1.化学準備室での朝倉さん。
「日直って、本当に面倒だよね。朝倉さん」
「それは、そうですね。でも必要なこと、ですから」
次の授業は化学の実験だった。
僕と朝倉さんは偶然にも日直だったので、授業前に諸々の資料、実験に使うものの準備を手伝うことになっている。要するに先生の小間使いなのだけど、さすがは朝倉さん。
少しだけ面倒くさそうにしたものの、役割は役割と考えて切り替えていた。
そんな彼女の大人なところにほんの少しの憧れを抱きつつ、僕は化学実験室のドアを開く。するとそこには、何に使うか分からない薬品の入ったビンに、顕微鏡などの道具が所狭しと。
「あれ、先生まだなのか……?」
「そのようですね?」
だけど、肝心の化学担任の姿がなかった。
僕たちは互いに顔を見合わせて、小首を傾げながらも足を踏み入れる。そしてテーブルの上に置かれる一枚の紙を発見した。
そこには、次の授業に必要な薬品の名前が書いてある。
同時に先生が会議のため、準備を任せる旨も……。
「いいのか、そんな適当に……」
それを読んだ僕は、思わず口に出してそうツッコミを入れてしまった。
だが、あまり考え込んできては間に合わない。
「仕方ないから、さっさと準備しちゃおうか」
「そうですね。では、私は――」
そう思った僕が朝倉さんに確認すると、彼女も同じ意見だったらしい。
しっかりと頷いて、テキパキと薬品を準備し始めた。
僕は感心しつつビンを手にして――。
「あ、しまっ――!」
ある薬品をこぼし、軽く肌に付着させてしまった。
それが何かは分からないが、鼻にツンとくる臭いがする。おおよそ人体に有益なものではないだろうし、ひとまず水で洗い流そうと水道の蛇口を捻ろうとした。
すると、その時に気付く。
「うわ、なんだこれ……!?」
水で洗い流すと付着した箇所の肌が、水膨れのようになっていた。
痒みと熱感からして、このまま放置してはいけないというのは直感的に分かる。僕は周囲に助けを求めるように視線を泳がせるが、当然そこにいるのは朝倉さんだけ。
しかし一人で考えるより、万倍もマシだ。
そう思って、
「朝倉さん、これ……どうしよう?」
「……えっ!?」
彼女に患部を見せると、驚いたように目を丸くされる。
それもそのはず。薬品がかかった箇所の様子は、みるみるうちに悪化していた。水ぶくれは大きくなるし、赤みがドンドンと広がっていく。
僕はひとまず保健室に行こうと考えて、朝倉さんにそう伝え――。
「待っていてください!」
「……へ?」
――ようとした、その瞬間だった。
まるで何もかもを熟知しているかのように、朝倉さんが薬品の調合を始めたのは。手慣れた様子で一つの液体を完成させた彼女は、一つ息をついてから言った。
「これを一息に呑んでください」
「………………こ、これを?」
差し出されたのは、浅黒い謎の薬品。
どう見ても人体にとって有害な色合いをしているそれは、時々にゴポゴポと泡立っているのが分かった。僕は手の熱感が酷くなるのを理解しつつ、朝倉さんの微笑みを無碍にもできない。
しかし、これは呑んでも平気なのか。
そう考えていると、彼女はこちらを安心させるように言うのだった。
「大丈夫ですよ。これを呑めば、たいがいの傷はふさがりますから」
――いや、それなんてポーション?
僕は朝倉さんの言葉に思わずツッコミを入れそうになりながらも、しかし覚悟を決めるしかないと理解した。そして、せめてもの抵抗にと、鼻をつまんで一気に薬品を煽るのだ。
すると、
「お、おおおおおお!?」
信じられないことが起こった。
身体の内側から、いままで感じたことのない気力が満ちてくる。
それと同時、薬品によってできた火傷のようなものは、あっという間に治ってしまった。まさに魔法のような出来事に、僕が呆けていると朝倉さんは安堵したように言う。
「ふぅ……『あちら』の知識が、役に立ちました」
「(『あちら』って、どこですか……?)」
あえて口にはしなかった。
だが、僕の中での朝倉さんは普通からさらにかけ離れたのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
朝倉さんの物語、楽しんでいただけていたら嬉しいです。
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