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なんであの新人だけが生き残ったんですか!?

「……ええと、確認ですが。第四記録室って、今年度だけで新人何人目ですか?」


「七人目ですね」


「七人目!? 半年で!?」


 教育課の新人担当、リオ=フェルナンデスは机をバンと叩いた。叩いたが、相手は一切動じない。庶務課のベテラン調整係は、湯を注ぎながら言う。


「まあ、四人は三日持ったから。実質的には三人分くらいの損耗ってことで」


「どんな計算式ですかそれ!」


「怒鳴るなって。第四だぞ? あそこはもう“例外扱い”になってんだから」


「だから、それがおかしいって言ってるんです! 新人の教育指針が根本から崩れてるじゃないですか!」


「俺に言われても困る。直接聞けよ──あいつに」


 扉の向こうから聞こえる足音。ゆっくりと現れたのは、文官服に銀縁眼鏡の男。


「お呼びですか?」


「……トール=バレック補佐官、ですね?」


「はい。第四記録室、主任代理付きの実務補佐です」


 涼しげな顔で頷くトールに、リオはズズイと詰め寄った。


「単刀直入に言います。なぜ、あなた方の部署だけ新人が毎回潰れるんですか?」


「合理的に説明すれば、“適正がなかったから”です」


「あなた、それ教育課で言っていい言葉じゃないってわかってます?」


「はい。ですが、現場で必要な“適正”と、机上の教育の“理想像”が違うことも事実です」


「現実逃避ですか、それとも開き直りですか!?」


「どちらでもなく、記録です」


 目が笑っていない。というか、笑っていないどころか、笑う気配すらない。リオは額を押さえながら、強引に話を続ける。


「じゃあ聞きます。なぜ、その“地獄”で、フィアネス=ベイルだけは生き残ったんですか?」


「……おや」


 トールがほんの少しだけ、目を細めた。思考のギアが噛み合う音が、どこかで鳴ったような気がした。


「面白い質問ですね。それは、“彼が特殊だった”からです」


「……特殊?」


「一見、まっとう。文官養成学校を優秀な成績で卒業し、構文基礎も完璧。だが、それだけでは持たないのがうちの部署です」


「なら何が?」


「彼、“潰れる前に観察する”んですよ」


「は?」


「怒鳴られても、焦っても、すぐには反論しない。黙って相手のやり方を見て、理解しようとする。それで、気がつくと“こっちの手順で動いてる”」


「……順応した?」


「ええ。本人は無意識でしょうけど。あとは──」


 トールは少しだけ考えた素振りを見せた後、静かに言った。


「“逃げなかった”ですね」


「……そ、それだけで?」


「ええ。構文が読めて、逃げずに、文句を言う前に考える。──それだけあれば、第四記録室は生き残れます」


「……それだけ“あれば”?」


「ええ。……それ、“全部持ってる新人”って、何年に一人出ると思います?」


 返せなかった。




◇◇◇




「フィアネスくんは、いまはどうなんです?」


「地に足がついてきました。最近は主任代理にも言い返します。昨日は“嗅覚で通さないでください、書式で説明してください”って言ってましたよ」


「……それ、怒られませんでした?」


「怒られてました」


「じゃあ──」


「でも、翌朝エグバートが言ってました。“あいつは潰れないタイプだ”って」




◇◇◇




「……教育課としては、適正フィルターの見直しを考えたいんですが」


「無駄ですね。うちの主任代理、面接では“喋らない新人”を気に入る傾向があります」


「基準おかしいですよね!?」


「でも通りますよ。最終的には、ちゃんと“文官”として」


「通った結果が“記録室の炎上”じゃ、意味がないでしょうが!」


「いえ、それこそ“記録室の意義”です」


「こっちは育成してるんですよ! 焚き火じゃないんです!」


「焚き火じゃありません。“延焼を食い止めるための火消し部署”ですから」


「…………」




◇◇◇



(その日──教育課の新人配属計画書の一欄に、そっと付け加えられた脚注)


※第四記録室については、“構文理解力・柔軟性・耐性”が全て備わっている場合のみ選考対象とすること

なお、現地指導官トール=バレックによる面接を優先する。



それを読んだ別の教育課職員が、ため息をついた。




「つまり……結局、トールさんが選んでるってことか……」




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