王女様の一声で人生激変――ご指名入りました
今回は「妹に頼まれて、台所番のセリナが昇格!?」という、
王太子様の“妹溺愛”が爆発した回です。
※もちろん、正式ルートではありえない“例外中の例外”ですが──
そこは兄の政治力と、妹への異常なまでの情の力で全力突破。
今日もエド兄様は無双です。
闇鍋テンションでお送りしますので、本編とは別腹でお楽しみくださいませ。
王女宮・厨房裏、午後のひととき。
いつものように湯気と喧騒に包まれたその空間で、
セリナはいつものように紅茶を淹れていた。
いつものように、少し丁寧に。少し、気持ちを込めて。
「はい、できました。紅茶、運びます!」
台所番の一人として、王女様の控え室にお茶を届ける。
それが、たまたま今日の当番だった。それだけのはずだった──
……けれど、最近は散歩中の姫様と廊下ですれ違うことも増えていたし、
何度か「お疲れさま」と声をかけていただいたこともあった。
──そして、その日から、セリナの人生は変わった。
* * *
「あの子……セリナっていうの。わたくし、あの子がいいの」
エドワルド王太子は、妹の一言を繰り返すように呟いた。
「“あの子”って……紅茶の……? 本当に?」
「ええ。わたくし、彼女の淹れたお茶、好きなの」
アリシアの声には珍しく、子どものような素直さがにじんでいた。
王太子はひとつ頷いたあと、侍従に軽く目配せを送る。
「すぐに人事書類を。王女付き侍女昇格申請。対象者は……セリナ=ユングだ」
「はっ……しかし、王太子殿下、正式な推薦手続きを踏まずに、いきなりの昇格は……」
「──妹の願いだ。早いほうがいいだろう?」
その笑みは柔らかくも、有無を言わせぬものだった。
* * *
「……あの、わたし、なにか……やらかしました……?
もしかして、お茶の出し方、変でした……!?」
控室の隅。
急に呼び出されたセリナは、青ざめながら侍従官の前で固まっていた。
「……王女様が、お前を“お気に召した”そうだ。
もともと、最近よく目にしていたらしいな」
「えっ、あの、えっ?」
「明日から、正式に“王女付き侍女”だ。
必要な書類は通してある。あとは本人の覚悟だけだ」
「か、かくご、ですか……?」
「殿下の直裁だ。逆らうな。
とりあえず、部屋を移れ。衣服は支給される。
礼儀作法は──適当に叩き込まれるだろう」
「ええええええっ!?」
* * *
「姫様……し、失礼いたします、紅茶を──」
「来たの? セリナ」
──その声が、どこか嬉しそうだった。
「こ、こんにちは……じゃなかった……ごきげんよう、姫様っ!」
「ふふっ。無理しなくてもいいのよ?」
「で、でもっ、あの、ほんとうにわたしで、いいんですか!?
お世話とか、したことなくて!」
「いいの。わたくし、あなたの紅茶が好きなの。
この前も、回廊で挨拶してくれたわよね。
……それだけじゃ、いけない?」
「……い、いけないなんて、そんな……っ、あの、じゃあ、淹れてきます!
いえ、今すぐ、すぐにっ!」
セリナの背中を見送りながら、アリシアは小さく笑みを浮かべた。
「……あの子、とてもかわいい」
* * *
その夜、控室で──
「なにその顔、死人みたい」
「イレーヌさん……もう……むりです……」
「“正式侍女”初日でこれじゃ、先が思いやられるわね」
「あのね、わたし、台所番だったのに……
気楽で、お給金もそこそこだったのに……なんで、わたしが……!」
「──姫様に“選ばれた”のよ、あなた。
ま、選ばれたっていうより、“巻き込まれた”って言ったほうが正確よね」
「ぐぅ……」
「でもまあ──おめでとう。
王女様の“お気に入り”ってことは、命拾いはしやすくなるわよ。
ほら、今日だって、ひっくり返しそうになったのに、姫様、笑ってたでしょ?」
「うう……」
* * *
「ね、お部屋であなたの紅茶、飲ませてくれる?」
「っ……はい、喜んで、お淹れいたしますっ!」
そのやりとりが、日常になっていった。
少しずつ、慣れない制服にも慣れ、セリナは“王女付き侍女”として、日々を重ねていく。
けれど──
あの初日の混乱と、王太子の“無理やり通された書類一式”の噂だけは、
控室で今なお語り草である。
「ま、うっかり淹れた紅茶で人生変えた子も、いるってこと」




