控室の愚痴大会──裾幅より、気持ちの余白ください
「……また戻されたんですか、それ」
控室に入るなり、うんざりした声が出た。
もちろんわたし、セリナの声である。
「“裾の角度が揃ってない”ってさ。はい、三度目の“やり直し札”つき」
「はーい。衣装係さん、今日も絶好調です」
机の上には、水色のドレスがでんと鎮座。
“姫様、夜会用”と書かれたタグに、ため息三つ。
非公式夜会なのに、仕様だけは完全に公式戦。
「ていうかさ、角度ってなに? 裾に分度器でも当ててんの?」
「“揃ってないと光の粒が流れない”んだって」
「粒ぅ!? わたしたち、光学演出担当だったっけ?」
「さっき、衣装係の人が鏡の前で腕組んでさ、“舞うように揺れないと”とか言ってたよ」
わたし、そっと遠い目をする。
仕立てるのはあっち。
文句を言われるのはこっち。
「しかもさ、今夜って“非公式”でしょ?」
「うん。若手だけで気楽に、って話だったはずなんだけど」
「このドレスのどこが“気楽”なのよ。もう“圧”しか感じない」
「ていうかこれ、普通に戦闘服よ? 裾、剣くらいある」
控室には、ドレスと苦情が同居している。
誰かが腕組み、誰かが床に転がり、誰かが壁を見つめていた。
「姫様、いらっしゃるの?」
「うん。“少しだけ顔を出される”って。五分とか十分とか」
「その五分のために、刺繍チェックに裾の長さに、靴音の確認までさせられてるんですけど……?」
「この前なんて、三歩歩いただけで着替え二回だったからね」
「……なにそれ、修行?」
もう笑うしかない。
王宮って、だいたいこんなもんである。
「で、“歩く粛清”は?」
「北の間にいらっしゃいました。誰も近づけないゾーン、今日も健在です」
「殿下の歩く音って、こう……“空気ごし”に響くよね」
「いやむしろ、気配が前を歩いてる感じ?」
“歩く粛清”──それが王太子殿下の裏称号である。
誰かがぽろっと言ったら広まって、今や控室の共通語。
目を合わせなくても背筋が正される天然威圧装置。
「わたし、こないだ遠巻きにすれ違っただけで、立ちくらみした」
「視線の圧で正気が削れるんだよね……あれ、戦場か?」
でも不思議なことに、姫様の前では、ちゃんと“お兄様”をしてらっしゃるのだ。
えらい。
「姫様、今日もお綺麗だったね」
「うん。ドレスとの相性、完璧すぎて引いた」
「でも、なんか最近……“綺麗”を超えて、“完成”って感じしない?」
「わかる。“微笑み”がもう、仕上がってる。表情筋の究極進化」
「ゼノ様と並んだ時、笑顔の解像度が上がる気がする」
「いやあれ、“ゼノ様用プロトコル”って説あるわよ」
笑ってるけど、内心ちょっとだけひやっとする。
わたしたちはその舞台装置の裏方だ。
でも、どこまで関わっていいのか、わからない時がある。
「まあ、わたしたちの仕事って、突き詰めると一つよね」
「着せて、受け取って、また持ってって」
「で、衣装係に“やり直し”って言われて」
「また運んで、また整えて」
「そして、五分だけ歩いて、終了!」
「それを笑顔で、何事もなかったように──ね」
「それってもう……姫様っていうより、舞台女優じゃない?」
その一言で、控室がどっと笑いに包まれる。
たぶん今日いちばん元気な声。
「さっ、戻されたやつ、衣装係に届け直してくるわ」
「もう“返却係”って名札つけたら?」
「そしたら待遇上がる?」
「ないない」
そう言いながら、みんな手を動かしていた。
それが、控室という戦場の日常。
“歩く粛清”と“完璧すぎる姫様”のあいだで、
わたしたちは、今日も平常運転である。




