第二章:ハッシュタグの湿地帯と、トースターの賢者
チックタックと別れた後、森はさらにそのシュールさを増していった。
ルナが迷い込んだのは、足首まで浸かる湿地帯だった。だが、水面に見えるものは水ではない。無数の文字の羅列――意味をなさなくなった古いツイートや、誰にも読まれなかったブログの文章が、液状化して淀んでいるのだ。
泥濘む足元からは、時折「いいね!」という承認欲求の亡霊が、泡のように弾けては消える。
「気味の悪い場所……」
ルナが足を早めようとした時、足元の泥の中から、カタン、と香ばしい音がした。
「お嬢さん、焼き加減はいかがかな?」
見下ろすと、そこにはヤドカリがいた。しかし、背負っているのは貝殻ではなく、銀色のレトロなポップアップ・トースターだ。
トースターのスロットからは、こんがりと焼けたトーストが二枚、顔を出している。ヤドカリのハサミは、行儀よくバターナイフを持っていた。
「私の名前はパン・パン。この『言の葉の沼』で、湿気った言葉を焼き直している隠者だよ」
パン・パンはハサミを振り回した。
「最近の言葉は軽すぎる。焼いても焼いても、すぐにスカスカになる。君、なにか重たい言葉を持っていないかね? 哲学とか、誓いとか」
ルナは考え込んだ。彼女の世界では、言葉はいつもすれ違っていたからだ。
「……『約束』なら、あるわ」
ルナはランタンを強く握りしめた。「おじいちゃんとの、約束」
「ほう! それはいい生地だ。じっくり発酵している匂いがする」
パン・パンは満足げに触角を揺らした。
「その『重み』があれば、この沼には沈まない。行きなさい、お嬢さん。この先にある『アンテナの森』を抜ければ、空の王に会えるだろう」
パン・パンは別れ際に、焼きたての「勇気の欠片」のようなラスクを一枚くれた。かじると、少し焦げたキャラメルのような、ほろ苦い味がした。




