第4話陛下と魔女と忘れ物
『か、怪物め……!!』
ふっと意識が覚醒し視界に天蓋が目に入る。
ベッドから起きようとするが指先が動かない。
(金縛り? ……この俺が)
笑えるな、と他人事のような感想を抱いて迷信じみた魔物の仕業だという呪縛を筋力だけで抗う。どうやら肉体の緊張の糸はほぐれたようで思い通りに手が開閉した。
まだ夢うつつに悪夢が漂っている気配がしたが、シーザーはそれ以上気にした様子もなく起床し身支度を始めた。
――ゆめか。
(もしバケモノだと知って君が俺から逃げているのだとしたら……)
後頭部を乱暴にかいて思考も中断した。
部屋の中の姿見に映る自分の姿は間違いなく人の子だ。しかし自分の力は人の手に余る。世の平定を成し皇帝となってもいまだ力を解放しきったことはないのだから……。
「俺の力はなんのためにあるのだろうか」
この問いかけに答えるものはいなかった。
◇◇◇
シーザーに離婚計画を打ち明けられて数日後、鍛錬に出かけた夫がいない城内をゆうゆうと散歩しているとジュリアは珍しい光景に出会った。
男女含めて従者たちが大勢頭を突き合わせて何事か話し合っているのだ。
(相談事……? なにかしら)
気になったジュリアは隙間を縫うように輪の中に侵入した。ぴょこっと顔を出すジュリアに気づいたものもいたが人差し指を口に当ててお願いすると相手はしきりに首を振ってうなずく。
おかげで、ジュリアは堂々と聞き耳を立てることに成功する。
「これは困りましたね。シーザー様は騎士団との合同演習。さらに、よりにもよってお使いに向かわせられる手の空いた人員がいないとあっては……。どうすれば」
「帰ってくるまで待てばいいのだわ?」
「だめですよ! 以前もお忘れになったことがありますが紛失したのではとえらい騒ぎになりましたからね」
「あー……。あれの二の舞いは騎士団もごめんだろう。訓練どころではなくなるな」
「そうでしょう?」
(ふむふむ。どうやら従者の皆さんが困っているのはシーザー様が忘れ物をしてしまったからなのですね。しかもよほど大事なもの……、と)
「なるほど。それは一大事ですわね」
「ええ、そう……………………はいぃ!?」
「どっから入った、この女豹!」
シーシャーとメイドはジュリアに向かって鋭い爪を向ける。しかし当のジュリアは満面の笑みを返した。
(獣人のメイドさんだわ。威嚇されているようだけど……子猫さんがじゃれてもかわいいだけよね? ふふっ)
ジュリアは些末なことを気にしている余裕はなかった。珍しく鼻息の荒い彼女はがぜんやる気をのぞかせて次にこう言った。
「エバンス様、あとは私にお任せくださいな」、と。
ジュリアの前で男性神官は動揺したように首を左右に振って仲間に助けを求めようとした。
「な、なぜ私の名前を!? 第一貴殿は……あ」
彼はうっかりしていた。視線をさまよわせた際についでに手もおぼつかないように動かしてしまったから。その手からはとある品がなくなっていた。
意図せず盗った張本人はといえばしげしげと擦り切れた布袋を眺めている。
(これがシーザー様の大切なもの? なんだかイメージと違うわ。漢らしい彼ならもっとふさわしいものがありそうなのに……どうしてかしら?)
