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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第五章 城塞都市ダイスロープ編

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70、情緒あるオシャレ都市「シンドア」or 愛すべきガラクタ都市「ボーダー」




 ダイスロープの港に平和と魚が戻ってから数日。


 わたしたちの滞在も、そろそろ潮時を迎えようとしていた。

 海鮮丼を心ゆくまで堪能し、街の活気もすっかり元通り。もうこれ以上、この鉄と潮風の街に長居する理由はない。


 となれば、次に決めるべきは「これからどこへ行くか」という極めて重要な旅行計画である。


 宿の狭い部屋で、地図を広げて会議を開いた。参加者はわたしとすばる、そしてなぜか当たり前のように同席している王国監査院のアリアさんたち三人組である。


 彼女たちはもう任務を隠すのを諦めたのか、「監視対象から目を離すわけにはいかない」とぶっちゃけ、完全にわたしたちの旅に便乗する気満々だった。


「西へ行けばシンドア。南へ行けばボーダーね」


 地図の上の二つの都市を指差して、アリアさんが解説を始める。


「シンドアは、オシャレな異国情緒あふれる貿易都市よ。大型船の入港も多くて、色々な国の珍しいものが集まってるわ。最近の流行の発信地みたいなところね」


 ふむ。オシャレな港町。女子高生としてはかなり惹かれる響きだ。美味しいスイーツや可愛い雑貨なんかが期待できそうである。


「じゃあ、ボーダーは?」


 わたしが尋ねると、アリアさんは少しだけ顔をしかめた。


「ボーダーはね、自治都市よ。帝国時代は対外貿易の拠点だったんだけど、川の付け替え工事のせいで土砂が堆積しちゃって、今は大型船が入港できないの。貿易の中心はシンドアに移っちゃったわね。今は大商人たちの評定組織が町を運営していて、経済力と武器の供給元って感じかしら」


「ふうん。なんだかお堅い感じ?」


「それが、そうでもないのよ。自由な気風というか、変人の集まりというか……。偏屈だけど腕の立つ鍛冶師とか、異端の魔道具師みたいな連中が吹き溜まっているのよね。最新の道具や武器は、だいたいボーダーで生み出されたものよ。『物の始まりなんでもボーダー』なんて言葉があるくらい」


 それを聞いて、わたしの横で退屈そうに地図を見ていた統が、わずかに眉を動かした。


「新しい魔道具、か。技術の到達度を測るには悪くないサンプルがありそうだな」


 統が珍しく食いついた。彼が興味を示すのは、だいたいにおいて歴史的な遺物か、魔法の真理に関わるような事象だけなのだが、変な発明品にも興味があるのだろうか。


「でも、ボーダーの発明品って、ロクなものがないのよ」


 アリアさんがやれやれと肩をすくめた。


「振るう者の生傷が絶えない蛇腹剣とか、自傷覚悟の投擲武器とか。扱いにくさの極みみたいな武器ばかりよ」


「それは使用者の技量が足りないだけではないのか」


 統が正論を返す。


「他にも、生活用品として、常識を覆す画期的な着火装置なんてのも実用化されてるみたいよ。生活魔法が使える人はそれなりにいるから、どこまで需要があるのかわからないけどね。あとは、音楽が流れる拡声器とか。ただ決まった曲しか流れないらしいけど」


「……なるほど。方向性が根本的に狂っているな」


 統でさえ言葉を失うレベルの、愛すべきガラクタの数々。


 しかし、わたしの好奇心メーターは一気に振り切れた。


「決まりね。次の目的地はボーダーよ!」


 わたしが力強く宣言すると、アリアさんは信じられないものを見るような目をした。


「本気? シンドアの方が絶対に楽しいわよ。美味しいものも多いし」


「オシャレな街もいいけど、そういうポンコツ発明品を見てツッコミを入れる旅の方が、圧倒的に面白そうじゃない。それに、無駄に気位が高いっていう文化人や商人たちの鼻を明かしてやるのも一興でしょ」


「あんた、本当にトラブルの匂いがする方へ吸い寄せられるわね……」


 アリアさんが頭を抱えた。


 ちなみにボーダーの住人は、好奇心旺盛で新しもの好きな反面、本音を見せないややイケズな喋り方をするらしい。テンペタ・フロップスの住人のようなおっとりした嫌味に似ているため、よく間違えられるのだとか。


