表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/84

『完璧すぎる報告書』──誰が“書いた”とは言っていない

午前八時ちょうど。

庶務課第四記録室の扉を開けたエグバート=グランヴィルは、自分の机に置かれた一枚の報告書を見て、即座に立ち止まった。



「……誰だ、この“神の業”をここに置いたのは」



添付資料三種、法的根拠の脚注つき。

誤字脱字ゼロ、句読点の打ち方も自然。

日付・時刻の書式統一済。

ついでに記入済欄外メモまで“役所的美しさ”を備えている。


そして左上、提出者の名──フィアネス=エルステッド。



「……お前か」

「はい」



ちょうど出勤してきた当の本人が、何の悪気もなさそうに答えた。

淡々としているのが余計に怖い。



「お前、昨日の時点で“だいたいの骨組みはできました”って言ってただろ。

“完成した”とは言ってなかったよな? それなのに、どうしてこれがある?」

「そうですね。“骨組み”から“提出用”への変換は……まあ、三時間ほどで」

「いやいやいや。待て。“提出用”じゃなくて“完成度MAX”だろ、これ……! 

俺が本気出してもここまでやらんぞ?」



若干引きつった笑いを浮かべながら、エグバートは報告書を再確認する。

中身も正確、法的解釈も綿密。書式も綺麗。


──だが、完璧すぎる。


その完璧さが、逆に“既視感”として蘇ってくる。



(……なんだろう、この嫌な予感)



エグバートの脳裏に、過去の悪夢が蘇る。



──“法規集再編集案(仮)”

──“七条改訂に伴う運用指針・備考版”

──そして、“フロイ草稿・無印”。



「……まさか……」



彼は報告書の段落頭に目をやり、嫌な汗がにじむ。


その整然とした構成、法令番号の入れ方、論点の拾い方……

すべてが、“あいつ”だ。



「……なあ、フィアネス」

「はい」

「これ、本当にお前が書いたんだよな?」

「“私が提出した”のは事実です」

「いや、そうじゃなくてな……っくそ、確認してくる!」




◇◇◇




午前八時二〇分。


エグバートは“それ”を持って、文官局第六記録課の扉を叩いていた。


対応したのは、“紙の魔物”とも噂される第六記録室三等書記官──

フロイライン=リースフェルト、通称フロイ。



「……これ、見覚えないか?」



エグバートは無言で報告書を差し出す。

フロイは一瞥して、ほんの少しだけ目を細めた。



「……ああ。それは……私が昨日、“参考例として”渡した草稿だな」

「草稿!?」

「“一案として提出した”下書き。

フィアネス君から“解釈の相談”があったので、要点の組み方を例示した」


「例示って、そのまま出したのかあいつ!?」

「……要点の組み方は例示した。ただし、“これを清書にしてもいい”とは伝えなかった」

「これのどこが例示だよ! まるっきり、お前の文章だろうが!」



なんといっても、構成、言い回し、段落の取り方──

“フロイ印”としか言えない文体である。



「ちょ、おま……! それ、ほぼお前が書いたのと同じじゃねえか!」

「だが、“私が提出した”とは一言も言っていない」



正論すぎて殴れない。




◇◇◇




フィアネスも追いつき、第六記録課の前で合流する。



「これ、あくまで“内容の検討資料”として受け取りました。

私の提出物はその“完成形”です」

「いや、そうじゃなくてな、“自分でまとめた形跡”がないんだよ!」


「まとめましたよ。そのままではなく、全部書き直しました。

細かくて大変だったけど、勉強になりました」

「そういう意味じゃねえええぇぇ!」

「この構成にしてから、各段落の論理整合性が取りやすくなりました」



フィアネスは真顔で頷いている。



「文字数を均等に配すると、項目ごとの重みが偏らないので──

“書類の安心感”が出るんです」

「安心感じゃねえよ、怖えんだよ!」


「あと、語尾を“である”に揃えると、法的信頼性が増す気がして──」

「どこでそんな兵器みたいな知識を……!」



フロイはそのやりとりを静かに眺めていた。


彼の目は、どこか遠くを見ているようだった。


──彼もかつて、若く、融通が利かず、ひたすらに“正しさ”を求めていた頃があった。


その頃の自分に似た誰かが、今この場で同じようにやらかしている。


だが、彼は何も言わない。


今の彼は、そういう立場ではないし──そういう性格でもない。



「……あのな、フィアネス」

「はい」

「お前、今後も全部このテンションで出す気か?」

「クオリティを維持するのは大変なので、効率化の手段は模索しています」


「“効率化”って、フロイに書かせる気じゃねえだろうな?」

「まさか。あくまで“相談”と“参考提供”です。ねえ、フロイ先輩?」

「……私は、資料提供の範囲を超えていない」



淡々と答えたフロイの目に、ほんのわずかな皮肉と、そして──

静かな懐かしさが滲んでいた。




◇◇◇




報告書はそのまま回収され、修正もなく正式受理された。


その“完璧すぎる文体”が、後に「フロイ調」として内部に定着するのは、もう少し後の話である。




そして翌朝。



「主任、また“あれ”の方式で書いた方がいいですか?」



フィアネスが笑顔で報告書を提出に来た。


手には昨日と同じファイル──

いや、色が違う。今日は“青”。



「……それ、何色で揃えてるんだ?」

「昨日は“正義の赤”、今日は“冷静の青”です!」

「やめろォォ! テーマ性つけてくんなぁぁッ!」



エグバートの悲鳴が、朝の庶務課に響き渡った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