表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/84

語尾で怒られるなんて──です・ます・である地獄

「……これは、いったいどういう文体ですか?」


第六文官局・第三記録室。窓も狭くて湿気っぽいこの部屋で、

冷たい声が、書類の上から降ってきた。



「“予算項目の見直しが発生したのです”──なぜ“したのです”?」

「えっ、それは……状況の強調と、ちょっとした感情の込め……」


「不要です。記録は事実だけで充分です。“〜したのである”に改めてください」

「えぇ……」



研修名目で本日だけ第六に預けられた第4記録室新人補佐官、フィアネス=ベイルは、朝から叱られていた。

相手は、あの「論理重視の三等書記官」こと、フロイライン=リースフェルト、通称フロイ。



「もう一度、確認しておきます。これは“文体指導”ではなく、“人格の分裂を防ぐ作業”です」

「……人格!?」


 


***


 


第六課には、謎の文体ルールがある──らしい。

敬体です・ます常体であるの統一はもちろん、

「文調に感情を混ぜるな」が信条。


なのに今、目の前に並んだフィアネスの書いた提出案には、


“予算項目がずれてしまったのです”

“混乱を招いてしまったのでした”

“修正した、と思います”


──語尾がカオスだ。



「“と思います”など、誰の主観でしょう」

「わ、わたし……」


「“招いてしまった”は感情です。“修正した、と思います”は責任の回避です」

「す、すみません……」



背筋を正し、フィアネスは深く反省するふりをした。

いや、してる。たぶん。



「では、例を出します」



フロイが手に取ったのは、第六で使われている“理想的報告書”のひな形。



“該当部署において資料提出が遅滞し、予定時刻を超過した”

“補填措置として先行処理を行い、全体進行への影響はなかった”



簡潔で、客観的で、どこか機械的。

──なのに妙に、整っている。



「これが……理想形、なんですか」

「最低限、第三者が読んでも“誰の責任で、何が起きて、今どうなっているか”が明確です」


「でも、“遅れてしまったのです”じゃ、ダメなんですか?」

「“しまった”という文体には、共感と感情が入りすぎます」


「え、でもそれって、優しさでは……?」

「記録に優しさは不要です」

「おおぅ……」


 


***


 


午前の研修も終わりが見え始めたころ。

フィアネスは、半泣きになりながら提出用の再修正版を書き直していた。


──そして、30分後。



「……提出します」

「確認します」



フロイが手に取ったその文書には、



“予算項目の見直しが発生したのである。なお、当初予定とは異なり調整が必要となった。とはいえ、影響範囲は限定的であり──あ、でも実際、ちょっと焦りました。”



「……最後の行」

「はい」

「“ちょっと焦りました”は、なぜ入れたのですか」


「……口が勝手に」

「口ではなく、指です」



再提出。


今度は、

“ちょっと焦った”が“焦ったと思う”に進化していた。



「主観が弱まりましたが、まだいますね」

「“まだいます”って、誰が!?」

「書類の中に人格が、です」


 


***


 


午後の最終確認。

仕上がった文書は──



“予算項目に調整が生じた。担当者によると、見直しは必要かつ合理的なものであり、最終的には調和が図られた。”

“なお、補填対応は文官側にて完結しており、実施日時も明記済みである。”



「ようやく、人格が一つに統一されました」

「人格が一つ……」

「これなら第六文官局でも通用します」

「っていうか、第六って人格監視局ですか!?」



──終業の鐘が鳴る頃には、

フィアネスの“です・ます”は完全に“である”に矯正されていた。



帰り際、フィアネスはぽつりと呟いた。



「……あした、主任代理に“この文体、誰の影響?”って聞かれる気がする……」



そして、たぶん答えはこうだ。



──“人格、フロイ寄りである”。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