プロローグ 隣の席の朝倉さん。
高校に進学してから、早いもので一ヶ月が経過した。
五月になると各々に仲の良いグループができ始め、休み時間になると自分の席を放り出して友人のもとへと向かう者ばかり。僕はそんなクラスメイトを眺めつつ、ボンヤリと次の授業の準備をしていた。
断っておくが、決して友人がいないわけではない。
多いわけでもないのだが、移動せずともその友人の一人は隣の席にいるのだった。
「朝倉さん、次の授業の課題やってきた?」
「はい。もちろんです」
窓際最後尾の僕が声をかけると、黒髪の美少女――朝倉さんはそう答える。
穏やかな表情をした彼女には、普通なら声をかけるのも畏れ多いと感じるほどの清廉さがあった。すらりとしたモデルのようなたたずまいに、鈴の音のような綺麗な声。
これが高校一年生なのだから、世の中分からないもの。
おおよそ、自分だけ話せるからといって、恋愛感情を抱くなんておこがましい。
「実は、分からないところあってさ。教えてほしいんだけど……」
僕はそんなことを考えながら、要件を伝えた。
先日、歴史の授業で出た課題の中に、一部分からない内容があったのだ。もっとも分からない原因は、居眠りをしていた自分にあるのだけど、真面目な朝倉さんならきっと大丈夫。
そう思いながら、僕は古代ローマの荷馬車について訊ねた。
「このチャリオット……だっけ? 荷馬車の特徴について、先生がなんて言ってたかを教えてほしいんだよね。教科書には載ってなさそうだったし、分からなくてさ」
「あぁ、荷馬車ですか……?」
すると朝倉さんは、ぼんやりと遠くを見るような眼差しになって。
ふっと、一つ小さなため息を口にしてから、こう漏らすのだ。
「あれは、そうですね。長距離の移動に適しているとは、あまりいえないです」
「そう、なの……?」
どこか、実感のこもった声色で。
僕が首を傾げると、彼女は憂いのこもった様子で額に手を当てた。そして次にもう一方の手で腰をさするという、女子高生にはあるまじき所作を取る。
口元には先ほどまでなかった苦笑いが浮かんでおり、口調も一気に沈んだものになっていった。その上で朝倉さんは、このように語る。
「元々、荷物を運ぶのが主な目的ですから。そこに人が乗れるように座席をつけたとしても、角ばった木材の上に座り続けるのは腰にきます。ですが、それだけなら良いのです。それだけなら。……問題はどこの道も『こちら』のように舗装されておらず、常に振動に晒されてしまうわけでして――」
「――お、おおう」
あまりの恨み節に、僕はついつい身体を少し引いてしまった。
普段の彼女からは考えられないほど怨嗟に満ちた声色であったため、周囲のクラスメイトも何事かとこちらを振り返ってコソコソと話している。
そんな様子に気付いたのか、朝倉さんはハッとした表情になって言った。
「あ、でもそうですね! 先生が先日、仰っていたのは――」
――努めて明るく、お淑やかに。
その振る舞いは語弊を恐れなければ『聖女様』とも呼ぶべきで。
「……あ、ありがとう」
「いえ、どういたしましてっ!」
僕は勝手ながらに、ある可能性に至っているのだった。
隣の席の朝倉冴姫さんは、どうやら――。
「はぁ……こちらでは、治癒術が使えないですからね……」
「(聞こえてるよ、朝倉さん……?)」
――異世界帰りの聖女様なのだ、と。
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