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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

村雨

 雨が、降っている。傘を持っていなかった私は、頭から靴の中まで濡れてしまい、不快感を感じながら帰路を辿る。


 季節は夏。私は高校3年生で、所属していたオカルト研究部を引退し、受験勉強に身を入れ始めていた。


 ふと、今の時期は毎年恒例の肝試しをするごろである。と、思い出す。二年間しかできなかったが、みんなでキャーキャー騒いだことが楽しかったなあ…と、思いながら歩いていると目の前の横断歩道を歩いている子供に目が止まる。子供の隣に傘を持った母親がいて、不意に孤独感に苛まれた。


 家に帰ると、まず体を温めるために風呂に入る。風呂から上がると、髪も乾かさずリビングのソファに寝転がり、スマホを触り始める。そうして、何かを調べ始めた。


 私の頭の中には、肝試しのことでいっぱいだった。引退して薄くなった部活の繋がりや、一人暮らしを始めて取らなくなってしまった家族との連絡が、私の受験勉強を邪魔していた。だから、せめて、最後でいいから、肝試しがしたくなったのだ。


 彼がネット掲示板のオカルト板や、検索エンジンを見ていると、一つ、ピンとくる話があった。


 A県B市のとある廃村の話である。その村では、生け贄を取っていた。生け贄は、6〜8歳の男女で、生け贄に選ばれた子供は、一年間を通して信仰する神へのささげものとするため教育される。そして最後には……生きたまま臓物を抉られ、そのまま生き絶える。という話である。


 そして、最後の生け贄の子供は、神に捧げられる直前に突然村の人間全てが倒れ、そのまま命を落とし、その子供一人だけが生き残った、と言う話。


 とても気分が悪くなったが、同時に興味を惹かれた私は、すぐにその廃村について調べ始めた。


 後2日もすれば夏休みに入るので、その次の日に、その廃村へと向かった。


 廃村のある山を歩いていると、突然雨が降ってきたため引き返そうと思ったが、登ってきた舗装された道が土砂がなだれ込んできて崩れ、戻れなくなってしまい、土砂崩れに気をつけながら安全に心掛けて山を歩き、とうとう廃村を見つけた。


 肝試しであったが、流石に夜の山は危険だろうと思い、昼間に山を登り始めたはずであったはずが、雨のせいか、廃村についた時にはあたりは暗くなっていた。


「……あなた、だあれ?」


村に着くとすぐに、雨のなか手に古い本をもった、白髪で、木綿の和服を着た小さな子供が声をかけてきた。


「私は、(れい)だよ。君は?」

「………わからない」

「じゃあ、どこからきたの?」

「……それも、わからない」

「その手に持っている本は?」


その子供は、ずぶ濡れの本をこちらに見せてきた。その本の外観は、江戸時代ごろまでの、ページを束ねるための紐が見える本で、表紙には、『南総里見八犬伝』と書いてあった。


