接待係の悲鳴──急な夜会で地獄再来
「……えっと、今夜“接待夜会”? それ、本決まりで……?」
第一応接室の片隅。
応急手配された臨時卓の前で、庶務課文官・フィアネスが、手元の書状を凝視したまま固まっていた。
「今朝決まりました」
「じゃあ、招待状の手配は?」
「午前中に」
「食材は?」
「一部は“持ち寄り”とのことです」
「おもてなしの気配、皆無なんですけど!?」
悲鳴に似た声が廊下に響いたのと同時、
通りがかった侍従課の係官が、申し訳なさそうに頭を下げていく。
「せめて一日前に言ってくれ……
“接待”って言葉、わかってるのかな……」
嘆息するフィアネスに、斜め後方から低い声が飛んできた。
「で、地獄の備品表は?」
「主任代理、まだ全部そろってません……!」
そこにいたのは、庶務課第四記録室主任代理、エグバート=グランヴィル。
早朝からの打ち合わせを終えた直後らしく、袖口にまだ朱印の染料が残っている。
「招待客の名簿、第一案のままだとまずい。南部辺境の侯爵名が古いままだ」
「えっ!?」
「去年継承があったのに、三代前の名になってる。まずいだろ」
「誰が回してたんですかそれ!?」
「俺が訊きたい」
と、そこへ。
「差し入れに来ました〜。厨房で余った昼食……らしいです」
手にバスケットを抱えて入ってきたのは、接待係に一時配属中のマティルダ=ヴォルクローズ。
侍女らしい動きで、机の上にさっとサンドイッチを並べていく。
「お疲れさまです。あ、でも、厨房で“もう夜会とか無理”って叫んでましたよ」
「え、聞こえてるの!?」
「近衛隊の新米が配膳係に巻き込まれたとかで……」
「また!?」
その瞬間、扉の外からうっすらと声が漏れた。
「いや、自分、まだ給仕マナー習ってなくて──」
「いいから皿は左! 杯は右!」
会話劇ならぬ混声合唱に、フィアネスが額を押さえる。
「……なんで、こうなるんでしょう」
「“急な夜会”だからだろ」
「そういう話じゃないです、主任代理」
マティルダが控えめに口を開く。
「ちなみに、王女宮からは“正式な視察扱い”との通達が来てました」
「正式!? 今さら!?」
「午後の時点では“軽い顔合わせ”という名目だったようです」
その場の全員が沈黙。
「……これ、夜までに仕上げる書類、何枚ありますか?」
「回覧板に書いてあった分で、十四種類だな」
「“回覧板”、どこ行きました?」
「……あの、紙だけ消えました」
ためらいがちいなマティルダの声。
それを耳にしたフィアネスは思わず叫ぶ。
「いやいや、意味わからないですって。なんで紙だけ!?」
「あ~、“念のため写しを控えておいた”って、トールのやつ」
「……あの人、なんでそういうとこだけ用意がいいんですか?」
フィアネスのぼやきと同時に扉がノックされ、やってきたのはその本人──
庶務課第四記録室所属、トール=バレック。
「おう、予想通り地獄になってんな」
「お気遣い、ありがとうございます……」
「ついでに近衛の新人が泣いてたぞ。食器割ったらしい」
「泣くわそりゃ!」
エグバートが、深く息を吸い込んだ。
「──よし、とにかく“見せかけだけでも整える”。それが今夜の接待方針だ」
「言い切った!?」
誰もが軽く引きつりながら、しかし手は止めない。
マティルダは台帳の管理を、
フィアネスは備品一覧の修正を、
そしてエグバートは回覧板の“口頭再構成”を始める。
だが──その混沌の中。
「……あの、“接待用の花飾り”ってどこに……」
「……え、花?」
一瞬で空気が凍った。
「誰が担当?」
「名簿に……記載が……」
「なかったのかよ……」
全員の目が、ぴたりとトールに向いた。
「……俺、行くの?」
「現場判断です」
かくして、庶務課第四記録室の元軍属が、花屋へ走ることとなった。
──夜。接待夜会はどうにか“形”となり、出席者は笑顔で杯を交わした。
だがその裏側では、こう記される報告書が、翌朝早々に提出されたという。
◇◇
本件接待、全工程において臨機対応が連続し、制度的限界が一時露呈。
ただし、外部的には問題なし。
なお、本件を“再現可能な成功例”と記載することには慎重を要す。




