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01:数値が動かない

人の感情が数値で見えるようになってから、判断に迷うことは少なくなった。

好意も信頼も、警戒も。数値を見れば、だいたいの距離感は分かる。

踏み込んでいいのか、やめておくべきか。

失敗しないための目安として、誰もが自然に使っている。


朝の通勤電車でも、同じだ。

周囲の数値を一つひとつ意識するわけじゃない。

ただ、視界の端に浮かぶそれを、無意識に処理しているだけだ。

危険そうな相手からは距離を取り、問題なさそうなら気にしない。

そうやって、日常は滑らかに進んでいく。


俺も、その仕組みに特別な疑問を持ったことはなかった。

数値があるから人付き合いが楽になったし、面倒な誤解も減った。

信じ切っているわけじゃないが、否定する理由もない。

便利なものは、使えばいい。


朝霧しずくと知り合ったのは、

そんな「特に何も起きない」日常の延長だった。


職場でのちょっとしたやり取り。

必要な会話だけを交わし、用事が終われば解散する。

最初はそれだけの関係だったはずなのに、

気づけば昼休みを一緒に過ごすようになり、

帰りの時間が重なることも増えた。


彼女は、距離の取り方がうまい人だった。

近づきすぎないし、離れすぎもしない。

沈黙があっても気まずくならないし、

無理に話題を探すこともない。

気を遣わなくていい、という感覚が心地よかった。


数値を見れば、だいたいの理由は分かるはずだった。

そう思っていた。


ある日、何気なく彼女の数値を確認した。

増えていない。


減ってもいない。

最初に見たときから、まったく同じ数値のままだった。


少し意外ではあったが、困ることはなかった。

会話は続いているし、態度が変わったわけでもない。

数値が動かないからといって、

何かが壊れたわけでもない。


ただ、妙に引っかかった。


翌日も、その次の日も、数値は変わらなかった。

一緒に食事をしても、冗談で笑っても、

沈黙を共有しても。

何をしても、そこだけが固定されている。


原因を探そうとは思わなかった。

制度上、そういう例外が存在することは、

理屈の上では知られている。

実際に目にする機会がほとんどないだけで、

起き得ない話ではない。


それに、朝霧は気にしていないようだった。

数値の話題を振ることもなく、

いつも通りに話し、いつも通りに帰る。

変わらない態度が、かえって安心感を与えていた。


だから俺も、深く考えないことにした。

問題は起きていない。

生活は、何も変わっていない。


ただ、いくつかの選択が、

以前より少しだけ遅くなった。

どうでもいいはずのことを決めるのに、

理由を探す時間が増えた。


それを感情と呼ぶべきなのかは、分からない。

分からないままでも、日常は続いていく。


数値は、今日も動かない。

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