表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

81/84

──背中、預けていいか

「……おい、そこの新人。お前、俺の資料に赤線引いたか?」


「引きましたよ。様式第五号の構文違反だったんで」


「違反じゃねぇ、“現地対応の裁量”ってやつだ」


「第六課はそんな自己流が許されるんですか?」


「許してんじゃねぇ、通してるんだよ。俺がな」


 

 ◆



第六記録課、朝一番の内部検証会議。

羊皮紙の束をはさんで、エグバートとトールは火花を散らしていた。


「この報告、項番が連番じゃない。提出日も逆転してます」


「現地が混乱してた。書式より優先すべきは、実態の記録だ」


「でも、それをそのまま通すのは危険です。後で追えなくなります」


「それを“追える”ようにするのが、第六課の仕事だ」


「……っ、屁理屈だ」


「事実だ」


 


「──ほんっとに、お前ら朝から元気だな」


隅で羊皮紙をめくっていたベテラン職員が、苦笑混じりに呟いた。


「エグの相手ができるのなんて、お前ぐらいだよ、新人」


「“新人”扱い、いつまで続くんですかね……」

 


 ◆



その日、午後になって急報が入った。


「納品物の所在が不明です。王女宮の一部で備品の混乱が──」


「記録と現物が一致しない?」


「はい。しかも、“納品先が一階下”になってると……」


トールが眉をひそめた瞬間、エグが立ち上がる。


「よし、現場行くぞ。バレック、来い」


「え、俺ですか?」


「他に誰がいる。お前、報告書の照合得意だろ」


「……行きますけど」



(あれ、今ちょっと褒められた?)


 

 ◆



王女宮搬入口。


案内役の侍女が気まずそうに言う。


「実は、この鏡なんですけれど……」


「ああ、これか」


エグが指さしたのは、ひときわ装飾の凝った鏡だった。背面に刻まれた紋章。表面の光沢。装飾台座。


「──この鏡、納品書と一致しない」


「……そうですね」


トールは手元の記録羊皮紙をめくった。


「届け先、装飾意匠、重量。どれも少しずつズレてます。でも書類は“正規通過”になってる。ってことは、誰かが“通した”……」


「照合担当は第二課のはずだ」


「第二課の押印が薄い。転写かもしれません」


「裏捺印が抜けてる。つまり……」


「──偽物」


二人の声が重なる。


侍女が目を見開いた。


「す、すごい……」


「どっちが、ですか……?」


「いや、こう、なんか……ぴたりと噛み合ってる感じが……」


エグが肩をすくめる。


「書類オタクと構文屋が並ぶと、こうなるんだよ」


「失礼な言い方を」


「でも否定はしねぇんだな」


「……事実なんで」


 

 ◆



一連の照合作業を終えた帰り道。


沈黙の廊下を、靴音だけが鳴っていた。


「……お前さ」


「はい?」


「文官局、慣れてきたか?」


エグが前を歩いたまま言う。


「まぁ……“様式と運用のズレ”には、だいぶ鍛えられてます」


「お前、構文ばっか気にしてるようで、意外と動けるよな」


「元軍属ですから。現場は肌感覚で覚えるもんです」


「それで文官やれてるんだから、上出来だ」


「……今、また褒めました?」


「気のせいだ」


 


しばらく歩いたあと、トールがぽつりと呟いた。


「さっきの現場……誰が行っても、同じ結論出せたと思います?」


「無理だな。書式の仕込みに気づくには、現場と構文の両方を読めなきゃならん」


「俺一人だったら、見抜けなかったかもしれません。でもエグと一緒だったから──見えた」


「そういうもんだ」


「……背中、預けていいですか?」


「……あ?」


「いや、なんでも」


「いちいち言葉にすんな」


そう言いながら、エグの声はわずかに笑っていた。


 

 ◆



数日後、職員の誰かが呟いた。


「トールさんって、エグさんと並んでると、動きが自然ですよね」


「言いたいこと、先に書いてあるからな。あれで連携取れてんだ」


「最近、“二人まとめて呼べ”って言われる案件もあるって聞きましたよ」


「様式バカと実地屋の組み合わせ、案外いいのかもな」


──その日を境に、ふたりは「並べて動かせ」と指定されるようになった。



文官局にあって異質で、無骨で、

けれど確かに、現場で並び立てる“実務の盾”として──静かに信頼を集めていった。



それは、ただの上司と部下ではなく、

言葉より先に動ける相手として互いを認めた日だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