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マジで、それ本名なんですか!?──新人文官、先輩の名に絶叫す

「──で、すみません、ひとつだけ確認しても?」

「ん?」

「“フロイライン”って、通称じゃないんですか?」



第六記録課の資料室。

庶務課第四記録室から回された文書の文体確認で訪れていた新人文官・フィアネスが、書類を受け取りながら素朴な疑問を口にする。



「てっきり、敬称とか、呼び名のひとつかと……

だって、どう聞いても“貴族令嬢への敬称”じゃないですか?」

「……ああ、本名だ。ちゃんと戸籍にもな」


「……は?」

「フロイライン=リースフェルト。

正式な名。

署名もそれ」



三等書記官──第六記録課の理屈担当・フロイは、無表情のまま返す。



「……ま、まじ……」

「落ち着け。

深呼吸しろ」


「まじでそれ本名なんですかっ!?!?!?」



部屋中に響く絶叫に、文官局の空気が一瞬ひんやりする。



「……うるさい。静かにしろ。

ここは資料室だ」

「だ、だって! 

なんで男性に“フロイライン”なんですか!? 

貴族の娘さんみたいな名前じゃ──」


「お前の反応、ほぼ全員が通る道だ。

心配するな。慣れている」

「いや慣れたくないでしょ!? 

自分だったら恥ずかしくて泣きますよ!?」


「……母がどうしても“女の子”が欲しかったらしくてな。

上に三人兄がいる。

家の“後継ぎ戦線”は充分だった」

「えっ」


「女児名しか準備していなかったそうだ。

そして、生まれたのが僕。

変更する暇もなく、名簿に登録された」

「や、やばい……

それってもう呪いじゃ……」


「たまにそう思うこともある。

なお、幼少期は“フロイちゃん”と呼ばれていた」


「尊厳が……!!」

「現在も、母からの手紙は“フロイちゃんへ”で始まる」

「胃痛不可避……!」



フィアネスが涙目で机に突っ伏す。



「フロイ書記官……

いえ、“先輩”と呼ばせてください。

いろいろと、もう、尊敬の念しかありません……!」


「……勝手にしろ。

“口頭なら”それで構わない。

書面では正式名を使えよ」

「はいっ、“フロイ先輩”ですね! 

──あ、いや、そうお呼びしても……?」


「“くん”や“ちゃん”でなければいい。

柔らかく呼ばれると胃にくるからな」

「了解しました! 

絶対に敬意を込めた呼び方しかしません!」



満面の笑みでうなずくフィアネスを見て、フロイはふ、とわずかに目元を緩めた。



「……まあ、お前のような後輩なら、悪くはない」



──この王宮には、名前に振り回されながらも真面目に働く文官と、

その背中をまっすぐ見上げる新人がいる。



今日も、胃薬と書類と、ほんの少しの敬意を胸に──文官局は平常運転である。




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