パンを配り、神を信じる者には教団の仕事を与えている!野蛮な神を信仰し、戦いばかりしているシャット人と違って。貴方と同じにしないで頂きたい!」


今度は槍を水平に突き出すルーさん。


「どうだかねぇ?それがこいつらを救っているのかは、怪しいもんだぜ。チッ、ちょこまかと逃げ回りやがって。それにしても、姉ちゃんなかなかの使い手だな?」


「そういう事は、彼らの為に貴方が何かをやってから言いなさい。ここまで華麗に避けられると自分の腕を信用出来なくなりますね。貴方の剣筋も熟練の域ですよ」


二人の連撃を繰り抜けて、二人と私の間に立つ子供。言い争いながらも息の合った二人の刃の舞いに合わせて見事に舞い切る子供に、私は何も出来ず、矢をつがえた弓を手にぶら下げて見ていただけでした。何だか私だけ仲間外れです。

リュートが手元にあれば、今の演舞にテンポの速い舞曲でも伴奏してあげたいところです。


二人の攻撃の手が休み、不敵に立ち尽くす白いローブ。肩が震えています。それは恐怖から、では無いようです。


「僕としてはお兄さんの意見の方に大賛成。ラスター教団のお偉いさんは、神を信じる従順な人を不平等に救ってるだけだからね。そうでしょ、守護騎士のお姉さん?」


子供特有の高い声でそう笑いかける白いローブ。声変わり前の少年でしょうか?


「盗みを犯しておいて、さらに神を侮辱するとは。子供だからと手を抜きすぎていた様ですね?」


僕、あまりルーお姉さんをからかってはいけませんよ?貴方は私のリュートを持っていて、ルーさんは槍を持っているんですから。生意気な子供とともに私の宝が串刺しなんて事は避けたいのです。


「おい、坊主。その楽器をレミに返しな。そしたら見逃してやるぜ」


フレスさんがそう言うのなら、村で子供に対する優しい扱いが上手い事で有名だった私は、お尻を引っ張ったく躾は止めて置きましょう。


「えー?僕は親切でこのリュートをここまで持ってきて上げただけだよ?そっちの小さなお兄さんが、あのシラクから騙し盗られないようにね。あのシラクが目を丸めるほどだから、良い値で売れそうだしね?」



得意気にからかい口調で語る青年。とにかく私のリュートを買ってに売られては困るのです。


「僕?小さなお兄さんって誰の事でしょうか?とにかく早く、そのリュートをお姉さんに返しなさい。付け加えるならば、シラク司教は私から物を騙し捕るような方ではありませんよ」


「えっ!お姉さん?」


「女性、だったのですか!」


私は衝撃的事実を発表してませんよ。当然誰もが一見で知る事実を口に出しただけなのです。この生意気な少年にはやはりキツいお仕置きが必要なのも当然の事実で、大人としての役割ですよね。


「レミの性別はどうだって良いんだがよ。坊主の持ってるそいつは、レミが持っててこそ価値があるんだ。痛い目みたくなければ返しな」


フレスさんは間違った事と正しい事を少年に言います。私の性別はどうでも良い事ではありません。そして、そのリュートの価値を最大に引き出せるのは間違えなく私だけです。元の持ち主の先生を除外すればですけど。


「えぇ~、どうしよっかなぁ?」


フレスさんの言葉は心に響かず、代わりに私のリュートの第三弦を弾いておどける少年。


「良い度胸だ。坊主、俺は丸腰相手に本気は出せねぇ。そのひらひらの布に隠した腰の物を抜きな。俺に勝てたら、それをくれてやる」


「ちょっと、待ってください!」


そんな楽しげに私の私物を景品にしないで下さいよ!


「却下だ!レミは手を出すな!姉ちゃんもな。一対一、悪い条件じゃあねぇだろ、なぁ?」


「待て!ラスルルでの私闘は禁じられて」


「お堅い事言うなよ、姉ちゃん。俺は異教徒で野蛮なシャット人だぜ?邪魔すんじゃねえぞ」


この人には戦闘狂と貶し称えられるシャット人の血が色濃く流れているようです。でも私のリュートが危ない時に、そんな決闘精神を出さなくても良いじゃないですか!


「僕は喧嘩は得意じゃないんだけどね。でも、只で逃がしはしないってことだよね」


私のリュートの肩紐を自分の肩に掛ける少年。視界を良くするためか、頭に被ったベールを脱ぐ。金色に輝くショートヘアーに北方の血を引くことを示す深い青の瞳に純白の肌。北方の神話に出てくる愛らしい天使のような顔立ち。不釣り合いにローブの中から取り出した柄を握る拳から膝までも刃渡りがあるダガーナイフとにやける口元がなければですが。


「シラクが来る前に早く片付ける事にするよ。お兄さん、男に二言は無いよね?」


その天使のように微笑む顔は、その足が動き出す前に小悪魔の顔へと変わる。

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