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2-4. 街道を外れて

朝の広間は静かだった。

低い話し声と食器の音だけがあり、昨夜のことを話題にする者はいない。


宿主によれば、昨夜の賊は、すでに町の役人に引き渡されたという。

詳しい話は知らされなかったし、追及するつもりもなかった。

宿としては、これ以上騒ぎを大きくしたくないのだろう。


すれ違う旅人たちも、視線を交わすだけで、距離を保っている。


出立のために玄関口へ向かう途中、同じ宿に泊まっていた一行と顔を合わせた。

昨夜、襲われていた――あの旅人たちだ。


昨日大活躍したレオンは、厩舎で準備を進めており、その場には不在だった。

彼らが認めたのは、昨晩レオンと共にいたオルフェスだ。


老人がオルフェスに気づくと、他の三人を促し、全員で深々と頭を下げてきた。


「あの、昨日の剣士の方は……」


そう訊いたのは、若い男だ。


「ああ、どこへ行ったやら。

 落ち着きのない男でしてな」


本当はレオンが厩舎にいることを、オルフェスは知っている。

だが、この人たちとあまり関わりたくないためか、そこはとぼけてみせた。


彼らは何も知らされていない――というのが、ナギの見立てだ。

その目的は勿論のこと、自分たちが誰かを偽装していることさえ分かっていない。

ただ、年恰好の似た四人が集められ、そこそこの金を渡される。

その上で、そこら辺をウロウロしてろ、とでも指示されただけかもしれない。


男はなおも、食い下がった。


「あの方は、やはり、王都武技大会の――」


「ん?何のことやら?

 あやつのことは、昔からよく護衛として雇っておりますが――

 そんな大会の話は聞いたことがないですのう」


オルフェスは、さらにしらばっくれてみせた。

たしか、オルフェスはマリネスの裕福な商人で、レオンはその護衛という“設定”だった。

ついでに言えば、セレナはその商人の孫娘で、ナギは侍女である。


オルフェスは、「では急ぐので」と足を進め、セレナとナギもそれに続いた。


すれ違いざま、セレナは、ただ一度だけ目を合わせ、小さく頭を下げた。


彼らは、何度も礼を言っていたが、レオンに会うことはあきらめたのか、やがてどこかへ去って行った。



玄関口から、馬車は出発した。


宿の裏を抜け、角を曲がる。

宿場町の通りを横切り、馬車は街道へと乗り入れた。


石畳が規則正しく続き、速度が上がる。

町の気配は背後に遠のき、前方には、まっすぐな道と朝の光だけが残った。


「このまま街道を行けば、マリネス南部の商業地に出るわけですが――」


オルフェスが手元に広げた地図を指す。


「この先で、街道をはずれ、砂漠の南にある森林地帯を通過し、マリネスの国境の町ザルハを目指します」


「黒樹の森を、通るのか……」


どこか怯えるように呟くレオンを見て、セレナも不安になる。

思わず、オルフェスに問いかけた。


「危険な森なのですか?」


「いえ、そんなことはありません。

 幽霊が出るなどという、信憑性のない噂話はありますが――」


その言葉を退けるように、レオンが口を挟む。


「いやいや、実際に見たって人がいたんすよ」


「そうなんですか!?」


怯える様子のセレナに、レオンは怪談話をするような口調になる。


「商人の連中が言ってたんです――

 黒樹の森じゃ、夜になると妙な声に呼ばれるって」


少し間を置いて、付け足す。


「火を焚くと……影が一つ多くなるとかも」


オルフェスが呆れた顔になる。


「それは“実際に見た”とは言わんだろ。

 仮にだ――」


指を立ててみせる。


「幽霊が実際にいたところで、それが何だというのだ?」


レオンは、大きく首を振る。


「いやいやいや、ホントに幽霊がいたら――」


ナギがぼそりと呟く。


「みっともない。

 怖がり過ぎだ」


レオンは、ナギを睨みつけた。


「あ?

 じゃあ、お前は夜の墓場を、ひとりで歩けるのか?」


ナギは、なんということもない顔で答える。


「歩けるが」


「じゃあ、お前はひとり城の地下牢で――」


“レオンが考える怖い状況”が続きそうだったので、オルフェスはセレナを安心させるように説く。


「まあ、幽霊がいてもいなくても、十分用心していれば、森に危険はありませぬ。

 それから――」


一拍置いてオルフェスは続ける。


「今夜は、森の中で野営となります」


レオンが「ヒイッ」と声を上げる。


「森を抜けるまで、馬車をずっと走らせられないんすか?

 何だったら、俺が代わって御者を――」


「馬を、長時間続けて酷使することはできないのだ。

 おぬしが御者でなく、馬に代わってくれれば別だが」


本気で馬になろうとしているのか、レオンが考え込むように黙った。


そこでナギが静かに告げる。


「でも、獄狼が」


それを聞いた、オルフェスの表情に影が落ちた。


「……獄狼か……黒樹の森からは、一掃されている」


それは生き物のことなのだろうか?

聞き慣れない言葉に、セレナの顔に疑問符が浮かぶ。


「獄狼というのは――

 魔族が、囚人の監視や追跡に使っていた狼型の魔獣ですな」


オルフェスによる説明はこうだった。


数十年前、マリネスからヴァルシアへ侵入した魔族の集団が、森付近で人間の軍に討ち取られるということがあった。

その際、連れていた獄狼の群れが主人を失い、森の中で野生化・繁殖したと考えられている。


しかし、十年ほど前に、王国主導による大規模な狩りが行われ、森から獄狼は一掃された。


「――その狩りの際、私は指揮官のひとりでした」


レオンが興味深そうに、オルフェスへ問いかける。


「獄狼って、強かったんすか?」


「個々の戦闘能力は、剣の達人であるおぬしからすれば、さほど大したことはないのかも知れぬ。

 しかし、奴らは頭がいい。

 群れとなって、連携して襲いかかってくるのだ」


ナギが、言葉を挟む。


「狩りでは、多くの犠牲者が出たと聞きました」


「そうだ。

 しかし、あの時奴らを征伐しなければ、その後も被害は出続けただろう」


何か恐ろしいことに気づいた顔で、レオンが言う。


「もしかして、黒樹の森の幽霊って――」


オルフェスは目を閉じて、軽くため息をついた。


「そう思うならな、森の入口に討伐で亡くなった者の慰霊碑がある。

 そこで十分に祈っていけ」



街道の石畳が、少しずつ途切れていく。

ほどなくして、馬車は踏み固められた土の道へ入った。


振り返れば、宿場町ハルヴァは、もう見えなくなっていた。


樹海の気配が、近づいてくるのを感じる。

空気が変わり、音が吸われていく。


やがて、木々の色が、変わった。


幹は黒く、枝は低く垂れ、昼の光が届いているはずなのに、奥は沈んで見える。


その手前に、苔むした石碑が一つ立っているのが見えた。

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