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書類の配分くじ引き

 始業の鐘が庁舎に鳴り響く。

 記録課の部屋に入ったフィアネスは、その光景に絶句した。


「……山だ」


 机の上に、書類の山が積まれていた。正確には、机の高さを越えて天井に迫るほどの巨大な紙の塔だ。


「えっと……これ、まさか今日の分ですか?」


「そのまさかだ」


 主任代理エグバートが腕を組んでうなずく。


「政令改定に伴う再整理分。昨日までの分も合わせて三倍増しだ」


「三倍……!? 一日で処理できる量じゃないですよ!」


 フィアネスの声は裏返った。

 書類を抱えて入ってきた他の職員たちも、思わず顔をしかめる。


「ま、待ってください。どうやって分けるんです? まさか主任代理が全部……」

「馬鹿を言え。俺が全部やっていたら一週間でも終わらん」

「じゃあ、課全員で分担を……」


 そこでエグバートがにやりと口角を上げた。


「公平を期して、くじ引きだ」

「くじ引き!?」


 フィアネスが素っ頓狂な声を上げる。


「……またですか」


 トールが呆れたように眼鏡を押さえた。


「前回も“くじ引き”で、俺の机に三倍の書類が来たはずだが」

「前回はお前が“凶”を引いただけだ」

「“凶”? そんなの書いてあったか?」

「俺が書いた」

「それは公平性ゼロです。主任代理!」


 フィアネスがすぐさま突っ込む。


「いいか」


 エグバートは机に小さな紙片を並べた。


「ここに“第一束”“第二束”“第三束”……全部で五つの札がある。引いた札が今日の担当分だ」

「いやいや、普通に等分すればいいじゃないですか!」

「人間の心理はそう単純ではない」


 トールが低く呟いた。


「自分で引いた分は文句が言いにくい。それが“納得感”というやつだ」

「納得感!? 理不尽を自分で選ばせてるだけじゃないですか!」


 フィアネスが必死に反論するが、エグバートはもう札を差し出していた。


「さあ、引け」

「え、俺からですか!?」

「新人は最初に引くものだ」


 半ば強制的に札を握らされ、フィアネスは渋々引いた。


「……“第三束”?」


 次の瞬間、エグバートが合図すると、背後からどさりと音を立てて分厚い書類の束が机に落ちた。


「ど、どわぁっ!? な、なんですかこれ!」

「第三束だ」


 トールが淡々と告げる。


「厚すぎません!? これだけで机の脚がきしんでますよ!」

「新人補正だな」


 エグバートは当然のように言い放つ。


「そんな補正いりません!!」


 慌てふためくフィアネスの横で、トールが静かに札を引いた。


「……“第五束”か」


 机に落とされたのは、わずか数センチの薄い束だった。


「え、ずるい! なんでそんなに少ないんですか!」

「運だ」


 エグバートが冷淡に言う。


「公平なくじ引きの結果だ」

「絶対操作してるでしょ!?」

「証拠はあるか」

「証拠がなくても明らかにおかしいですよ!」


 フィアネスが抗議しても、誰も耳を貸さない。


「第一束」

「第二束」


 次々に職員たちが札を引き、適度な厚さの束が分配されていく。


 やがて最後に残った「第四束」がエグバートの前に置かれた。

 どっしりと重いが、フィアネスのものほどではない。


「……主任代理、それでも一番厚いのは俺の分ですよね」

「新人は働いて学ぶものだ」

「理屈になってません!」


 フィアネスは涙目で自分の机に積まれた束を見つめる。

 書類の角が威圧するようにこちらを向いていた。


「まあ、安心しろ」


 トールが淡々と書類を手に取りながら言った。


「経験を積めば、分量は減る」

「減るって……どういう意味ですか」

「処理が早くなれば、見かけの量は軽く感じる」

「錯覚じゃないですかそれ!」


「おい、さっさと始めろ」


 エグバートが机を叩く。


「山は逃げんぞ」

「いや、山は逃げなくても俺が逃げたいです!」


 フィアネスの悲鳴をよそに、記録課の一日はまた始まった。




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