ジュリアの脳内では伝説の勇者が振ったとされる聖剣や、英雄王と呼ばれたその人が愛した名馬、ほかにもおよそ戦いと関係がありそうな品々が浮かんでいた。
「ちょ、返すにゃッ!」
ジュリアが夢中になっていると横から取り返そうと素の言葉遣いがでてしまったメイドがシルファがひとり。なにより主人の宝物の安全が先……――なんて理性で動いた、のではなく単にいけ好かない女の首をかこうと短絡的な思考で行動に移していた。
「ちょおー!? お前っ、やめろ!?」
青くなったのは彼女のお守り係であるシルヴァンだ。万が一などないだろうが、億が一にもない、とは言い切れなかった。怪我を負わされたジュリアの要求、そしてもし主が手で連座で処刑なんて話になったら洒落にもならない、と。
シルヴァンの脳みそで最悪のビジョンが浮かんでいた頃――……。
ひらり、と攻撃のすべてをかわしジュリアはすその長いドレスもなんのそのでヒールまで揃えて躱してみせた。
うっかり男性陣はその華麗な身のこなしに見惚れて……女性陣の冷たい視線を浴びせられ、すぐに目を覚ますこととなった。
ジュリアの動きにも惑わされなかったエバンス神官は再度、正直に申し出た。
「いえ、返してください。奥様、それは旦那様の……」
「大丈夫ですわ。もちろん無くしたりしませんもの」
「奪っておいてなにを言うんですか!? それにあなただから余計に心配なので……うそ、本当に行ってしまわれだと?」
たったったと相変わらず素早い行動力、あのシルファですら適わない俊敏性に一同は固まっていた。
◇◇◇◇
内勤の人々に背を向けて走り去ったジュリアはといえば、自分のものとして与えられた一室に来ていた。
ジュリアは余念なくシーザーの予定を把握していた。
(騎士団はたしか演習前にギルドで依頼と搬送する荷物を受け取る手筈だったわね)
つまり、そう、昼前のこの時間ならまだ街に繰り出しているのだ。
というわけで彼女は考えた。
(せっかく市井に繰り出すのですもの、どうせならおめかしし、て……)
「待って?」
ジュリアは一方的に預かった布袋よりシーザーとのお出かけで頭がいっぱいどころか胸がいっぱいになってしまった。部屋にひとりで妄想する彼女を制止できるものはいない。
(もしかしてはからずとも旦那様と初デートができたり……?)
◇◇◇
「キャー――――――――!!!!」
「うお、なんだ!?」
壁に耳あり障子に目アリーしていた衛兵のジークは先の騒動でシーザーの持ち物の行方を追いかけてきたが、室内からの甲高い声に背筋を震わせた。
(まさかあの女……シーザー様の持ち物に害を……? こうしちゃいられない!)
逡巡した末、扉のノブに手をかけた。
「失礼しま…………、なにこの状況?」
失礼を承知で入室しようとした手が止まる。
扉の中、というか扉の前には臨戦態勢のジュリアがいたのだから。
「ちょうどいいわ。あなたも行きましょう」
「いや、え、なんで? そもそもどこにですか? って、俺は仕事中で……、うん、はい。分かりましたよ……」
ジュリアの謎の気迫もそうだが、なによりシーザー様の袋を包むように持つその手が気になりすぎて、彼は折れた。業務の引き継ぎもしないまま彼女に連れ立って陛下のお使いに出かけるのであった。
なお最後まで追いかけるかなやんだ面々は、『自分たちも仕事がある、しかしこれを届けないわけには、だがちょうど都合の良い人間が出払っている』と堂々巡りの葛藤を繰り返した末に、彼女に託した……という体裁が全員の総意となった。
◇◇◇
衣装をドレスから着替えていた奥様は、セミフォーマルなワンピースの上にジャケットボレロを羽織る。レースのシフォンが揺らめくスカート部分がふんわりと浮き足立つ。
ヘアスタイルもよそ行き用にセットしたのか――といっても豊かな長髪はそのままだが――トーク帽を頭に被る。
全体的な見た目が暗色でさえなければ普通の上品な淑女として映ったことだろう、ジークは思った。
「失礼ながら申しますが、いっそ華やかなカラーにした方が街ではふさわしいかと」つい口が滑って女性相手にファッションの助言などしてしまった自分に対し、ジュリアは控えめに微笑む。
「ダメです、これはしきたりなので」
「なんのですか?」
「……私の、でしょうか」
背後を陣取る衛兵は戸惑った。表情でそれ以上踏み込むなと拒絶されているようだったから。
だから、それ以上は触れられなかった。ジークとしてはこの奥様へと歯が浮きそうな賛辞でゴマをすり人質である布袋の安全を確保することも辞さない構えだったがそれは無用となった。
「さあて、いよいよですわ。シーザー様がいらっしゃる職場へ参りましょう!!」
隣から漏れ聞こえる意味深なうふふという不気味な声にジークはもうすでに帰りたいと心で泣いて顔で笑うのだった。
◇◇◇
「ではこれもお願いねー」
「はー……、い゛いい!? あれっ、奥様はどこに?」
困っていた城の内勤たちを代表して陛下のためとかなんとか見栄を張ってしまったジークは、そのせいで厄介なおつかいに付き合わされていた。なお、ギルドでも知人からさらに用事を頼まれと、かわいそうなジークであった。
「あ、奥様!?」
慌てて彼は姿を消していたジュリアを探す。
ギルド内部を隈なく見る。幸い現在男所帯の建物となっている室内から女性のシルエットは確認しやすかった。受付のあるロビーから展示室へと足を踏み入れる、目当ての人物。
――あ、まずい。
ジークは焦って追いかけた。
◇◇◇
「まあ! これが冒険者のみなさまが使う杖ですのね。ほうほう、あら? これは意外と熟練者向きの装備ですのね」
(だ……だれかこの空気の読めない奥様をとめてくれ~~!!)
