だから提出様式は統一してください、兄上たち
王都でも珍しい四人兄弟の文官一家──それが、リースフェルト家である。
「──というわけで、四男。この文書を確認してくれたまえ」
第一記録課、長男クラウスの優雅な声が、家の応接室に響く。手元には、完璧すぎて逆に読みにくいと評判の、芸術的書式の報告書。
「……兄上。これは……実務には向きません」
「わかっているよ、四男。だが、処理されるだけの文書に、感情は残せないじゃないか」
「“処理されるために提出される”のが、報告書です」
相変わらずの冷静沈着。フロイの語調が僅かに鋭くなる。
「とはいえ、美しく整えられた報告は、読む者の心を和ませるだろう?」
「その和んだ心で提出期限を無視されても、現場は泣くだけです」
「やれやれ、余裕のない働き方だな」
「誰のせいですか」
二人の間に微妙な静寂。
──そこへ、空気を読まずに入ってくるのが三男ヨアヒムだ。
「おーい、ちょっと聞きたいことがあってな。様式って、どこまでいじっていいんだ?」
「……兄上はまず“守る”ところから始めてください」
冷静に突っ込むフロイに対し、ヨアヒムはにこにこしている。
「いやな? いま、四角で囲んだところに色つけてみたら、ちょっと魔法陣っぽくてさ」
「……何してるんですか?」
「いや、注意喚起としては悪くないだろ? あと、枠線の色で優先順位を──」
「様式を魔術素材にするのはやめてください」
「ええ、わかりやすくいいじゃないか」
「そんなことありません」
フロイの冷静な声に三男撃沈。
そこへ、扉をノックして入ってきたのは次男ヴィルヘルム。
「君たち、賑やかだね。さて、これは外交文書課からの報告だけど……」
「……その“だけど”がもう嫌な予感しかしないんですが」
フロイが眉をひそめた。
「いやいや、君が好きそうな構成にしてある。項目別、日付順、意見と所感は別添で……」
「理想的です。ありがとうございます」
ぴしっと頭を下げるフロイ。
「ただし」
「ただし、ってなんですか」
「うちの課長がね、“少し柔らかくしたい”って言い出してさ。表紙に花の模様を入れたんだ」
「どうして、そこに花の模様が必要ですか? 外交用ですよね?」
「そうだけど?」
「どうして、報告書に柔らかさが必要なんですか!」
場がざわつく。
「……というか、君たち」
ヴィルヘルムが苦笑する。
「リースフェルト家で様式統一って、無理があると思わないかい?」
「現場の胃袋のためには必要です」
「“胃袋”で言われると妙に説得力があるな……」
クラウスが優雅に笑った。
「よろしい、では提案しよう。全ての報告書を、第一記録課が定めた様式に統一──」
「却下です」
フロイ、即答。
「無情だな、四男」
「名を呼ばないでいただけると助かります」
空気が一瞬沈黙。
ヨアヒムがぽつりと呟いた。
「お前、名前にトラウマ持ってるのに、よくその名前で書類の提出できるよな……」
「だからこそ、様式くらい統一して、他の混乱要因を排除したいんです」
兄三人、苦笑。
「……君が一番まともに見えるが、たまにその真面目さが一周回って怖い」
「現場の叫びです」
「はいはい、現場の胃薬ね」
笑い声が広がる応接室。
提出様式ひとつで、胃が痛くなる家族会議──
今日もリースフェルト家は、平常運転である。