「へえ、好きなの?その本」


子供は、コクリと頷き、そのあと期待するような眼差しで

「あなたは、好き?」

と聞いてきた。


「うん。好きだよ」

というと、満面の笑みで抱きついてきた。自慢ではないが、私は古い本が好きで、当然南総里見八犬伝も見たことがあるのだ。


「うっ……あはは…急に抱きつくと、びっくりするよ?」

「うん…ごめんなさい」

「いいよ……じゃあ……一緒に行く?」


どこのどんな子供かは知らなかったが、一人でいさせるのは危険だと思った私は、一緒に連れていくことを提案した。


「いいの?」

「うん。一人より、二人の方が心強いからね」


そうして、私と子供、二人の肝試しが始まった。


村は、廃村だと言うのにやけに綺麗だった。

 そして、まず初めに廃村の入り口に一番近くに立っていた建物に入っていく。

 建物の中には、小さな家の中に火鉢が置いてあるだけの簡素な家であった。


「ここは…何だろう」

「……ねえ、これなんだろう」

「ん?どうしたの……て、え?」

暗くてよく見えなかったが、子供に指差されたところに見ると、そこには血溜まりがあった。


「誰もいないのに、血溜まり?……あ!大丈夫?」

「……うん、大丈夫」

「でも、あんまり見ない方がいい」

「そうだね」

「手、つなぐ?」


そういうと、子供は私の手を握ってきた。


「ここにはもう、何もないみたいだね」

「……うん」


そうして、私たちはその家を出た。


「ねえ、つぎは、どこにいくの?」

「うーん…血溜まりを見るのは、辛かった?」

「いや、なんでか分からないけどつらくはなかった」

「……そう、無理はしないでね」

「わかった」


そうして、私たちは出てきた家の向かいにある家に入ることにした。


まず、私が小さく扉を開き、誰かいないかを警戒し、誰もいないことを確信すると、子供と一緒に入る。


「……見た目はさっきのところと同じみたいだ」


そうして、何かがないかと探していると、また床に血溜まりを見つけ、そこの近くには、『ヤ……ガ…様…たた…』と血で書かれていた。


「何て書いているんだろう…たた…り?祟りってこと」

「………」

「あ、だ、大丈夫?」

「祟りだ、祟りだよ。ここの人たちは、祟りで死んじゃったんだ」

「…何か、思い出したの?」

「うん。そして、自分の名前もおもいだした」

「本当?」

「うん。『加賀(かが)』だよ」

「そっか、改めてよろしくね、加賀」

「うん」


その後も探してみたが、何もなかったため、とうとう外に出てきた。


「次はどこに行こうか」


私はどこか、この状況を楽しみ始めていた。そのため、加賀を急かしてしまった。


「おちついて、玲さん。まだ、全部は思い出せないけれど、次行くべき場所が、何となくわかる」

「そうなの?」

「うん。だから、玲さん、信じて?」

「……わかった」


そうして、いくつかの家を通り過ぎ、少し大きな家の前にやってきた。


「ここは?」

「……まだ、おもいだせない。でも、入ったら大切なことをおもいだせる。そう、言い切れる」

「……そうなんだ。じゃあ、入ろうか」


そうして、私たちはその家に入って行った。


家の中に入ると、山村に似つかわしくない風景が広がっていた。なんと玄関から入ると床に畳が敷いているのだ。警戒しないわけにはいかないので、先ほど同様土足で、踏み入ると、真っ暗なため見えなかったが、何かを踏んでしまった気がした。そして、すぐに足をあげると靴に何か水のようなものが勢いよく噴き出てくるのを感じた。


「うわぁ?!な、なんだ」


私はスマホを光らせ、何がいるのかを探したが何も見つけることはできなかった。


「玲さん。大丈夫?」

「う…うん。何とも…」

「……嘘はだめだからね……ん?」


加賀が私に近づいたとき、私のいるところの下に、バラバラになった紙束を見つけた、おそらく、本だったのだろう


「これは………?!」


本だったものを手に取り、加賀はそれらを読んだ。すると、衝撃のあまり落としてしまった。


「ああ……そういうことだったんだ…」

「加賀?どうしたの?」

「玲さん、できることなら、今すぐにこの村から出て行ってほしい」

「え?どうして」

「この村は……毒の雨に、殺された」

「え?毒?」

「どうしても、知りたいなら、その紙を読んで」


そう言って、加賀は家から出て行ってしまった。


「読んで……って、は?これは……」


そこには、こんなことが書かれていた。

『うちの子供が生け贄に選ばれ、私は、私たち夫婦は、裕福な暮らしをさせてもらっている。このことを後世まで語り継ごうと思う』


そのあとは、ただひたすらに、自分たちの贅沢な暮らしのことや、実の子供が生け贄にされてよかったと書いていたりと、とても、人間のかいているものとは思えないほど酷い内容に思えた。


「ここの信仰ってたしか…生け贄にされた子供の内臓を生きたまま出して捧げるって、かいてあったよね……それなのに、まさか、こんな、自分たちが幸せだからって、こんなこと、出来るのか?」


読み進めていると、

 『私が子供のしけた面を見るために朝早く神社に向かうと、「加賀」が祠を壊したのをみた。このことを村長らに報告してしまっては、私たちの生活が奪われてしまう。なので、馬鹿な子供に罰を与え、神職どもに口裏を合わさせ、何とか祠を作り直した。これで、何とかなるはずだ。どうせ、神なんていないんだ。それなのに誰も彼も信じていて馬鹿らしい』


なんて、書かれていた。


「……祠を壊した?加賀が?いや、待って……6〜8歳のこどもが、普通、祠を壊せるだろうか?」


「……本当に、何があったんだろうか」


私は、他に手掛かりがないことを確認すると、加賀の両親の家だった場所から出て行き、祠を探し始めた。


馬鹿正直に探したところで見つからないと思った私は、加賀のものであろう足跡を辿って、この村で最も大きな神社についた。


「……ここに、祠が」

そう思いながら、お社に入って行った。


中はとても広く、人が住めるだろうと思った。

ここも、畳についた泥の足跡を追って、ある部屋の前についた。


「……玲さん、きたんだね」


襖を開けると、部屋の中に小さな祠があった。その祠は壊れていて、そこには刀が刺されていた。


「加賀、説明してほしい。君が、一体何者で、どうやって祠を壊したのかを」

「……わかった。まず、わたしたち生け贄は、一生に一度だけ、神様に願い事を聞いてもらうことが出来るんだ。その証拠に、生け贄に選ばれた子供は、わたしと同じように生まれついて、髪が白くなっているんだ」


