報告書は、なぜ“ポエム”になるのか──庶務課、新人教育編
「──なあ、フィアネス」
「はいっ!」
「おまえ、これ……“報告書”だよな?」
「はいっ。文官実務書式・様式一〇四号に基づき、丁寧に整えたつもりです!」
庶務課第四記録室の片隅。
朝の陽が差し込む机の上で、エグバート=グランヴィルは、沈黙していた。
広げられた一枚の報告書。いや、正確には──詩だった。
《備品納入に際する所感》
──朝もやの中、静かに届いた書簡。
ひとつ、ふたつと、帳簿のなかで眠っていた備品たちが目覚める。
これは、宮廷の鼓動。
これは、わたしの祈り。
分類コード、確かに記録しました。
眠れ、きらきら。咲け、“備品の詩”。
「……なんだこれ」
エグバートは視線を落としたまま、もう一度つぶやいた。
「報告書です!」
「感想文でも、観察日誌でも、自由詩でもないんだよな?」
「はいっ、ちゃんと行間も2ミリで調整しました!」
(いや、そうじゃない)
書式じゃない。問題は中身だ。
「“眠れ、きらきら”ってなんだ」
「ええと、きらきらピローのことです。納入品でしたので」
「分類コード書くとこで、詩になるなよ……!」
エグバートは助けを求めるように、書類を回覧した。──行き先は、第六記録課。
しばらくして戻ってきた赤字つきの返却紙には、ひとことだけこう記されていた。
【記録課より返答】
様式違反ではないが、業務報告としての認定は困難。
対処法:“分類不能文書(様式外)”として保存可。
判定者:第三書記官 フロイライン=リースフェルト(沈黙中)
「……そりゃそう言うわな」
「フロイさん、怒ってませんでしたか?」
「怒る以前に、多分言葉を失ってたと思うぞ」
「でも、心を込めて書いたんです。“備品にも物語がある”って、ナターリエさんが言ってたので!」
「……ああ、あの子に教わったのか……」
エグバートは、さらに頭を抱えた。
(ちょっとだけ、書いてみたかったんだ)
フィアネスは、自分の報告書を握りしめる。
ナターリエの言葉を思い出しながら──
『記録も詩ですのよ。備品のひとつひとつに、想いがあるんですもの』
(たしかに無理がある。でも……“書類って、ただの記録じゃない”って、少しだけ思えたから)
その日の午後、王女宮控室にて。
「──素敵でした。“きらきら”が、ちゃんと眠れてるって、伝わってきました……」
ナターリエ=シェルバンは、静かに感動していた。
手にしているのは、フィアネスが提出した“報告書”。
あの“備品の詩”である。
「ほんとうに、わたくし……あの文で、泣きました」
「で、ですよね!?」
フィアネスは目を輝かせる。
「“眠れ、きらきら”って、備品に心を込めた一文なんです! 書類って、ただ記録するだけじゃなくて、想いを伝えることもできるって──」
「ええ。まさに、それこそが“分類詩”です……!」
二人は深く頷きあっていた。
その背後で、セリナがそっと距離を取っていた。
「……この空間、怖い。書類が生きてることにされてる……」
一方、第六記録課。
静かな資料室の一角にて、フロイライン=リースフェルトは、机に肘をつきながら報告書をめくっていた。
“咲け、備品の詩”──
記録として不適切ではない。だが、これは……。
「……“再発防止策”としては、“指導対象の感性源の遮断”しかないな」
そこへ、ふらりと現れたのがエグバートだった。
「──なあ、これ、庶務課で処理してもいいか?」
「処理というと?」
「“詩”として、保管庫に封印しておく。あるいは、“文官養成学校・教材例”に回して、感性教育の反面教師に」
「お好きに。こちらは“記録課でない何か”として処理しましたので」
「ありがとよ」
エグバートは深くため息をついた。
「……にしても、あいつ、まさか本気で感動されるとはな……。ナターリエ嬢にまで」
「“類は友を呼ぶ”というやつでしょう」
「詩人が二人も育ったら、記録課は潰れるぞ」
「すでに片足、突っ込んでいます」
庶務課に戻ったフィアネスは、机に向かいながら、そっと次の報告書に手を伸ばした。
──だが、その横には「実務報告文例集」が分厚く置かれている。
(……次は、ちゃんと書こう)
感動したと言ってもらえたことは、嬉しかった。
けれど、現場はそれだけじゃ済まない。
「“咲け、備品の詩”」──それを記録に残すには、枠組みが足りない。
だから次は、枠を踏まえた上で、自分の言葉で届けよう。
そう思ってペンを取ったとき──
「──フィアネス。今月の“光るふわふわ”報告、頼むな」
「……はいっ!!」
──その“ふわふわ”が、正式名称なのかは、誰にも確認されなかった。
一方その頃、第六記録課。
フロイラインは静かに茶をすすり、書類棚の背表紙を眺めていた。
【分類不能文書】──詩(処理済)
記録課の静寂だけが、その余韻を飲みこんでいった。




