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8/12

08:変わらないまま、ちゃんと進む

仕事終わり、建物を出ると空気が少し冷えていた。

季節が進んだというほどではないが、

上着がないと落ち着かない温度だ。


朝霧は入口の脇に立っていた。

待っている、という感じではない。

ただ、そこにいる。


「寒いね」


俺が言うと、

朝霧は肩をすくめた。


「思ったより」


それだけのやり取りで、

並んで歩き出す。

歩幅は、自然と合う。


駅へ向かう途中、

小さな本屋の前で足が止まった。

特別な理由はない。

新刊のポップが目に入っただけだ。


「ちょっと見る?」


俺が聞くと、

朝霧は首を傾げてから頷いた。


店内は静かで、

人も少ない。

暖房が効いていて、

外より少しだけ楽だった。


朝霧は雑誌の棚を眺め、

俺は文庫の新刊を流し見る。

どちらも、

真剣に選ぶほどではない。


「これ、前に話してたやつ」


朝霧が一冊指差す。

以前、仕事の合間に

話題に出たタイトルだった。


「ああ」


手に取って、裏表紙を見る。

買うかどうか、

迷うほどの値段でもない。


「貸す?」


朝霧が聞いた。

俺は少し考えてから首を振る。


「今日はやめとく」


理由はなかった。

今でなくてもいい、

という感覚だけがあった。


店を出ると、

外の空気が一段冷たく感じる。

朝霧が、無意識に

少しだけ距離を詰めた。


ぶつからない程度。

意識しなければ気づかない程度。


駅までの道を歩きながら、

自販機の前で立ち止まる。


「何か飲む?」


朝霧は頷いた。

俺は温かい飲み物を二本選ぶ。

渡すと、

朝霧は小さく礼を言った。


その仕草に、

特別な意味はない。

それで十分だった。


改札の前で立ち止まる。

行き先は違う。

けれど、

別れること自体は、

もう区切りにならない。


「また明日」


朝霧が言う。

確認でも約束でもない。


「ああ」


それで終わる。

振り返らずに、

それぞれのホームへ向かう。


電車に乗ってから、

数値の存在を思い出す。

見ようと思えば、

すぐに見られる。


けれど、

今日の選択に、

修正する点は見当たらなかった。


変わらないまま、

それでも、

確かに一歩進んでいる。

そういう日だった。

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