ジュリアはジークの前で目を輝かせてあれもこれもと展示してある品を片っ端から手に取っていた。
日頃から腕まで隠すグローブを身につけており、品も丁寧に扱ってはいるが、それでもジークは気が気でない。中には魔力量を測る測定機だとか、冒険者登録をする水晶だとか、値の張るものまであるのだ。
ついには見咎めた受付嬢にまでからまれてしまった。
◇◇◇
「ちょっとそこのあなた!」
「はい?」、ジュリアは振り返って素直に返事をした。
「何をベタベタとやっているの!? 無断で触れていい品々だけではないのよ!」
腰に手を当てて威圧的に注意する受付嬢の女性職員。
「え……でもここは」
「ええそうです、そうです。ここは確かに展示室ですけれどなにもかも触れていい、とは書いてありません。なにより、あなたのような怪しい不審者が出張っていい、場所、で、は…………」
クレーマーへの対応にも慣れている受付嬢は煙に巻くように説明していたが、不幸にも、彼女は途中で気づいてしまった。
そも彼女は前日に同棲中の恋人にこっぴどく振られて気が立っていた。そのせいもあり、「また面倒そうな人が来たわね」と相手の顔も理由もろくに確認せず、叱責した。
だが眼の前の人物があの魔女様だと思い至りダラダラと冷や汗をかきはじめる。
「と、っにかくその杖を返してください!!」
焦り気味で行動に移すも力加減を誤った受付嬢。彼女が強引に取り上げようとすると、杖から軽快な音が響いた。
――バキッ。
伝説の賢者の杖として展示されていた杖はふたりの中ほどで折れていた。
弁償できないほどの額が受付嬢にはゆうに想像できた。待つのは贖罪だろうがその恐怖に全身蒼白になった受付嬢。彼女は完全にパニックを起こし、ジュリアに声高に告げた。
「あっ、あなたのせいよ! そうよ、あなたの仕業じゃない。盗られまいと引っ張るからこうなったのよ。やっぱり噂は本当ね! 魔女っていうぐらいだから性格も卑しいのね、これが飾られているものだって知っていながら狙ったんでしょう!?」
◇◇◇
(どうしましょう……)
ジュリアは怒鳴られて目を見張った。一方的にまくしたてられて彼女はどう弁明すべきか答えに窮していたのだ。あくまで彼女はこの場を穏便に切り抜けようとしていたが受付嬢はすでに後には引けない状態である。
「なんとか言ったらどうなのよ!!」
「……は」
不審者として引っ立てれば自分の名誉は傷つかないとでも思ったのだろうか、彼女は独断で判断したらしく、ジュリアの胸ぐらを掴む。
困惑しきりのジュリアが目をつむった、まさにその瞬間だった。
「なにをしている」
片眉をあげた怪訝な顔のシーザーが受付嬢の腕を掴み、ジュリアの前に立ちふさがっていた。
◇◇◇
――少し前。
ギルドくんだりまでわざわざ訪れて騒動に遭遇するとはついていない。シーザーはそう思いながら群衆が詰めかけるギルド本部の展示室を目指す。
人だかりができていた中央ではギルドの受付の制服を着た女性と、黒尽くめの人間が口論になっていた。といってもまくしたてるのは受付嬢ばかりだが。
(ここからでは顔がみえないな……)
シーザーは妙に胸騒ぎがした。
普段ならそんな些事に自ら首を突っ込むようなマネはしない。お人好しな人間は彼の周囲にはいくらでもいるのである。ただ、あくまで自己はそう思わなくとも、他人からはそう評価されているなどとシーザー本人は知らなかったが。
(放っておけば……は? なぜあの女がここにッ!?)
