終章:新しい朝のグリッチ
夜明けが近づいていた。
空を覆っていたノイズ混じりのオーロラが薄れ、正常で、しかしどこか新しい透明度を持った朝の光が差し込み始めていた。
クジラは最後の別れを告げるように、長く、美しい音色で鳴いた。その声は、錆びついたルナの世界を浄化する鐘の音のように響いた。
巨体は朝霧の中へと溶けるように、あるいはデータの層の向こう側へと透過して消えていった。
ルナは湖畔に一人残された。
だが、来る時のような不安はもうない。手の中のランタンは、以前よりも強く、確かな輝きを放っていた。その光の中には、森で出会った不思議な色彩が宿っている。
「帰らなくちゃ。……そして、伝えなくちゃ」
ポケットの中には、パン・パンからもらったラスクの欠片と、チックタックと一緒に直したカセットテープが入っている。
ルナは来た道を振り返った。森はまだそこにあったが、もう恐ろしい「バグ」の場所には見えなかった。そこは、彼女の一部が属する、美しくも懐かしい「故郷」になっていた。
ルナはランタンをしっかりと握り直し、朝露に濡れた道を歩き始めた。
彼女が歩くたび、足元のコンクリートの隙間から、小さな電子回路のような花が芽吹き、ピクセル状の光を放って咲いた。
彼女の冒険は終わったのではない。この現実世界を、あの森のように鮮やかに書き換えていく冒険が、今ここから始まるのだ。
ルナの胸の中には、あのクジラの歌声の余韻が、いつまでも温かく響いていた。
(了)




