03:気にされるということ
それに最初に気づいたのは、同僚だった。
昼休みの雑談の中で、
何気なく名前が出た。
朝霧しずくの名前だった。
「最近、一緒にいるよね」
それだけの一言だったが、
そのあとに続く視線で、
何を確認されているのかは分かった。
俺は曖昧に笑って、
特に否定もしなかった。
「数値、どうなの?」
直接聞かれることは、
それほど多くない。
暗黙の了解のようなものがある。
けれど、その日は珍しく踏み込まれた。
「変わらないよ」
事実だけを答えた。
それ以上でも、それ以下でもない。
同僚は少し眉を上げて、
それ以上は追及してこなかった。
理解したのか、諦めたのか、
どちらとも取れる反応だった。
そのやり取りを、
朝霧は知らない。
知らせる必要も感じなかった。
夕方、仕事が一段落して、
帰るタイミングが重なった。
エレベーターの中で、
彼女は何でもないことのように言った。
「今日は混みそうだね」
「そうだな」
それだけで会話は終わる。
数値の話題は出ない。
期待も、確認もない。
エレベーターを降りて、
人の流れに混ざる前に、
俺は一瞬だけ迷った。
何か言うべきか。
気にされていることを、
共有した方がいいのか。
けれど、そうしなかった。
言葉にした途端、
それが判断材料になる気がしたからだ。
朝霧は、歩く速度を変えない。
周囲の視線にも、数値にも、
たぶん気づいていない。
あるいは、気づいていても、
判断に使っていない。
それでいいのだと思った。
家に帰ってから、
数値を確認する。
やはり、変わっていない。
それを見て、
安心している自分に気づく。
気にされているのは、
数字が動かないことじゃない。
それを気にしなくなった自分の方だ。




