机に並んだ鬼たちの産物
朝の第4記録室。
窓からの光がまだ弱々しいうちから、机は紙で埋まっていた。
「……主任代理。これ、見てください」
フィアネスが顔色を失いながら紙束を差し出す。
エグバートは片手で受け取り、ざっと目を通した瞬間、こめかみに手を当てた。
「……なんだ、この三ページにわたる“黎明の光”は」
「祝辞文草稿です」
「わかってる!」
草稿は「黎明の光」が延々と修飾され、比喩と雅語で膨れ上がっていた。
冒頭から「黎明の光は天を割り、黎明の光は大地を照らし、黎明の光は──」と三段重ね。
「……これを書いたのは?」
「儀礼課調整官、クラウス=リースフェルト殿です」
「やっぱりなああああ!」
エグバートの声が響き渡る。
トールはちらりと横目をやり、淡々と呟いた。
「美文の鬼の仕業か」
「鬼っていうか……化け物ですよ、これは……!」
フィアネスが泣きそうな顔で叫んだ。
「陛下の御威光を讃える文だそうですが、“黎明”だけで三ページ……!
こんなの官報に載せたら、印刷代で財務課に殺されますよ!」
「財務課より先に俺が倒れるわ!」
エグバートが紙束を机に叩きつけた、そのとき。
「……主任代理、こっちもひどいです」
別の机から、またもや書類が運ばれてきた。
持ってきたのはナターリエ=シェルバン。王女宮付きの若き侍女だが、第四の天敵。
数字は正確、どこにも狂いはない。だが――
「……“ふわふわ備品代”って何だ」
「……たぶん、羽根ペンの替え芯かと」
ナターリエは首をかしげ、真顔で答えた。
その瞬間、フィアネスが絶叫する。
「“たぶん”って何ですかあああ!」
「摘要欄には感情や印象を記すものでは?」
「違う! 違います! 備品は備品、羽根ペンは羽根ペンって書いてください!」
「でも……“ふわふわ”の方が覚えやすいかと」
「覚えやすいけど解読不能なんですよ!」
エグバートは机に突っ伏し、呻いた。
「……黎明三ページと“ふわふわ備品”……。どうしろってんだ」
「主任代理、胃薬を」
「トール、お前が持ってこい……」
そのとき、控えめなノックが響いた。
「失礼いたします」
現れたのは、第6課所属の三等書記官フロイライン=リースフェルト。
「……兄がご迷惑をおかけしていると聞きまして」
「迷惑どころじゃねえ! 机が爆発してる!」
エグバートの叫びに、フロイは目を伏せた。
「本当に……申し訳ありません。兄は“文章は芸術”と信じて疑わない性分で」
「信じすぎると紙代が死ぬ!」
トールが冷徹に添える。
「美文は美文でいいが、三ページにわたる黎明は拷問だ」
「せめて段落は減らしてほしい……!」
フィアネスは机に頭を打ちつけていた。
その隣で、ナターリエが首を傾げながら帳簿を差し出す。
「それではこちら、“きらきら石代”」
「なんだそれは!」
「……宝飾費用、かと思います」
「“かと思います”って書くなあああ!」
フィアネスの悲鳴がまた記録室に響く。
フロイは頭を抱え、深くため息をついた。
「……兄だけでも胃が痛いのに……なぜ侍女殿まで……」
「ほんとにな……」
エグバートがうつろな目で天井を仰ぐ。
「第四の机は……地獄の投棄場か……」
そのとき、扉が再び開いた。
「追加分です!」
台車に積まれた新しい紙束。
上にはクラウスの修辞で膨れ上がった草稿、下にはナターリエの暗号帳簿。
「うわああああああああああ!」
悲鳴が一斉にあがった。
「……主任代理。俺たち、本当に記録室なんですよね?」
「地獄の書庫じゃねえか……」
誰かの震える声を最後に、記録室は沈黙した。
そして──胃薬と薬草茶の需要だけが、また跳ね上がったのだった。