加賀は、その白い髪をもってそう言った。


「どうして、そんなことを知っているの?」

「見ちゃったんだ…偶然。昔、生け贄に選ばれた後、ここで住んでた。机の上に、置かれてあった、この本を」


加賀が「我が○○村の生け贄について」と表紙に書かれた本を見せてきた。そして見終わっただろうと察した時、加賀はそれを投げ捨てた。


「そう、なんだ………それで、加賀は……何を望んだの?」

「南総里見八犬伝が好きだって、言ったでしょ?わたし、こんな暮らしが嫌だったんだ……もう、神様なんて殺したかったんだ。そうすれば、わたしは死なずに済む……だから、村雨が祠の上から降ってきて、壊して欲しいって、願った」

「え?でも、あの日記にはそんなこと…」

「隠したんだよ、刀を……ま、今は刺し直しているけど……願い事を使っちゃったって知ってしまえば、臓物を奪って別の人が願い事を代わりに言うことができないとわかってしまう……そうなれば、わたしは酷い目にあってたと思う」

「内臓を捧げれば、かわりに願うことができる?……だから、生け贄の臓物を……」

「そう。そうやって、山の中で育ちにくかった稲を、出来るだけ収穫できるようにしたんだ」

「……そんなことで稲が育つとは思えない!」

「効果は、あったみたいだよ。だって、実際に"いる"んだから」


そういうと、祠の刀の刺さっているところから、禍々しい瘴気が噴き出してきた。


「なに?これは」

「祠が壊されて、しかも壊したのが呪いの刀だったんだ。そして、さっき玲が踏んだのは、毒蛇だった」

「毒…蛇?」

「そう、それは信仰されている神様の依代として知られていた蛇なんだよ。今、雨降ってるでしょ、この雨には、その蛇の毒が入っている。祟りと呪いが混じった雨で、それでみんな死んだ」

「……加賀」

「わたしは…この村の人たちが嫌いだった。みんないじめてくるから。わたしは両親が嫌いだった。わたしをだしにしていい暮らしをしていたから……でも、いざ死なれると、寂しかった……だから、忘れたんだ。だから、玲さんと初めて会った時には、何もかも忘れてたんだ」


祠から形容し難い『なにか』が出てきた。


「ああ……もう、おしまいだ。二人とも、しんじゃう」

「……加賀、君は、生きたいか?」

「え?」

「もし、生きたいのなら一緒に逃げよう」

「……わたしは生まれつき、この毒に耐性があった……でも、玲さんは…もう、毒に」

「……加賀…ならせめて…」

「え?何」


私は、加賀に生きていて欲しかった。たとえ、毒の雨に打たれてしまい、私がここで死んでしまっても。この村に残った『最後の生け贄』として、この恐ろしい話を、語り継いで欲しかった。

だから、私は加賀を抱きながら、後ろを決して振り返らずに山の土砂くずれのあった場所まで急いで向かった。途中、毒が回ってきて意識を失いそうになるが、何とか堪えて根性で走った。


「……ここから滑りおちれば、もしかしたら死なないかもしれない」

「玲さん?何を考えて……」


私は、加賀の同意も考えず、加賀をそこから落とした。

一息ついて後ろを見ると、禍々しい『なにか』が私の前まで来ていた。


「………ああ、やっぱり……………死ぬときも一人なのは…さびしいなぁ」



そして、私は毒の痛みから意識を手放すのだった。







「うっ……あれ?ここは…」


目を覚ますと、わたし、加賀は山の麓まで来ていた。幸いにも怪我はなく、簡単に立つことができた。


「………はあ、玲さん。どうして、わたしを……………いや、わたしは玲さんの分まで生きなきゃならない……それだけでなく、今までわたしが見捨ててきた人たちの分まで」


決意を固めたわたしは、あてもなく、どこかへと歩いていくのであった。


数十年後、わたしは就職をしていた。白かった髪は、黒く染めて目立たなくして生活していた。そして、わたしは小説投稿サイトにこの話を書いた。全く誰も見ていないが、それでも書いたことに意味があると思う。いつか、どこかの誰かがこれを見てどう思ったとしても、このことを知ってもらいたかった。


私は、ある日営業の仕事で外に出ていた。突然、村雨に打たれて濡れてしまい、このまま営業に行くことも出来ないので困っていたところ、ある人が声をかけてきた。


「大丈夫ですか?どうやらお困りの様子ですが…」

「いえ、実は営業の仕事があるのですが……この通り傘を忘れてしまって……って、あなたは………玲さん?」


後ろを振り返ってそんなことを言ってみると、玲さんがあの時と同じ格好でそこに立っていた。まるで、髪を染めても、玲さんがわたしのことを分かったかのように


「………どうしてわかったのでしょう……私は、どこかであなたに会ったことがあるのでしょうか」


ーその顔は、どこか不気味に微笑んでいるように感じたー



 

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