記録課の地雷原? フィアネス、兄弟構成に震える
「リースフェルト家──って、あのリースフェルト家、ですよね……?」
朝一番、控室で手にした一枚の招待状を握りしめたまま、ばくは目の前の上司に尋ねた。
「うん。第六記録課の”紙の悪魔”、フロイライン=リースフェルトの実家、だな。
正式には“リースフェルト子爵家”」
当然のように答えたのは、庶務課第四記録室・主任代理。つまり、ぼくの直属の上司であるエグバート=グランヴィル。
「っ、な、なんでぼくが、フロイラインさんの……その、ご実家に?」
「いや、俺も不思議なんだけどな。だが、招待状は正式なものだ」
主任代理は、すっと顎で封筒を指す。たしかに、王宮内でも格式高い“筆耕課”を通した書式。
しかも、差出人名は──
「クラウス=リースフェルト……って、あの美文の!?
って、リースフェルトってやっぱりフロイさんの兄⁉」
目を見開いたぼくに、主任代理が静かにうなずく。
「そう。第一記録課の調整官。
フロイの兄貴にして、あの“美筆の鬼”」
“鬼”──その単語に背筋が伸びる。
たしか、文官養成学校の講義資料にも名が載っていたはず。
筆先から詩がこぼれるって書かれていたように覚えている。
「“記録は芸術”を掲げている方ですよね……
筆致重視で、書式の並びまで美しくないと赤字を返すって……」
「そうそう。文字の美しさが整っていないと機嫌が悪くなる。
見た目が命の記録原理主義者だな」
主任代理が苦笑混じりに肩をすくめる。
「まぁ、フロイの冷静さは、あの兄貴と対峙した結果の“防衛反応”だろうな」
「はぁ……」
それだけでも十分すぎるのに、リースフェルト家にはさらに“兄弟”がいるらしい。
「次男のヴィルヘルム=リースフェルトは外交文書課。
社交派で、穏やか。けど、お前には合わん」
「……なぜでしょう」
「お前、“空気を読まない”って言われるだろう?
あっちはその“空気”で逃げるタイプだ」
納得のいかない評価のような気がするけれど、うまく言い返す言葉も浮かばない。
そもそも、“空気を読む”ってどうすればいいんだろう。
だから今日も、黙っていることしかできない──。
「で、三男が──」
「ヨアヒムさん、ですよね。
庶務課の、実装検証室の方……
養成学校に通っているころ、聞いたことあります。
まさか、同じ課になるとは思ってませんでしたけど」
「あいつはある意味で兄貴たちよりも有名人だからな……まあ、癖はあるが、話は通じる」
やっと普通そうな方が、と思ったぼくに、主任代理はニヤリと笑った。
「ただし、“たまに魔術に転向したがる病”持ちだ」
「……はい?」
何を言われたのか、一瞬わからなかった。
「学生の頃、本気で文官科から魔術科に転属願を出したらしい。
当然、親父さんにばれて、床で正座させられたらしいぞ」
リースフェルト家の三男、どこかでお会いした気がするけれど──
それ以前に、兄弟四人の情報を一気に詰め込まれて、頭がついていかない。
そして──
「四男が、第六記録課の理詰め職人。
はい、フロイライン=リースフェルトくん」
ようやく、聞き慣れた名前が出てきて少し安心した。
「でも……あの冷静沈着な先輩が、そんな兄弟の中で育ったなんて」
「だから、だよ」
主任代理が、机に肘をついてぼやく。
「理屈を固めなきゃ、家族内で生き残れなかったんだろうな。
あと、お袋さんがなかなかの強者らしい」
「え……」
「フロイの名前、どうみても女だろう?
三人男が続いて、今度こそ女の子と熱望した母親が暴走してな。
女名しか用意してなかったらしい」
「……え?」
「産まれたのは男だったが、もう書式も提出済み。
今さら変えられないってさ」
「でも、リースフェルト家ほどの実務貴族なら裏口の一つや二つ……」
「そんなの利用するような家に見えるか?
ついでに名簿登録後の改名は、正式手続きが面倒なんだとさ」
たしかに、名づけ話題になると、フロイさんは必ず話をそらす。
その理由が今、わかった気がした。
「ま、そのへんも含めて、あの家は癖の強いのが揃ってるってことだ。
ま、そうじゃないと宮廷なんてところで泳いでいないって……せいぜい、覚悟していけ」
そう言って、主任代理は笑った。
笑っていたが、目が笑っていなかった。
その顔は──まぎれもなく、“送り出す顔”だった。
(……どうしてだろう、今すぐ辞退したい。あの封筒、間違って届いたってことでどうにか──)




