07:分かりやすさを選ばなかった理由
帰宅して、電気を点けた。
いつもと同じ部屋、同じ匂い。
上着を椅子に掛けて、靴を揃える。
それだけの動作に、特別な意味はない。
冷蔵庫を開けて、水を飲む。
テーブルの上には、朝のままのメモ帳が置いてあった。
仕事の走り書きが残っている。
見返す必要はなかった。
以前、数値が高かった相手のことを思い出す。
会えば会うほど数字は上がって、
周囲も納得して、
自分も安心していた。
けれど、続かなかった。
何が悪かったのかは、今でもはっきりしない。
大きな喧嘩も、
決定的な失敗もなかった。
ただ、ある日を境に、
会わなくなった。
数値は、十分に高かったはずだ。
それでも、理由は残らなかった。
ベッドに腰掛けて、
スマホを伏せる。
画面を見れば、
すぐに確認できるものがある。
それをしない理由を、
改めて考える。
分かりやすい選択は、
安心できる。
正しいかどうかを、
早く判断できる。
迷う時間も、
言い訳も減る。
それでも、
いつの間にか、
その選び方を使わなくなっていた。
朝霧といる時間を思い返す。
特別な出来事は少ない。
会話も短い。
何かを決めるたびに、
結論を急がない。
それなのに、
続いている。
理由を言葉にしようとして、
やめた。
言葉にした瞬間、
何かが違う形になる気がしたからだ。
分かりやすさを選ばなかったのは、
勇気でも反抗でもない。
ただ、
そうしなかっただけだ。
遅くなる選択をしても、
失われなかったものがある。
それが何かは、
まだ定義できない。
電気を消して、
横になる。
明日のことを考える。
いつも通りの時間に起きて、
仕事をして、
帰る。
その中に、
変える必要のある項目は、
見当たらなかった。




