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捺印リレー

 朝の第4記録室。フィアネスが慌てて書類を抱えて戻ってきた。


「主任代理、大変です! 承認印がひとつ足りません!」


 机の上に広げられたのは、五つの承認欄が並んだ報告書。

 四つまでは埋まっているのに、最後の第4だけが空白だった。


「……つまり、うちの印章が行方不明ってことか」

「そうです!」

「おいおい、印章にまで旅癖がついたのか」


 額を押さえるエグバート。横でトールが書類を拾い上げ、淡々と確認する。


「庶務課・工務課・第六・儀礼局……ここまでは揃ってるな。

 で、うちに来るはずの最後のが消えた、と」


 トールが書類を指で叩きながら確認する。机の上には空欄のままの承認欄が、ひどく間抜けに見えていた。


「主任代理、印章って消えるものなんですか」

「知らん。だが第四なら消える」


 エグバートが額を押さえてうめく。


「まさか、第六が持ち逃げしたとか?」

「いや、第六なら仕分け表も一緒に戻すはずです」


 トールは椅子を半回転させながら、冷静に否定する。


「フロイが印章抱えて逃げ回る姿……想像つかんな」


 その光景を頭に浮かべて、三人とも一瞬だけ沈黙した。

 全員、想像して一瞬黙る。確かに似合わない。


「じゃあ儀礼局の嫌がらせだろ」

「儀礼局が印章で嫌がらせします? あそこは“詩文で嫌がらせ”の専門です」

「そりゃそうだな」


 エグバートは椅子にもたれ、天井を見上げた。詩文で嫌がらせ――想像しただけで頭が痛い。


「庶務課か?」

「庶務課なら印章の在庫番号で管理してるはずです」

「じゃあ工務課?」

「工務課に渡したら、釘打ちに使われますよ」

「そんな使い方あるか!」


 トールが机を指でトントンと叩きながら皮肉を返す。フィアネスは慌てて両手を振った。


 経路を確かめるため、第六に向かった。

 迎えたフロイライン=リースフェルトは書類を一瞥して、淡々と答える。


「確かに第六で押しました。その後、儀礼局に送って庶務課経由で戻したはずですが」

「庶務課……」

「庶務課……ですね」


 3人の声が重なった。


 庶務課に突入すると、机の上に山積みの菓子箱。

 その隅でフィアネスが声を上げる。


「主任代理! これ……!」

「どこだ?」

「お茶菓子の皿の下に……」


 フィアネスが皿を持ち上げると、底にぴたりと押しつけられていたのは見覚えのある木製の印章だった。皿の上には半分欠けたビスケットが二枚、無惨に乗っている。


「……庶務課、印章を皿の重しにするな」

「風で飛ばないように、って言ってました」

「書類じゃなくて菓子が大事か」


 エグバートが吐き捨てるように言い、トールが呆れ混じりに肩をすくめる。

 フィアネスは無言で印章を拭き取り、書類を整えて、きっちり最後の欄に押印した。


「これで完了ですね」

「ふん。印章にまで寄り道癖があるとはな」

「主任代理……印章って記録室の誰かに似てきます?」

「似るんだよ。特に第四ではな」


 笑い混じりのため息が、第四記録室に広がった。




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