会計係の悲鳴──夜会請求書、ゼロが一つ多い
朝一番の会計課。
机の上に、どさっと請求書の束が落ちた。
「……うわっ、これ全部、昨夜の夜会分!?」
「ちょ、ちょっと待て! 金額が桁違いなんだが!?」
「こっちなんてゼロが一個多い! 百万と一千万って、天と地の差だろ!」
あっという間に阿鼻叫喚。
追加で舞い込む伝票を前に、会計官たちの顔色は紙より白い。
「人手が足りねぇ……!」
「誰か助けを──」
そのとき。控えめなノック。
「失礼いたします。王女宮付き侍女、ナターリエ=シェルバンと申します。本日はこちらでお手伝いを」
「……シェルバン?」
「おい、あの大商家の……!?」
「ちょっと待て、“数字の鬼”シェルバン家の娘が、なぜここに!?」
ナターリエはふんわりした仕草で机に腰掛け、伝票を手に取った。
ぱらぱらと数枚めくっただけで、すぐに口を開く。
「花屋の請求は三通ありますが──この二枚は重複。数字が一致しています。正しいのはこちら一枚」
「は、早っ!?」
「料理は五十人分の注文で、六十五人分の請求……。ええ、こちらは単純に二重取りですね」
「に、二重取り!? 一瞬で見抜いた……!」
「すげぇ……! やっぱり“数字の鬼”って呼ばれるだけある!」
最初こそ感嘆と尊敬の声が上がった。
だが──ナターリエの指は止まらない。
「次に……酒屋の請求。樽が十本分とありますが、実際に搬入されたのは八本です。二本分は水増しですね」
「虚偽ぃ!?」
「こ、こいつ……人間レベルの処理速度じゃねえ……!」
最初こそ感嘆と尊敬の声が上がった。
だが次々と矛盾を洗い出すその正確さは、人間離れしていて──。
「……なんだこの精密機械みたいな侍女」
「いや、たまに爆発するらしいぞ。“ズレた精密機械”って噂も」
「余計怖ぇ!!」
尊敬はいつしか恐怖へと変わり、会計官たちの目がすがるような輝きから怯えに染まっていく。
「数字は嘘をつきません。嘘をつくのは、いつだって人間のほうです」
その声音は冷たくも穏やかで、だからこそ会計官たちは戦慄した。
「…………!」
さらに彼女は、当たり前のように言葉を重ねた。
「……たとえば、この花代。三割削れますね。庭園から切ってくればいいのですから」
「えっ、庭園から!? それって勝手に切っていいものなのか!?」
ナターリエは小首をかしげ、当たり前のように答えた。
「いいんじゃありませんの?」
「ひぃっ!」
「な、なんてことをさらりと……!」
「さ、さすがシェルバンの娘……!」
「数字の鬼だ……!」
「いや……経費削減の……死神だ……!」
夕方。机の上はすっかり片づき、請求書も完璧に整理された。
ゾンビのように突っ伏す会計官たちの背後で、ナターリエはひとり涼しい顔。
「非効率は嫌いです。でも……姫様が嬉しそうだったので、今回は支払ってもよろしいかと」
その一言に会計課は全員、顔を上げて固まった。
冷徹な処理の裏に、ただひとりアリシアを基準に置いていることが透けて見えて──。
安堵と恐怖の混じった空気が漂う。
この日以来、会計課の一部では、彼女を“数字の鬼”ではなく、“経費削減の死神”と呼ぶようになった。




