第四章:反響する湖(エコー・レイク)と接続(アクセス)
ルナは走った。絡まるコードの根を飛び越え、光るキノコを踏みしめ、息を切らして森を抜けた。
そこには、静寂に包まれた円形の湖があった。
湖面は鏡のように完全に静止しており、歪んだ空のオーロラと、湖畔に立つ針葉樹のシルエット、そして上空で静止する巨大な「庭園クジラ」を完璧に映し出していた。
ルナは湖のほとりで立ち止まった。水際には、電子基板の破片や、ガラス化した花々が、宝石のように打ち寄せられている。
クジラがゆっくりと高度を下げる。その巨体が湖面にも迫り、空と水の中、二つの世界にクジラが同時に存在し、世界がサンドイッチされたような錯覚に陥る。
ルナは水面に歩み寄った。ランタンの青白い光が、水面に波紋を作る。
その瞬間、ルナの意識が物理的な肉体を離れ、膨大な情報の奔流へと接続された。
――アクセス承認。ユーザー:ルナ。
イメージが流れ込んでくる。
それは、世界中から忘れ去られた記憶のアーカイブだった。
誰かがゴミ箱に捨てた写真データ、廃墟になった工場の設計図、絶滅した鳥の鳴き声、書きかけのラブレター。
かつてこの星に存在した森のざわめきと、人類が築き上げたテクノロジーの夢。
それら全てが、このクジラの中に――そしてこの森全体にバックアップされていたのだ。
この「シンセティック・ワイルド」は、終わりゆく自然と、忘れ去られる技術が互いを支え合い、新たな生態系を築いた箱舟だった。
ルナは理解した。自分は迷い込んだのではない。
彼女が感じていた「世界とのズレ」は、彼女自身がこの場所と周波数を合わせていたからだ。彼女は、この森の記憶を観測し、誰かに伝えるための「インターフェース」として呼ばれたのだ。
光の中で、クジラの背中にある庭園に、幼い頃の自分と祖父が立っているのが見えた。
『ルナ、古き良きものを忘れてはいけないよ。でも、新しいものを恐れてもいけない。大切なのは、それらを繋ぐことだ』
祖父の声が、デジタルの海に溶けていく。
「私は……、繋ぐもの(リンク)。」
ルナがそう呟き、水面に指先を触れた瞬間、湖全体が強烈な光を放った。
クジラの背中の花々が一斉に開花し、無数の光の蝶となって空へ舞い上がった。
ルナの心臓の鼓動が、クジラの電子的な歌声と完全にシンクロする。
孤独感は消え失せていた。彼女は今、何億もの記憶と、森の住人たち(チックタックやパン・パン)と、そしてこの優しいクジラと繋がっている。
「ルナ&ザ・フォレスト・コレクティブ」
ふと、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。それは、彼女とこの森との間に結ばれた、新しい契約の名前。