 目的地も決まったところで、わたしたちはダイスロープを出立する前日を、街の観光と食べ歩きに費やすことにした。




 活気が完全に戻ったダイスロープの空気は、数日前のあの重苦しい軍事要塞の姿とは別物だった。


 何より驚いたのは、住人たちのフレンドリーさというか、遠慮のなさだ。

港近くの屋台で何かを食べていると、隣に座っただけのおじさんやおばさんが、平気で肩を叩いて話しかけてくるのである。


「お姉ちゃん、見ない顔だねえ。どこから来たの? 王都かい?」


「その弟さん、随分と愛想がないねえ。もっと笑わないと福が逃げるよ」


「姉弟で二人旅? 親御さんはどうしたのさ。お金足りてるかい?」


 矢継ぎ早に飛んでくる質問の嵐。パーソナルスペースという概念が完全に欠如している。


 でも、その言葉の裏には、余所者を排除しようという悪意は一切なく、純粋な好奇心と世話焼きな気質が透けて見えた。街が死にかけていた時はあんなに荒んで目つきが悪かったのに、本来の彼らはこんなにもお節介で温かい人たちだったのだ。


 屋台巡りで見つけたダイスロープ名物は、なかなか個性的だった。


 一つ目は「タコ饅頭」。

 大判焼き、あるいは今川焼きのような丸い生地の中に、細かく刻んだタコと野菜がぎっしりと詰まっている。ソースのような甘辛いタレが塗られていて、一口食べると海の香りと生地の甘みが絶妙なハーモニーを奏でる。要するに、形を変えた巨大なたこ焼きのようなものだ。熱々のそれを頬張りながら港を歩くのは、なかなかオツな体験だった。


 二つ目は「ロックビスコッティ」。

 細かく挽いた米と黒糖を主原料にした焼き菓子なのだが、名前の通り、石のように硬い。保存食として船乗りに愛用されているらしく、日持ちは永遠にするのではないかと思うほどの強度を誇る。


 一口かじろうとした瞬間、前歯が砕け散るかと思った。


「硬っ! なにこれ、兵器?」


 わたしが顎を押さえて悶絶していると、統が涼しい顔で自分のロックビスコッティをかじった。彼の場合は、吸血鬼の人間離れした顎の力で、いとも簡単にボリボリと粉砕して飲み込んでしまった。


「糖分と炭水化物の補給手段としては、極めて優秀だな。顎の訓練にもなる」


「あんたの基準で語らないでよ。普通の人間の歯茎には優しくないわよ、これ」


 結局、わたしはそれを温かい紅茶に浸して、ふやかしてから食べる羽目になった。味は素朴で美味しいのだが、そのまま食べるにはそれなりの覚悟が必要な食べ物である。



 そんなふうに街を満喫しながら広場を歩いていると、前から見覚えのある小さな影が走ってきた。


「あ、お姉ちゃん!」


 猫耳を揺らしながら駆け寄ってきたのは、裏街の孤児たちを束ねる密輸少女、ミケーネだった。


 彼女の顔色は以前よりもずっと良く、継ぎ接ぎだらけだった服も、少しだけこざっぱりとしたものに変わっている。物資の流通が戻り、孤児たちにも正規の配給や仕事が回るようになった証拠だろう。