時計回りに受付嬢の背中を避けると騒動の中心にいた人物が、己が妻ジュリア・エンゼルだと判明してしまった。
ジュリアは折れた棒きれのようなものを抱えている。シーザーはギルドの展示室という場所柄、それが冒険者を志す若者向けにオープンにされていた杖だろうとあたりをつけた。
(折ったのか? いやまさか)
価値あるものとして盗むならまだ分かる。自分で使うにせよ観賞用にするにせよ持ち帰るのだったら、理由として納得できた。しかし折れているという事態は、きっと、あの女にも不測の事態だろうと踏んだ。
「なんとか言ったらどうなのよ!!」
そうこうするうちに激昂する受付嬢の腕が彼女の胸ぐらに伸びて――気づいたら、自分の体を盾に、事態に割って入っていた。
「なにをしている」
声をかけてからシーザーは後悔していた。演習前に余計な物事を持ち込まれても困る、と。
「シーザー……様」
しかし予想外だろう登場だというのに、ジュリアはシーザーをみとめて胸をなでおろす仕草をした。
(なぜお前が安堵している?)
わからないことだけだ。この場も、この女の背景も。
シーザーは続けて警戒するようにジュリアに注意を向けたまま掴んでいた受付嬢の腕をおろした。
次にギルド職員を呼び寄せると貸金庫を開ける命令をだした。
固まる受付嬢とジュリア、詰めかけた群衆までもハラハラとしながら騒動を見守る。
忙しない人だかりの中、職員が囁かれた命令どおりに麻袋をもってきた。それを命令したシーザーに手渡そうとするが、当人は首をゆるく振った。
(((え?)))
誰もがそう思った。だが帝王は金貨の入った袋を受け取らないまま職員に言い渡した。
「皇帝の依頼として工房に注文を。この金で作り直すといい」
「陛下、それは!?」
「なに不足か?」
「いいえ、とんでもございません。ただ……ギルドの運営費から出さなくてもよいのですか」
「かまわん」
金貨の入った麻袋を両手で持ったまま恭しく皇帝にお礼を言うギルド職員。職員は足早に件の受付嬢を呼びつけると共に退出、こうして事態は収束した。
◇◇◇
ギルドを出た河橋でシーザーはジュリアと向き合う。
シーザーは相変わらずの仁王立ちで手すりに手をかける。ジュリアもそれに習って手すりに半身を預けるようにしてシーザーの方をみつめていた。
欄干から見える街中の風景は賑々しく、黄金色の屋根づたいに鳥たちが群がっているのがみえる。いたずら野鳥は卵を保護する巣を作っているかもしれない。
視線を下ろすとゆうゆうと流れる川面に自分たちの姿が映った。川の流れはゆるやかで、隣り合うシーザーとジュリアの表情をよく反映させた。仏頂面のシーザーに対し、ジュリアは口元を若干すぼめて顔を伏せたり上げたりと落ち着きがない。
「あの……」
ジュリアに呼びかけられるシーザー。彼女の声が耳に届くも、すなおに聞き入れるのは業腹で、シーザーは耳のみ傾ける。
「ありがとうございました」と手短にお礼を言うジュリア。
「かん違いするな。俺は貴様を守ったのではない、哀れなあの娘とギルド内部にいた面々をお前の妖術から守ったにすぎん」、シーザーはあくまで他者のためを強調した。
ジュリアはそれに対し複雑な表情を浮かべたが、瞬く間に表情を凪いだものに変えてみせた。
感謝されるいわれはない、口を開いてそう続けようとしたシーザーだが。
「それならなおさら陛下の深い御心に感謝しなくては。あの場をとりなしていただき感謝します、シーザー様」
シーザーには蝶のはばたきが視えそうな、可憐な笑顔だった。
ジュリアはにこにことしてシーザーの腕を捕まえる。そして胸元に腕をもってくると抱えるようにほおずりをした。
(ぐっ……)
何事にか苛つくシーザー。無性に破壊衝動に駆られたくなったシーザーはジュリアから距離をとって、つとめて冷静さを取り戻すと浅い呼吸を繰り返す。
(この女といるとどうにも調子が狂う)
鋭い眼光で睨めつけるが己が妻はひょうひょうとしていた。
(しょせんは仮初めの結婚生活。紛い物の嫁などに惑わされるはずが……ない)
理性を取り戻したシーザー。今度は取り繕った陽気な笑顔を浮かべ、恭しくジュリアの手をとった。
動じない妻を冷ややかな目でみれば、手と手を何度かみつめた後、瞬間的に湯沸かし器のように顔色が沸騰した。
(……なんだ?)
