6.バカギャルの哲学
美容サロンをすぐにでも飛び出したい気持ちは山々だったが、白亜のように肌を飾ることに熱心なこのギャルは、明らかにそんなに早くは帰る気がない。
「これで三着目じゃないか?」
「でもまだなんか足りない気がするんだよね~」
「祝うのは私の誕生日だったよね?」
「もう、いいよ」
白石はフロアミラーの前でじっくりと自分を見つめ、まだ納得いかない様子。彼女が今着ているのはピンクのショートドレスで、あちこちに工夫が凝らされたデザインがとても可愛らしく、いったい何にこだわっているのか私には理解できなかった。
「そのあとまたメイクし直すんでしょ?」
「わっ、黒崎なんでわかったの?」
だってギャルメイクとドレスは明らかに合わないからだ。
「15分以内で終わらせて。じゃないと、私、すぐに帰——」
「はいはい!」
白石は慌てて、傍らにいた美容師さんに何か頼み込んだ。しばらくすると、5、6人の「美容師」と書かれた札をつけたスタッフが入ってきて、それぞれ白石のメイク、ヘアスタイル、アクセサリーを担当した。あっという間に、白石は全身のスタイルを整え、私の前でくるりと一回転した。
「どう?」
「まさかあなたが本当にお嬢様に見える時が来るとは思わなかった」
「では、ごきげんよう、黒崎様」
「そういうのやめて。全然似合ってないから」
私は相変わらずからかうようにして、彼女が怒る様子を楽しんでいた。すると突然、彼女は何かを思い出したように、私の手に何かを押し付けた。
「はやくつけて」
「なにこれ?」
手のひらを広げると、私がつけているのと全く同じで、色だけがカーキ色に変わったクラゲのヘアピンが転がっていた。いったい何個買ったんだよ?
「この色の方が今の服に合ってるよ~」
黙ってカーキ色の方に付け替えた。前に星壁に「私のじゃない」と言ったばかりだが、今の私は以前の青い方を白石に返したくないという気持ちだった。白石が興奮して別の話を始めた隙に、私はこっそりとそれを脱いだばかりのスマホポーチの隙間にしまい込んだ。
……
「嘘つき」
私は別の高層ビル最上階のレストランのテラスに立ち、夜風に吹かれていた。そう、テラスも白石が貸し切っていたのだ。服を着替える必要なんて最初からまったくなかった。
「ごめんよ~!ただ、黒崎に誕生日には新しい服を着てほしかっただけなんだ!」
いつもこうだ。素直に誤りは認めるが、決して改めようとしない。私はため息をついて言った。
「これでやっと終わりだろうか」
さっきまで白石と食事をしていたが、高級料理がその値段に見合うほど美味しいとは、実はよくわからなかった。むしろ、白石が私がメニューで二度見した料理を全部注文するので、そんな浪費ぶりには本当に頭が痛くなった。
「まだだよ、最後のひとつ」
白石はぴょんぴょん跳ねながら、私を最上階の別のエリアへ連れて行った。そこにはヘリコプターが待機しているのが見えた。
「空から見下ろすと、建物も悩みもすごく小さく見えるらしいよ」
「そうか」
ヘリコプターはすでに高い空を飛んでいた。窓が開いていて、手を伸ばせば外の雲に触れそうだったので、私は気の向くままに手を伸ばしてみた。
「どんな感じ?」
「冷たい」
「なんだ~、綿あめみたいな感じかと思ったのに」
「童話の読みすぎだよ」
空から見下ろすと、東京のきらめく無数の光が、もう一つの銀河を形作っているように見えた。悩みが小さくなったかどうかはわからない。だが、自分が小さな鳥になったような気がした。
「汐里、幸せって感じる?」
「幸せの定義って何だろう?」
「もし今、汐里が楽しいなら、それでいいんじゃないかな」
「楽しいと幸せはイコールじゃないだろ」
白石というバカは、どうやらこういう哲学的な問題を考えることができないらしい。眉をひそめて、そこで一生懸命考え込んでいる。おかしいな、と思っていると、白石が興奮して言った。
「汐里、笑った!」
「別に初めて笑ったわけじゃないだろ」
「それが違うんだ」
「何が違う」
「心からの笑顔と、ただ口角を上げただけの笑顔は、違う」
「そんな区別ないよ」
「あるよ!」
「それは白石というバカに笑わされただけだ」
白石は以前のように私の嘲りに怒ったりはしなかった。彼女のその瞳は真剣に、しっかりと私の顔を見つめ、語氣を静かにして結論を述べた。
「違うよ」
私は言葉に詰まった。白石と知り合って二日目だというのに、彼女は何年も前から私を知っているかのようで、まったく持て余してしまう。幸せだろうが、笑顔だろうが、十七歳で死ぬはずの少女が持つべきものじゃない。そんなものがあると、死にへ向かう足取りが鈍ってしまう。そんなもの、持ちたくないのに。
私は白石に負けかけていたのだろうか?まさか。
あの娘は明らかにバカだ。金があれば知り合ったばかりの人間に平気で使う。まるで安全教育を受けていないみたいに。なのに、いつの間にか彼女に気持ちをリードされてしまうのも、これまた事実なのだ。
とにかく、気がつくと、私は『黒崎』と表札の掛かった玄関前に立っていた。
「じゃあね……あ、違う。これ、忘れるところだった」
「ん?」
白石はチャームだらけのスマホを取り出した。
「はい、チーズ~」
画面を見ると、相変わらず無表情な私の横で、一人の少女が満面の笑みを浮かべている。白石はさっき、ヘリの上で絶対に見間違えたんだ。
「それじゃあね~!また明日!」
白石が車窓から身を乗り出して手を振る中、高級車はその平民的な住宅街をあとにした。シンデレラの魔法が解けたように。
私は鞄と、自分の制服の入った袋を手に、家のドアを開けた。
「藤原さん……?」
深みのある茶色の髪の男性が、家のドアを押し開け、庭先で私とばったり会った。
「汐里、お帰り?お父さんが酔っ払っちゃってさ、さっきまで寝かせてたところだよ」
「ご迷惑おかけしました」
「いいいい、同僚の間柄だし」
藤原優也――その男性の名前だ。私の父の同僚である。黒犬と人間が同僚で、友人だ。不思議な話だろう?でもこれが現実なのだ。
「俺もそろそろ失礼するよ」
「お茶でもいかがですか?」
「いいよ、もう遅いし。汐里も早く休みなよ」
「はい。藤原さん、さようなら」
藤原さんを見送り、私は静かに家の中に入った。父と母はそれぞれの場所でぐっすり眠りにつき、姉は相変わらず食卓の傍らで微動だにしない。うん、いつも通り。
疲れた。私は無理やり気力を振り絞って身支度を整え、さっさとベッドに潜り込んだ。白石はもう寝ただろうか?彼女は今日、私のためにたくさんのことをしてくれた。やっぱり、一言お礼を言うべきだったのだろうか?スマホを開くが、彼女の連絡先は登録されていなかった。
そうだ。
私と白石、知り合ってまだ二日目だった。