「ミケーネ。元気そうね。弟分たちもしっかりご飯食べてる?」


 わたしが頭を撫でてやると、ミケーネは照れくさそうに目を細めた。


「うん。お姉ちゃんたちのおかげだよ。海軍の配給も増えたし、魚屋のおじさんたちが、売れ残りの小魚を安く分けてくれるようになったんだ。もう、夜の海に出なくて済むよ」


「それは良かった。水が怖いのに無理してたもんね」


 わたしが微笑むと、ミケーネは少しだけ真面目な顔になり、わたしの服の裾を強く握った。


「ねえ、お姉ちゃん。明日、この街を出るって本当?」


「ええ。長居しすぎたし、次の街の変な道具を見に行く予定なの。ボーダーっていうところ」


 わたしの言葉を聞いて、ミケーネの耳がペタリと寝た。


「あたしも……連れてってくれないかな」


 消え入りそうな声での志願。


「本気?」


「……うん」


 わたしは少しだけ驚いたが、すぐに首を横に振った。


「駄目よ。わたしたちの旅は、あんたが想像してる以上に面倒くさくて危険なの。それに、あんたがここからいなくなったら、残された弟分たちはどうなるの?」


「それは……」


「あんたはこの街で、あの子たちと一緒に生きていくべきよ。海が戻ったこの街なら、あんたのそのド根性があれば絶対に生きていける」


 わたしはしゃがみ込み、ミケーネの目線の高さに合わせて両肩を掴んだ。


「そうだ、いい就職先を紹介してあげる。港の近くにある大衆食堂、わかるでしょ? あそこの女将さんに、わたしの紹介だって言って頼み込んでみなさい。お皿洗いや給仕の仕事なら、あんたのすばしっこさが絶対に役に立つわ。第二の看板娘を目指しなさい」


「第二の看板娘……」


「そう。第一はもちろん、わたしだけどね」


 わたしが胸を張ってウインクをすると、ミケーネは少しだけ泣きそうな顔をして、それから力強く頷いた。


「わかった。あたし、この街で一番の働き者になってみせるよ。お姉ちゃんに負けないくらい、愛想振りまいてやるんだから」


「その意気よ」


 彼女との別れ話は、思いのほかカラッとしたものになった。


 本来なら、船の細工を作ってくれたリベットのおじさんにも挨拶に行くべきなのかもしれないが、あの頑固爺さんのことだ。改まってお礼なんて言いに行ったら、照れ隠しで酒瓶でも投げつけられるかもしれない。


「湿っぽい別れは嫌いだからね」と自分に言い訳をして、わたしたちは宿へと戻った。



 そして、翌日の朝。

 わたしたちは荷物をまとめ、宿の主人からお昼用の弁当を受け取って外に出た。


 ボーダーへ向かうためには、街の南門を抜ける必要がある。


 朝の冷たい空気を吸い込みながら、アリアたち三人組と合流して南門へと向かうと、そこで信じられない光景が待ち受けていた。


「遅いぞ、お前たち」


 腕を組んで立っていたのは、あの偏屈な老技師、リベットのおじさんだった。


 さらにその隣には、食堂の女将さん、市場の魚屋のおじさん、そして海軍の制服をビシッと着こなしたビクトルさんの姿まである。

 ミケーネと、その弟分であろう何人かの子供たちも、大人たちの足元から顔を覗かせていた。


「えっ……みんな、どうしてここに?」


 わたしが目を丸くしていると、女将さんが笑いながら大きな包みを押し付けてきた。


「どうしてって、街の恩人がこっそり出て行こうとしてるのを、黙って見過ごすわけにはいかないだろう? ほら、道中で食べるお弁当だよ。干し肉じゃなくて、今日はたっぷりの焼き魚を入れておいたからね」


「あ、ありがとうございます……でも、宿でもお弁当もらっちゃって」


「育ち盛りなんだから、二つくらいペロリといけるだろうさ」


 女将さんの強引な優しさに圧倒されていると、今度は魚屋のおじさんが紙袋を差し出してきた。


「こっちは俺の奢りだ。タコ饅頭、熱いうちに食いな。ボーダーまでの道中、腹が減ったら力が一歩も出ねえからな」


 お弁当が二つに、タコ饅頭。完全に炭水化物とカロリーの過剰摂取である。でも、その重みが心の底から嬉しかった。


「あの、リベットのおじさんも……わざわざ見送りに?」


 わたしが声をかけると、リベットのおじさんは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「勘違いするな。朝の散歩のついでだ。……ほらよ、これを持っていけ」


 乱暴に突き出されたのは、封蝋がされた一通の手紙だった。


「ボーダーに行くんだろう。あそこには、俺の古い知り合いの偏屈な鍛冶屋がいる。その紹介状だ。お前さんたちの役に立つかは知らんが、変なガラクタを掴まされるよりはマシだろうぜ」


