47、魔力持ちの受難と商人の矜持
人生というのは、どうしてこうも「次から次へと」なのだろう。
息つく暇もないとはこのことで、トラブルというやつは、まるで回転寿司のレーンに乗って流れてくる皿のように、こちらの空腹具合もお構いなしに目の前に現れるみたい。しかも、流れてくるのは高級な大トロやウニではなく、乾ききったカッパ巻きとか、誰かが一度取って戻したような得体の知れない軍艦巻きばかりだ。
カコちゃんからの通信――というか、一方的な盗聴――を終えたわたしたちは、とりあえず腹ごしらえも兼ねて街へ繰り出すことにした。
人間、悩んでいても腹は減る。吸血鬼になったわたしの腹が減るのかどうかは生物学的な謎だけど、精神的な空腹感は確実に存在するのだ。脳が糖分を要求しているし、胃袋が温かい何かを求めている。
「で、どうするの」
わたしは隣を歩く十歳児(中身は仙人級)に問いかけた。
古都テンペタ・フロップスの大通りは、昼下がりの活気に満ちている。観光客の笑い声、呼び込みの声、馬車の車輪が石畳を叩く音。平和そのもののBGMだ。この街の地下で、子供たちが魔力を搾り取られているなんて、誰が想像するだろう。
「まずは情報の裏取りだ」
統は、ショーウィンドウに飾られた骨董品には目もくれず、淡々と歩を進める。
「カコの話では、男爵は焦っている。オークションの日程が早まる可能性が高い。となれば、会場の手配や招待状の発送で、街の裏側が慌ただしくなるはずだ」
「なるほど。その動きを掴めば、決行日がわかるってわけね」
「それと、オークションへの潜入ルートの確保だ。正面から乗り込んで暴れるのも手だが、それでは芸がない」
芸がない、と言いつつ、彼ならやりかねないのが怖いところだ。この少年の辞書に「穏便」という言葉は載っていない。載っていたとしても、たぶん黒く塗りつぶされている。
そんな物騒な相談をしながら歩いていると、向こうから見覚えのある顔が近づいてきた。
小太りの体型に、人の良さそうな笑顔。そして、その隣には栗色の髪のおさげ少女。
ブンザさんと、娘のチナちゃんだ。
「おや、これは奇遇ですな!」
ブンザさんが、私たちを見つけて手を振った。
その顔には、昨日の夕食の時のような陰りはない。商談がうまくいったのか、あるいは美味しいランチでも食べた後なのか、ツヤツヤと輝いている。
「こんにちは、ブンザさん。チナちゃんも」
「こんにちは、お姉さん! スバルちゃんも!」
チナちゃんが元気に挨拶してくる。
「スバルちゃん」と呼ばれた統の顔が、一瞬だけ梅干しを食べた直後のように渋くなったのを私は見逃さなかった。
彼にとって、幼い少女から「ちゃん付け」で呼ばれることは、ニンニクや十字架よりも精神的ダメージが――実際はどっちも平気らしいけど――大きいみたい。七千年の威厳が、音を立てて崩れ落ちる音が聞こえた気がする。
「……こんにちは」
統は不承不承といった体で返事をした。大人な対応だ。
「これからどちらへ?」
「ええ、ちょっと市場の方へ。テンペタ特産の魔石を見ておこうと思いましてね。チナの勉強にもなりますし」
ブンザさんは、愛おしそうに娘の頭を撫でた。
いいお父さんよね。
この平和な光景が、数分後にぶち壊されるなんて、この時のわたしは――いや、正直に言えば、予感はしていた。わたしの「トラブル吸引体質」が、背中のあたりでジリジリと警告音を鳴らしていたからだ。
「魔石ですか。いいですね」
私が相槌を打った、その時だった。
雑踏の隙間から、黒い影が滑り込んできた。
一人じゃない。三人、いや四人。
黒い外套をまとい、目深にフードを被った男たち。
彼らは、まるで獲物を狙う鮫のように、迷いなくチナちゃんに近づいていく。
統の目が、すっと細められた。
「……来るぞ」
その警告と同時だった。
男の一人が、懐から何かを取り出した。
水晶のようなものが嵌め込まれた、奇妙な杖。その水晶が、チナちゃんの方を向いて赤く点滅している。
「反応あり。レベル3。間違いない」
男が無機質な声で呟く。
次の瞬間、彼らは動いた。
「キャッ!?」
チナちゃんの悲鳴。
男の一人が彼女の腕を掴み、乱暴に引き寄せたのだ。
「な、何をする!」
ブンザさんが叫び、男に掴みかかろうとする。
しかし、別の男が割り込み、無言でブンザさんの鳩尾に拳を叩き込んだ。
鈍い音がして、ブンザさんが苦悶の声を上げて崩れ落ちる。
「お父さん!」
チナちゃんが叫ぶ。
周囲の観光客が、悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
平和な午後の大通りが、一瞬にして暴力の舞台へと変わった。
それにしても、おかしい。
いくらなんでも大胆すぎる。白昼堂々、人通りの多い大通りでの誘拐なんて、リスクが高すぎるはずなのに。
衛兵が来るまでの時間を計算しているにしても、顔を見られるリスクを冒してまで、なぜ今なのだろう。
「……そこまで切羽詰まっているのか」
統が低く呟いた。
「鍵」となるゲーム機を失い、代わりの「燃料」となる子供を、なりふり構わず集めている。夜を待つ余裕すらないほど、男爵たちは追い詰められているのだ。
「おい」
統が、わたしにだけ聞こえる声で言った。
「七色。右の二人を頼む。ただし――」
「わかってる。派手にやるなってことでしょ」
衆人環視の中だ。
ここで人間離れした動きを見せれば、私たちも「化け物」認定されて追われる身になる。
あくまで「腕の立つ姉弟」の範疇で納めなければならない。
手加減という、一番難しいミッションだ。
「了解。左の一人と、担いでるヤツは任せた」
わたしは地面を蹴った。