緊張感がシーザー側に走る。
対するジュリアはおろおろとした挙動をし右手を頬に添えた。純情な乙女が困ってしまいます、というようなアピールは、シーザーにはあまりに露骨に思えた。
重ねた手を解くタイミングを失ったまま、不快感にシーザーはため息をついた。作り笑いですら牽制できない女に厄介な、という感想を漏らして。
不気味な妻にまたしてもシーザーは仕掛けられる。
「届けに来ましたの」
「は?」
拍子抜けするほど自然に、ポシェットから彼の所持品を出した様に、シーザーは度肝を抜かれた。
手品のような光景に衝撃で固まっていると、不気味な妻は、なおもシーザーに混乱をもたらした。
「お困りだと思って飛んできましたわ」
(飛ん……んなわけないか。それにしても困っているのが分かって? いやそもそもなぜコレの在り処をこの女狐が知っているのだ。そもそもこいつは……)
相変わらず機嫌よく笑顔を振りまいている不可解な妻。戦場でも恐れ知らずな彼だがいつになく逃げ出したくなった。
◇◇◇
そこへタイミングよく馳せ参じた城の衛兵がいた。ジュリアに連れ立ってやって来たあのジークである。
騒動のなかでは人混みのせいで身動きとれなかったジークだが、場を収めた主人をみつけて慌てて彼を追いかけたのだ。理由は簡単、シーザーにジュリアのお出かけを止めてもらおうと思って。
「ところでお前はなぜこんな場所に?」
だがしかし――ジークは察しの良いシーザーの質問に硬直する羽目になった。眼を皿のようにし職場の引き継ぎや持ち場のことを聞かれ、なし崩し的にすっぽかしたことを正直に明かすも、敬愛するシーザーには「お前は……」と呆れられる始末。しょうがないやつだなと本格的に彼の株が下がったのを失意の中で感じた。
なお、彼の心中は穏やかではなく、再三の理由を述べ好きでサボったわけではないと猛抗議していたが。
◇◇◇
シーザーはシーザーでたしかに勘が鋭かった。
(大方この女の見張りでついてくる他なかったのだろう……)と当たらずも遠からじ、事の経緯を言い当ててみせた。
彼がジークを責めたのは表面上だけで真実はちっとも叱るような気持ちはなかった。ただ動転するような出来事を前に現実逃避したかっただけである。
(すまん、ジーク)とシーザーは真面目な衛兵に詫びた。
「シーザー様? あの、これは……」
再び、魔女の手に自分の大切なものがある映像に度肝を抜かれたが、返却すように手を伸ばすとあっさりこの手に戻ってきた。
シーザーはいからせていた肩を下ろす。
「ところで、シーザー様はなぜこんな古びた袋をお持ちに?」
「あっ」
哀れジークはまたまた失言したが、シーザーは怒髪天を衝く様子だったので目に入らなかった。
(これは、彼女に――……!!)
シーザーの地雷を踏み抜いたジュリアは不思議そうに小首をかしげている。だが沈黙したままのシーザーに不穏な空気が伝染した。
シーザーは静かにキレていた。
「余計に怒らせるようなことをして、やはり貴様は貴様だな! 人の心がないようだ」と、あらためてジュリアへの苛立ちを言葉にした。
頭の奥の冷え切った怒りが冷静に状態を分析する。シーザーは決めた。こんな女を免疫のない部下たちに近づけるわけにはいかないと。余計な影響がでるやもしれないと、彼はジュリアの腕を無言で引いた。
「あの、陛下!? 演習は!」
ギルド内部で待機していた騎士団の団長がシーザーを追いかけて声をかける。
彼は部下に対し申し訳なさそうに目を伏せて告げた。
「すまない。妻がともに街歩きしたいと駄々をこねるのでな。此度の演習はお前たちだけでやってくれ」
「へ?」
シーザーはわがままな妻のおねだりという形にしてジュリアを強引に連れて行くことにした。
盗み見していた部下たちの素っ頓狂な悲鳴があちらこちらで上がっていた。
◇◇◇
当のジュリアはといえば一瞬だけ色めき立った。しかし、直前の不穏な空気感と足早にどこかへと向かう様子とにすぐさま考えを改めた。
(うれしいけれど、私はまたなにかやってしまったのね)と自覚し、猛省する。
けれどへこたれるだけが彼女ではない。
ジュリアは顔をあげ、腕を引いて、シーザーの隣を積極的に歩く。
(辛いけれどこれでいいの。たとえシーザー様に嫌われていても、あと一年。今だけは、この人のそばにいなくては)
決意をにじませるジュリアの瞳、だがシーザーとその視線が交わることはなかった。