机の配置替え
始業前の記録課。庁舎の扉を開けたフィアネスは、目の前の光景に凍りついた。
「……あれ?」
机の列が、昨日までと全然違う。四角い木製の机がずれにずれ、島のように集まっていたり、逆に孤立して廊下側に押し出されていたりする。
「ちょっと待ってください。私の机、どこ行ったんですか!?」
書類を抱えたまま、フィアネスはあわあわと視線を巡らす。
「いや、あるだろ」
トールが淡々と指差した。
「……ほら、あそこ。隣の机と合体してる」
「合体!?」
見ると、紙束を間に挟んで二つの机がくっつき、一枚の巨大な長机になっていた。そこには誰のものとも知れぬ書類が山のように積まれ、境界線が完全に消滅している。
「な、なんで机ごと迷子になるんですか!」
「お前の書類が勝手に移動したんだろ」
「書類が歩くわけないでしょう!」
フィアネスは必死で紙束をかき分け、机の縁を探した。
「……いや、ほんとに見つからない……。あれ? 俺のペン立て、どこ行ったんですか」
「知らん」
トールは無表情のまま答える。
「ちょっと落ち着け。昨日、庁舎に清掃が入ったはずだ。机をずらして掃除したんだろう」
「ってことは、用務係が勝手に動かしたんですか?」
「用務係を責めるな。責めるなら、お前の机の上の積載量を責めろ」
「……うう」
フィアネスが唸っていると、背後から重い足音が響いた。
「おい」
主任代理のエグバートである。腕を組み、険しい顔をして室内を見回した。
「これはなんだ」
「机が迷子になってます」
即答するフィアネス。
「……は?」
エグバートの眉が跳ね上がる。
「机が合体して、誰の机かわからなくなってます!」
「ふざけるな! 机は机だろうが!」
苛立ちを隠さぬ声が記録課に響いた。
「だいたいだな、昨日のうちに整理しておけばこうはならん! どうせ未整理の書類を机の山にして放置したからだ!」
「し、主任代理、それは……」
「否定できんだろ!」
エグバートが机をどんと叩くと、紙束がばさばさと崩れ、フィアネスの肩に降りかかった。
「ぎゃっ!? ちょ、ちょっと待ってください、埋まります!」
必死に書類を払いのけるが、次から次へと崩れてくる。
「……遭難したな」
トールが冷静に呟く。
「遭難じゃないです! 助けてください!」
「自力で脱出しろ。書類の扱いに慣れるいい機会だ」
「そんな訓練あるかぁ!」
紙の海から手を突き出してもがくフィアネス。
「おい、やめろ! 大事な政令の副本が折れる!」
エグバートが慌てて紙を支える。
「だったら助けてくださいよぉ!」
「……俺の羽根ペンがない」
エグバートがぼそりと呟いた。
「そんなことより、助け……むぐっ!」
紙束が一気に崩れ、フィアネスの顔面を覆った。
「エグバート」
トールが横から冷静に口を開く。
「羽根ペンなら、机の隙間から転がり落ちました」
ごろんと床を転がる一本の羽根ペン。エグバートが拾い上げ、息を吐いた。
「まったく……。机の配置換えひとつで遭難者が出る部署がどこにある」
「記録課です!」
紙の海からフィアネスが必死に叫ぶ。
トールは手元の記録簿を開き、さらさらと書き込んだ。
「備考:机の再配置により、フィアネス一時行方不明」
「記録に残さないでください!」
その声も、また書類の雪崩に飲み込まれていった。




