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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第三章 商都オーミ編

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36、吸血鬼と太陽光と四次元ポケット

【2026/5月改訂】




 エチゴヤと代官所をひっかき回した夜が明けた。


 目が覚めたとき、ログハウスは静かだった。

 体は寝たはずなのに、頭の奥だけまだ昨夜のまま、ちょっと熱っぽい。


 で、やっぱりというか、案の定というか、統(すばる)はもう起きていた。


 机に向かって、昨日集めた書類を一枚ずつ見直している。

 ほんと、朝って概念を必要としてない生き物みたいな背中だ。


「おはよう」


「おはよう」


 ちゃんと返事は返ってくる。

 返ってくるけど、声に温度はない。


「何かわかった?」


「特に目新しいことはないな」


 統は書類から目を離さないまま答えた。

 つまらなそうな声で、紙を一枚めくる。


「ただ、スマホ以外にも“異物”があるらしい」


「え? 異物? それって西脇さんの持ち物、みたいな?」


「いや、違うだろう。見つかった場所も、時期も、統一性がない」


 時期も場所もバラバラ。

 その言葉で、胸の奥がトクンと鳴った。


 それってつまり、わたしや統や西脇さん以外にも、この世界に“落ちて”きた人がいるかもしれないってことだ。


 もしそうなら、会いたい。

 ものすごく会いたい。


 右も左もわからないまま放り出されたときの、あの頼る先のなさを、わたしは知ってる。

 今のわたしなら、あのときの自分よりは、少しは誰かの役に立てるかもしれない。


「その異物って、わたしの世界のものなの?」


「そこまでは断定できん。ただ、用途不明の道具類や、この世界にはない材質のものが一定数見つかっているらしい。連中は、どこか遠い異国の品だと思い込んでいるようだがな」


「人は? 人は見つかってないの?」


「ここにあるのは“異物”、つまり物品についての記述だけだ。もっともらしい由来も書いてあるが、十中八九でっち上げだろう」


 統は紙片をひらりと振った。


「目録だな。競売用だ」


「……オークション?」


「正確には裏の市場だ」


 嫌な感じが、じわっと膨らむ。


「それ、アリアさんに渡す前に控え取れる?」


「できる」


 統が机の上をちらりと見た。

 その視線の先にあったのは――


「あ。スマホ」


 そっか。撮ればいいのか。

 ちょっとこっちの世界に馴染みすぎてた。

 てっきり統が、また何かよくわかんない便利道具を出してくるのかと。


「じゃあ撮影ね。内容の要る要らないは、統が見て決めて」


「わかった」


 統は頷くと、もう一台、別のスマホを取り出して書類を撮り始めた。


 やっぱり二台目も持ってた。

 どこにしまってるんだ、それ。


 ぱしゃ、ぱしゃ、と無駄のない動きで撮り終えると、今度は書類の束と、ひび割れたスマホをこっちに押しやってくる。


「そっちでも撮っておけ。あとで必要になるかもしれん」


「えっと……これじゃなくて、新しいのがあったり?」


「あるが、それで十分だ」


 あるんだ。


「機能に問題はないし、そのスマホは七色(どれみ)が持っていた方がいい」


「……理由は?」


「勘だ」


 はい出た。統の勘。

 説明としては最悪なのに、当たるから困る。


「撮り終えたら、次元収納にしまっておけ」


「収納、まだ全然うまく使えないんだけど」


「練習しろ。アリアたちが街に着くまで時間はある」


 そう言い切ると、統は流れ作業みたいに書類を寄こしてくる。

 わたしが今どの段階でつまずいてるかとか、たぶんあんまり考えてない。


 紙の大きさはバラバラだし、湿気で波打ってるし、折り目はあるしで、撮りにくいことこの上ない。

 ぶつぶつ言いながらも、どうにか全部撮り終えたころには、朝っぱらからちょっと疲れていた。


「終わった……」


「なら次だ」


 休ませる気がない。


 統が渡してきたのは、厚めのスマホケースみたいな黒い板だった。


「これは?」


「ソーラーチャージャーだ。蓄電機能付きだから、モバイルバッテリーとしても使える」


 わたしはソーラーチャージャーと統の顔を見比べた。


 吸血鬼が、太陽光発電の道具を平然と渡してくる。


 ……絵面がひどい。


「えーっと、これも収納?」


「そうだ。しまっておけ」


「だから、その収納のやり方を聞いてるんだけど?」


「慣れるまでは、手で触れて収納だ」


「いや、その“具体的に”を!」


「手に持って仕舞う」


 雑。


「だから、どこに?」


「次元収納に」


「どうやって!?」


「手に持って」


 禅問答か!


