語尾で怒られるなんて──です・ます・である地獄
「……これは、いったいどういう文体ですか?」
第六文官局・第三記録室。窓も狭くて湿気っぽいこの部屋で、
冷たい声が、書類の上から降ってきた。
「“予算項目の見直しが発生したのです”──なぜ“したのです”?」
「えっ、それは……状況の強調と、ちょっとした感情の込め……」
「不要です。記録は事実だけで充分です。“〜したのである”に改めてください」
「えぇ……」
研修名目で本日だけ第六に預けられた第4記録室新人補佐官、フィアネス=ベイルは、朝から叱られていた。
相手は、あの「論理重視の三等書記官」こと、フロイライン=リースフェルト、通称フロイ。
「もう一度、確認しておきます。これは“文体指導”ではなく、“人格の分裂を防ぐ作業”です」
「……人格!?」
***
第六課には、謎の文体ルールがある──らしい。
敬体か常体の統一はもちろん、
「文調に感情を混ぜるな」が信条。
なのに今、目の前に並んだフィアネスの書いた提出案には、
“予算項目がずれてしまったのです”
“混乱を招いてしまったのでした”
“修正した、と思います”
──語尾がカオスだ。
「“と思います”など、誰の主観でしょう」
「わ、わたし……」
「“招いてしまった”は感情です。“修正した、と思います”は責任の回避です」
「す、すみません……」
背筋を正し、フィアネスは深く反省するふりをした。
いや、してる。たぶん。
「では、例を出します」
フロイが手に取ったのは、第六で使われている“理想的報告書”のひな形。
“該当部署において資料提出が遅滞し、予定時刻を超過した”
“補填措置として先行処理を行い、全体進行への影響はなかった”
簡潔で、客観的で、どこか機械的。
──なのに妙に、整っている。
「これが……理想形、なんですか」
「最低限、第三者が読んでも“誰の責任で、何が起きて、今どうなっているか”が明確です」
「でも、“遅れてしまったのです”じゃ、ダメなんですか?」
「“しまった”という文体には、共感と感情が入りすぎます」
「え、でもそれって、優しさでは……?」
「記録に優しさは不要です」
「おおぅ……」
***
午前の研修も終わりが見え始めたころ。
フィアネスは、半泣きになりながら提出用の再修正版を書き直していた。
──そして、30分後。
「……提出します」
「確認します」
フロイが手に取ったその文書には、
“予算項目の見直しが発生したのである。なお、当初予定とは異なり調整が必要となった。とはいえ、影響範囲は限定的であり──あ、でも実際、ちょっと焦りました。”
「……最後の行」
「はい」
「“ちょっと焦りました”は、なぜ入れたのですか」
「……口が勝手に」
「口ではなく、指です」
再提出。
今度は、
“ちょっと焦った”が“焦ったと思う”に進化していた。
「主観が弱まりましたが、まだいますね」
「“まだいます”って、誰が!?」
「書類の中に人格が、です」
***
午後の最終確認。
仕上がった文書は──
“予算項目に調整が生じた。担当者によると、見直しは必要かつ合理的なものであり、最終的には調和が図られた。”
“なお、補填対応は文官側にて完結しており、実施日時も明記済みである。”
「ようやく、人格が一つに統一されました」
「人格が一つ……」
「これなら第六文官局でも通用します」
「っていうか、第六って人格監視局ですか!?」
──終業の鐘が鳴る頃には、
フィアネスの“です・ます”は完全に“である”に矯正されていた。
帰り際、フィアネスはぽつりと呟いた。
「……あした、主任代理に“この文体、誰の影響?”って聞かれる気がする……」
そして、たぶん答えはこうだ。
──“人格、フロイ寄りである”。




