2.帰宅する朝倉さんと僕。
「今日は本当にありがとう、朝倉さん!」
「い、いいえ! 私にできることをしたまで、ですから!」
放課後になって、クラスメイトが散っていく中。
僕は改めて朝倉さんに、化学準備室での出来事を感謝した。できることをした、と彼女は言っているが、常人にはできないことだよと告げるのは野暮だろうか。野暮かもしれない。
そんなことを考えていると、朝倉さんは小首を傾げてこう訊いてきた。
「あの、ご迷惑でなければ一緒に帰りませんか?」
「ん、一緒に……?」
思わぬ提案に、こちらはしばし硬直する。
だけど、こんな機会を逃すのはもったいないのは分かっていた。
「朝倉さんの迷惑じゃないなら、もちろん喜んで」
そんなわけで、僕たちは一緒に家路に就くことになったのだ。
◆
「こっちは車があるから、注意しないといけませんね」
「(だから、こっちって……?)」
夕陽に照らされる街の中を二人で歩く。
長い長い坂を上りながら、朝倉さんがそのように言うので僕はまた内心でツッコんだ。相も変わらず彼女の素性は不明な部分も多いけれど、普通に話している分には可愛い女の子。
その事実には、あえて目を瞑ることにしていた。
だって彼女は発言もさることながら、こちらが恋愛感情を抱くには畏れ多い。
「私、変わっているので。話してくれる相手、少ないのです」
「そ……そんなこと、ないと思うよ……?」
だけどごめん、朝倉さん。
敬うような感情を抱いているのに、その点については否定できなかった。
実際問題として朝倉さんは端麗な容姿に加えて、その浮世離れした行動や発言によってクラスでは浮いている。みんな嫌っているわけではないのだが、触れないでおこう、という暗黙の了解が広まってしまっていた。
そんな彼女と言葉を交わすのは、決まって隣の席の僕。
キッカケは忘れてしまったのだけれど、気付けば不思議なほど自然に話していた。
「だから、とても感謝しています。……私には、中学の友人もいないので」
「そう、なのかぁ……」
――どうして、友人がいないのか。
それを訊ねてしまったら、妙な世界に足を踏み入れそうなので思い止まった。彼女の言い方を借りれば、僕はあくまで『こちら』の人間として朝倉さんと対峙したい。
そんな勝手な決意を胸に抱いていると、彼女は数歩先を行ってこちらを振り返り、
「本当に、ありがとうございます! ――宮間天音くん!」
そう、僕の名前を口にした。
だけどその感慨に浸るより先に、
「危ない!」
「きゃっ!?」
僕は急いで朝倉さんの手を引いて、その小柄な身体を抱きしめる。
すると直後に、彼女のいた場所を自転車が猛スピードで通過して行った。
「気を付けないといけないのは、車だけじゃないよ……?」
「……は、はい」
どうにも、この少女は目を離せない。
放って置いたら、どこか違う場所へ行ってしまいそうで……。
「あ、あの……」
「……あ! ごめん!?」
ずっと抱きしめていたことに気付き、僕は彼女を解放した。
互いに無言になりつつ、しかしこちらは――。
「(やっぱり、普通の女の子……なんだよな)」
たしかに伝った温もりに、顔が熱くなるのを感じていたのだった。
◆
「ふぅ……また、助けられちゃった」
――宮間天音と別れてから。
朝倉冴姫は一人で家路に向かって歩いていた。
空を見上げると、そこにはもう薄紫の闇が広がり始めている。
「『あの日』も、そうだったよね」
そんな景色に、少女は何かを思い出すように立ち止まった。
そして、ゆっくりとこう口にする。
「私は普通の女の子じゃない。でも――」
改めて決意を固めるようにして。
「天音くんのことが、大好き。……だから、バレちゃいけない!」
胸の前で小さく拳を握りしめて。
大きく頷いて、宵の明星へと向かって宣言するのだった。
「私が異世界から帰ってきた聖女だって、絶対に!」――と。
おそらく、バレてないと思っているのは彼女だけなのだが。
しかし冴姫へそれを指摘する者はいない。
どうやら、二人のすれ違いは簡単に埋まらないように思われたのだった。
ここまでがオープニングです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
朝倉さんの物語、楽しんでいただけていたら嬉しいです。
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