 頭を抱えたくなった。

 こう、ぐっとやって、すっと入れる、みたいな説明で全部済ませようとしないでほしい。


「全然わかんないんだけど! もっと順序立てて説明してよ!」


「……七色はポケットに物を入れる方法を言葉で説明できるか?」


「できるよ。手に持って、ポケットに入れる。それだけ」


「次元収納も同じだ」


「同じじゃない! ポケットは見えるし、入り口もある!」


「七色は毎回、ポケットの位置や深さを確認してから物を入れているのか?」


「いや、そこまでしないけど……」


「進入角度を計算しているか?」


「しないけど!」


「なら同じだ」


「違うって! ポケットは触れるの! 次元収納は触れないの!」


「ふむ……」


 統は少しだけ考える顔をした。

 で、空間から濃緑色のサコッシュを取り出した。


「これを使え」


「なにこれ。マジックバッグ?」


「いや、ただの布製のサコッシュだ。百均で買った」


「百均……」


「その中が次元収納だと思って入れてみろ」


「どういうこと?」


「イメージの補助輪だ。そこに物を入れる動作を、そのまま次元収納に入れる動作だと思え」


「えー……地味。もっと可愛いのないの?」


「ない。それが嫌なら、お前の腹に大きなポケットを縫い付けてやろうか?」


「それは絶対やだ!」


 即答して、わたしはサコッシュをひったくるみたいに受け取った。


 異世界に来てまで、四次元ポケットの真似をさせられる危機があるとは思わなかった。


「それにスマホを入れてみろ」


「いや、失敗したら嫌だから、まずからの木箱で」


 わたしは手近にあった小さな木箱を持ち上げて、サコッシュの口に近づける。


 これはサコッシュ。

 じゃない。

 これは入り口。倉庫。クローゼット。とにかく、ここじゃないどこかにつながる穴。


 ――すっ。


 入った。


「……普通に入ったけど」


「サコッシュの中にな」


「だよね!」


「その布の向こうが別空間につながっているとイメージしろ。そこは無限に広い倉庫だと思えばいい」


「無限に広い倉庫」


「そうだ」


「なんか夢があるのかないのか微妙だな……でも、やってみる」


 木箱を持ち直す。

 ここじゃないどこかへ落とす。

 この布の向こうに消す。


 そう思って、押し込む。


「あ」


 手応えが、ふっと消えた。


「あー! 入った! 消えた!」


 木箱はサコッシュの底にもたまらず、そのままするっと見えない方へ抜けていった。

 これ、ちょっと面白い。


「次は取り出しだ」


「うーん……木箱、木箱……」


 サコッシュに手を入れて、念じて、掴む。


 出てきたのは木箱じゃなかった。


「え、チョコ?」


 可愛い箱に入ったチョコレートだった。


「それは私が先に入れておいたものだ。イメージをしっかり持て。中に何が入っているかを感じ取れ」


 なんだその、さりげないご褒美システム。


 わたしは出てきたチョコをちゃっかり自分のポケットにしまって、もう一回サコッシュに向き直った。


「よし。今度こそ木箱」


「やれ」


 そのあと数時間、わたしはサコッシュを開けたり閉めたり、物を入れたり出したりする、なんとも言えない特訓を続けることになった。


 傍から見たら、空っぽの鞄に延々と手を突っ込んでる、ちょっと危ない人だと思う。

 でも、おかげでサコッシュ越しなら、どうにか出し入れの感覚は掴めてきた。


 たぶん、そのうち補助輪なしでもいける。

 たぶん。きっと。そうだといい。


 昨夜見たものの重さは、まだ消えてない。

 でも、こうやって手を動かしてると、沈みっぱなしでいなくて済む。


 やれやれ。

 異世界で生き延びる技術ってやつは、吸血鬼とソーラーチャージャーと百均サコッシュから始まるらしい。




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