10:話す必要があるかどうか
その日は、少しだけ時間があった。
駅前の店に寄るほどでもなく、
でも真っ直ぐ帰るには早い。
そんな中途半端な時間帯。
「このまま歩く?」
俺が言うと、
朝霧はうなずいた。
「いいよ」
理由は聞かれなかった。
こちらも、説明しなかった。
川沿いの道は、
夜になると人が減る。
風の音と、
遠くの車の音だけが残る。
しばらく並んで歩いてから、
俺は口を開いた。
「聞いた話なんだけどさ」
それだけ言って、
言葉が止まる。
朝霧は歩く速度を変えない。
こちらを見ることもない。
ただ、待っている。
「数値のこと」
それだけ付け足す。
「ああ」
それで通じたらしい。
話題を広げようとはしない。
「直せる場合がある、って」
俺は続けた。
詳しい話はしなかった。
制度の名前も、
手続きの流れも、
何も。
朝霧は少し考えてから言った。
「そうなんだ」
それだけだった。
反応を測るような間が流れる。
けれど、
期待していたわけでもない。
「使うの?」
問いかけは軽かった。
重さを乗せない聞き方。
「まだ分からない」
俺は正直に答えた。
朝霧は、
それ以上は聞かなかった。
川面に映る街灯を見ながら、
しばらく歩く。
「別にさ」
朝霧が言う。
「今、困ってないなら」
「急がなくてもいいんじゃない?」
助言というほどでもない。
判断を促す言い方でもない。
ただの感想。
「そうかも」
それ以上の言葉は出てこなかった。
話さなかったことは、
いくつもある。
迷っている理由も、
判断できない感覚も。
それでも、
隣にいる感じは変わらない。
別れ際、
朝霧が言った。
「考え事、終わった?」
「少しだけ」
そう答えると、
朝霧は小さく笑った。
「なら、十分」
それで会話は終わった。
何を話したかより、
話さなくてよかったことのほうが、
はっきり残った。




