──って、爆破って、正式用語ですか!?
「──って、なんですかこの書類の山は!?」
出勤一番。机の上にそびえる未読の塔。
朝の静けさは、紙で埋まる音とともに崩壊した。
「昨日、“彼”が置いてったやつだよ」
主任代理が、まるで天気予報の話でもするみたいに言う。
彼、って誰だ。
「“彼”……?」
紙束の上に、妙な付箋。いや──これ、白紙の裏?
そこにでかでかと、走り書きが。
『この前の運用案、現場検証してきた。以下、実感ベースで再構成。
難解な文は爆破しました。あしからず。ヨアヒム』
「……爆破、ですか?」
思わず読み上げて、思わず絶句。
こんな“注意書き”初めて見た。
「まさか──あの、リースフェルト三男?」
主任代理が頷く。
「フロイの兄貴のひとりだな。第三子、自由枠」
自由枠って、そんな区分あっていいんですか。
「ちなみに、長男は第一課の筆耕官。
芸術至上主義。美文の鬼。三男は──その真逆だ」
なんという兄弟格差社会。
フロイさん(四男)は、あれだけ几帳面で理詰めの人なのに。
というか、その兄が──これ?
「これは自由というか……野生では……?」
「まあ、変わり者ではあるな。でも、現場をよく見てる。
で、こういうときの一言メモが……まあ、効くんだ。いろんな意味で」
主任代理の声が、どこか諦めを含んでいて。
まさか、ここから本当に“爆発”するんじゃ、と身構えたその時──
「──おや、もう読んだ?」
……現れた。ドアがすうっと開いて、声の主が入ってくる。
ヨアヒム=リースフェルト。噂の三男、本人登場。
「お、おはようございますっ」
「おう、新人くん。読んでくれてありがとう。で、わかりづらいとこあった?」
「全部です!」
全力で答えた。変な汗まで出てくる。
なのに、当人は涼しい顔で笑っている。
「いいねぇ、真面目で。……でもね?」
彼は書類の一枚をひょいとつまみ、裏返して、さらっと言った。
「現場っていうのは、こういうとこまで紙がくっついて回るの。
書類が濡れたり汚れたりすることもある。だから──」
ぴ、と赤ペンを走らせる。
『予備案:耐水仕様の用紙、あと何枚か試して。水かけテスト済み(コーヒー)』
「……実地検証、ですか?」
「うん。俺の机、今ちょっとだけ染みてる」
なぜわざわざ自分の机で!?
思わず目が泳いだが、本人は自慢げだった。
「俺ね、一度、魔術科に転向しようとしたんだ」
「は?」
「でも書類は爆発しないし、机は動かないし、結局ここに戻ってきたの。
書類の魔法って、けっこう現実的だなって思ってね」
どこの異世界体験だ。
というか、それ、魔術というより完全に物理現象。
「……それは、魔術というより……物理では?」
「気づいたら、ね」
なぜか満足げにうなずく彼に、ぼくは何も返せなかった。
そのあと、ヨアヒムさんは一枚の紙を取り出し、主任代理に手渡した。
「これ、現場特化型の書式。申請も通したよ。
フロイに見せたら三日間無言だったけど」
……うん、わかる気がする。
フロイさん、きっと全身の構文バランスが崩れたんだ。兄弟って、すごい。
「でもさ、あいつ、否定はしなかったよ。
“こういうやり方もある”って、ちゃんと認めてくれた。
口には出さないけどね」
フィアネス=エルステッド、本日三度目の絶句。
尊敬するフロイライン=リースフェルトの知られざる兄弟像に、
世界が少しだけ揺らいだ。
◇◇◇
翌朝。
机の上に、また一枚。
『フィアネスくんへ:机に染みてたらごめん。実験だった。
あと、書式は守るべきだけど、守るだけじゃつまらないよ。──ヨアヒム』
……つまらない以前に、紙が沈んでるんですけど。
がっくり肩を落とした私の背後から、ぼそっと主任代理の声。
「な? あれでも、一応“文官”なんだよ」
そしてまた、書類地獄の朝が始まる。




