未読の山
朝の第4記録室。フィアネスが机の上を見て、目を丸くした。
「し、主任代理! これ……」
そこには、未読印が真っ赤に押された回覧書類が山のように積み上がっていた。
「……なんだこの赤スタンプの壁は」
回覧書類の山にエグバートが額を押さえる。
「昨日はこんなになかったはずです」
トールが近づいて、上から二、三枚めくる。
「内容は普通の回覧……でも全部“未読”のまま止まってるな」
「誰がここに積んだんですか?」
「知らん」
「まさかとは思うが、第六がまとめて投げ込んだか?」
「いや、第六なら仕分け票をつけるはずです。ついでに、フロイがこんな雑な仕事、するはずがない」
トールが冷静に否定する。
「じゃあ……王城本部の横流しか?」
「主任代理、横流しする意味あります?」
疲れたようなエグバートの声に、フィアネスが真剣に突っ込みを入れる。
「むしろ“未読”印だけ妙に新しいんだが」
トールが一枚を光に透かして眺める。
「じゃあこれは誰かが途中で勝手に押した?」
「そんな暇人いるかよ」
「主任代理……ここ、第四ですよ」
「まさか、儀礼局の嫌がらせか?」
「儀礼局がわざわざ“未読”で嫌がらせするか? あっちは美文の鬼がいる。真っ赤な文書の方が嫌がらせだって」
「じゃあ第六のイタズラだろ」
「主任代理、第六にそんな余裕があると思いますか?」
フィアネスの控えめな指摘に、場が静まった。
第四記録室なら、あり得る。
そのとき、部屋の隅から控えめな声がした。
「す、すみません……それ、自分が……」
振り返ると、新人補佐官が真っ赤なスタンプを握って立っていた。
「お前か」
「は、はい……あの、押印練習を……」
「練習?」
「はい。『未読』が一番押しやすかったので……」
3人は同時に頭を抱えた。
「じゃあこの山は……」
「ぜんぶ練習台だな」
「書類の上で練習するな!」
エグバートが思わず声を張ると、新人はおずおずとスタンプを差し出した。
「……返却します」
その場に妙な沈黙が広がり、最後にトールが天井を見上げて一言。
「まあ、“既読”になるよりはマシか」




