「で、私、帳簿なんて読めるタイプに見えます!?」──侍女の経理代打、地獄編
「── なんで私なんですか!?」
帳簿を睨みながら叫ぶセリナの声が、控室に響き渡った。
「だってナターリエ、熱で寝込んでるし」
イレーヌが紅茶をすする。いつものように落ち着き払っている。
「それは知ってますけど! よりによって帳簿ですよ!?」
「セリナならできると思って♪」
「その“信頼”の押しつけが一番キツいんですよぉ!?」
机の上には、ぶ厚い帳簿が三冊。
中身は ── なんだかもう、全部敵に見える。
「“苺のタルト 40台”、って誰が食べたんですか!?」
「……三月の定例茶会?」
「四十台って、どこの軍に出したんですか!?
ケーキが主食だった時代ですか!?」
マティルダが苦笑しながら近寄ってくる。
「ほら、“春のおもてなし”っていうことで、数が …… ね?」
「おもてなしで王家の台所が傾きますよ!?」
さらに次のページをめくれば、もっと不穏な記述が。
「“白金の茶葉 一缶 金貨五枚”……っ、誰が飲んでるんですかコレ!?」
「……来客が多かったの、あの週」
「私は庶民です! 茶葉は銀貨一枚以下が基本なんですぅ!」
「セリナ、落ち着いて」
「落ち着けるかーっ! これはもう“茶菓子”じゃなくて“宝飾品”ですよ!?」
セリナは帳簿を抱えて崩れ落ちる。
「この数字、見るだけで心が貧しくなります……」
「だからナターリエも体調崩したんじゃ──」
「やめて、いろいろ納得しそうになるから!」
ふと、次の帳簿に目を移す。
「“装花費(予備) 金貨三枚”……予備で三枚って、予備の意味わかってます!?」
「花が足りないと地獄になるのよ。空間って“華やかさ”で測られるから」
「花じゃなくて、財布が泣いてるんですけど!?」
続いて目に飛び込むのは──
「“裾幅修繕費(前月繰越)”!?」
「……あの日、三人ぶつかって破いたから」
「裾で戦う侍女なんて聞いたことないです!」
「で、私、明日もこれやるんですか……?」
「ナターリエ、回復の兆しないしねぇ」
「地獄に定休日はないんですか!?」
最後のページを閉じ、セリナは顔を覆った。
「侍女って……もっと、こう、優雅な仕事だと思ってたんですよ……」
マティルダが小さく笑った。
「優雅な侍女はね、予算の裏で死んでるの。笑顔だけ残して」
「……じゃあ私も、そろそろ笑顔だけ残しておきますね……」