「おじさん……ありがとう」


 挨拶もせずに発とうとしていた不義理を恥じつつ、わたしはその手紙を大切にサコッシュへとしまった。


 最後に前に進み出てきたのは、ビクトルさんだった。

 彼は背筋を伸ばし、軍人らしい完璧な敬礼をわたしたちに向けた。


「君たちには、海軍の誇りを守るための大切なことを教えられた。これは私の個人的な礼だ。受け取ってほしい」


 彼が差し出したのは、数枚の硬い紙の札だった。

 軍用定期船の乗船許可証だ。これがあれば、民間船よりも安全で速い軍の船で、ボーダーまで海路を行くことができる。


「船の切符……。ビクトルさん、こんな貴重なものをいいんですか?」


「君たちなら、それを使う資格が十分にある。道中気をつけてな」


 わたしはすべてのお土産を受け取り、胸がいっぱいになった。


 ダイスロープ。息苦しい要塞だと思っていたけれど、ここに住む人たちの心は、どこまでも温かくて真っ直ぐだった。


 わたしは深く頭を下げ、統もわずかに首を傾げて感謝の意を示した。


「みんな、本当にありがとう! またいつか、絶対に美味しいお魚を食べに来るからね!」


 わたしが手を振ると、見送りの人たちも笑顔で手を振り返してくれた。ミケーネが「第二の看板娘、絶対になるからね!」と叫んでいるのが聞こえた。


 さて、感動の別れを終えたところで、アリアさんがビクトルさんからもらった乗船許可証を覗き込んできた。


「軍用船の切符をもらえるなんてラッキーね。これでボーダーまで楽に行けるわ」


「そうですね。じゃあ、港の方へ向かいましょうか」


 わたしが踵を返そうとした時、統が地図を見ながら冷や水を浴びせるような発言をした。


「船は却下だ」


「は? なんでよ。軍用船ならタダだし、安全で速いじゃない」


 わたしが食ってかかると、統は空を見上げてから、海の方角を指差した。


「今の時間は潮の流れが悪すぎる。ここからボーダーへ向かう航路は、逆潮と向かい風になる時間帯だ。出港までに時間がかかる上に、船の速度も落ちる。総合的な時間を計算すれば、陸路を徒歩で進んだ方がわずかに早い」


「いやいや、わずかの差なら、座って移動できる船の方が圧倒的に楽でしょ!」


「無駄な待機時間は私の美学に反する。それに、船は逃げ場がないから嫌だと前にも言ったはずだ」


 統の理屈は相変わらず鉄壁で、そして絶望的に可愛げがなかった。


 結局、スポンサー兼最強の用心棒である彼の意見を覆すことはできず、わたしたちはもらった乗船許可証をサコッシュの奥底にしまい込み、歩いてボーダーを目指すことになった。


「信じられない……。この重い荷物を持って、何時間も歩くの?」


 アリアさんが、この世の終わりのような顔をして天を仰いだ。


 彼女たちの乗ってきた馬は、王都からの無理な強行軍が祟って完全に故障してしまい、今はダイスロープの厩舎で長期療養中なのだ。つまり、監査院の猟犬である彼女たちも、完全なる徒歩での移動を余儀なくされていた。


「歩くのも健康に良くていいじゃないですか。お弁当もタコ饅頭もたくさんあるし、ピクニック気分で行きましょうよ!」


 わたしが無理に明るく振る舞うと、アリアさんは恨めしそうな目でわたしを睨みつけた。


「あんたのその無駄なポジティブさ、本当に時々殺意を覚えるわ……」


 ベルロウが諦めたように肩を落とし、ノッピーニオが無言で自分の脚の筋肉をマッサージしている。彼らの苦難の旅は、まだまだ続くらしい。


 わたしたちは南門を背にして、新たな街道へと足を踏み出した。


 背後から聞こえていたダイスロープの喧騒が、少しずつ遠ざかっていく。

 お腹の中には美味しい海鮮丼の記憶。サコッシュの中には街の人たちの温かい気持ち。そして隣には、相変わらず無表情でマイペースな規格外の弟。


「次は、ポンコツ魔道具の品評会ね」


 わたしが呟くと、統は前を向いたまま小さく息を吐いた。


「せいぜい、私の退屈を紛らわせてくれるような代物があることを祈るばかりだ」


 東の空には、薄い雲の向こうから新しいひとつ目の太陽が昇り始めていた。

 目的地は、物の始まりなんでもボーダー。



 私たちの騒がしくも愉快な旅は、まだまだ終わる気配を見せない。




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