29、二桁の転生
しばらく、三人とも言葉を発さなかった。
重たい話題が通り過ぎたあとの沈黙って、静かというより居心地が悪い。
何か言わなきゃいけない気がするのに、何を言えばいいのか分からない、あの感じ。
最初に動いたのは、やっぱり統だった。
「ゲルト。これを飲んでおけ」
そう言って統が取り出したのは、小さな瓶。
……いや、ちがう。
これ、完全に ファイト一発! のやつだよね?
見覚えありすぎるラベル。
わたしの前世――いや前々世?──の現場を支えてきた、伝説の栄養ドリンク。
うちのマネージャーは元気ハツラツ派だったなぁ、とか、どうでもいい記憶まで蘇る。
ゲルトさんは瓶を受け取って、しげしげ眺める。
「……これは……薬か?」
「体力回復薬だ。即効性はある」
「そゆんじゃなくて、エリクサー的なのはないの?」
思わず口を挟む。
「ない。そんな万能薬、どこの世界にも存在しない」
「えー。魔法とかあるんでしょ?」
「ああ。この世界にもあるらしいな」
「じゃあ回復魔法とかも──」
統は少し考えてから答えた。
「回復魔法は対象によって効き目が違う。所詮は免疫力や再生力を底上げするだけだ。元の体力が低い者には、効果は薄い」
ゲルトさんが苦笑する。
「確かに……魔法を受けたあと、妙に腹が減るだけのことも多い」
「じゃあさ」
わたしは、ちょっと覚悟して聞いた。
「無くした腕が、にょきにょき生えてくるとかは……」
「不可能ではないが、不可能だ」
「なにその一休さんみたいな答え」
統は真顔で続ける。
「理論上は可能だ。ただし、何十年もかけて少しずつ再生させる必要がある」
「お、おお……」
「だがその間、傷口は塞がる。一センチ再生したら、五ミリ切り取る。再生したら、また切る。それを延々と繰り返す」
「……」
想像して、背筋が寒くなった。
「……それ、拷問じゃない?」
「そうだな。本人の精神が先に壊れる可能性が高い」
ゲルトさんは、静かに首を振った。
「それなら……このままでいい」
その言葉が、胸に刺さった。
「じゃ……わたしみたいには出来ないの?」
統は少しだけ間を置いてから答えた。
「腕一本のために、人を辞める必要はない。それにお前の場合は特別だ。大抵は心も人でなくなる」
「……人を、辞める?」
淡々としてるのに、やけに重い。
「多くは身体より先に心が変質する。“自分が人である”という感覚を、保てなくなる」
わたしは無意識に胸へ手を当てた。
深い心臓。
さっきから、静かに脈打っているそれ。
「……じゃあ、わたしは……」
「ああ。お前は何度も死を経験している。おそらく魂の定着率が高い」
「え?」
軽く言われすぎて、頭が追いつかない。
「電車で一度、狼で一度……それだけではない」
「え、ちょ、ちょっと待って」
嫌な予感しかしない。
「記憶に残っていないだけで、二桁近く転生しているな」
「二桁!? わたし、どれだけ1UPキノコ食べたのよ!」
思わず叫んだ。
「それよりなんでわたしの記憶が──……あ! 見たわね!?」
「表層だけだ」
「で! わたし誰だったの!? 有名人とか!?」
「知っても意味はない」
統はきっぱり言い切る。
「知ればとらわれる。人格が分裂しやすくなる」
「二重人格的な?」
「厳密には違うが、似た状態だな」
……言われてみれば。
この世界に来てから、妙にテンションが高い。
自分でも「ちょっとキャラ変わってない?」って思ってた。
(これ……もしかして……)
そこへ、
「……すまない」
ゲルトさんの声で我に返る。
見ると、瓶と格闘していた。
「これ……開け方がわからん。変に力を入れると壊しそうでな」
片手でぎこちなく持ってる。
「会話に参加してなかったの、瓶と戦ってたです?」
「いや、ドレミが何を喋ってるのかわからなかっただけだが」
……あ、日本語。
いろいろ喋りすぎたから、逆に助かったかも。
「ごめんごめん。それ開けてあげる。貸すです」
片手しか使えないんだから、開けてから渡せばいいのに。
統って、たまに気が利かない。
「そのキャップは片手で開けられる」
統が涼しい顔で言う。
ちろっと睨んだら、一瞬だけ「あっ」って顔をしたの、見逃さなかった。
(今、気づいたでしょ)
「ちょっと貸して」
瓶を受け取ってキャップをひねる。
……あれ? プチッて感触がない。
わたしの力が上がった?
それとも、もう開いてた?
まあいいや。
瓶を開けて、ゲルトさんに渡す。
「……ありがとう」
一口飲んで、少し顔をしかめる。
「……妙な味だ」
「効くよ。気の持ちようも大事だから」
そう言うと、ゲルトさんは小さく笑った。
ファイト一発!を飲み終えたゲルトさんは、また静かな呼吸に戻った。
焚き火の音が、相変わらず外で鳴っている。
さっきまでの重たい話は、ちゃんと残ってる。
それでも、少しだけ世界が“日常”に戻った気がした。
わたしは、胸の奥の“深い心臓”を意識する。
静かだ。
でも、確かにそこにある。
(……やっぱり行こう)
夜のうちに。
統と、二人で。
そう思って統を見ると、静かに頷いてくれた。




